19 目覚めた力
そうやって彼女を落ち着かせると、彼女ははっとしてからベルを鳴らした。
ここからでは聞こえないのだが、このベルを通じて、どこかへ呼び出しはされているはずだ。
故郷でもそう言う物があったし、おれが時折宮をぬけだし、空腹を紛らわせるものを求めて、厨房に入り込んだ時、それががらごろ鳴り響いているのも見た事がある。
おれと姉上にそんな呼び出しのベルは用意されなかったけれども、他の王子や王女たちには、ベルが用意されていたのだ。
そう言うところに、生まれの格差を感じるものがある。まあそれも諦めるしかなかったのが、当時のおれたちだ。
旅の踊り子だった母さんをもつおれたちと、諸侯の姫君を母に持つ他の王子たち。
扱いが違っていたのは仕方がない。
しかしそれも、姉上が聖姫になった後改善された。
それでも、姉上の元には常にいろいろな使用人が集まってきていたから、呼び出し述べるなんていらなかった。
だからここに来るまで、おれは、そのベルを鳴らして誰かを呼ぶ、という経験をした事がない。
だからどれくらいの速さで、そのベルに気付いた使用人が来るのかはわからない。
そしてまつこと五分くらい。
それだけしかまっていないのに、アンブローゼが立ち上がって大声を上げた。
「聖姫様を、五分も待たせるなんて信じられない! やる気あるんですか!」
「まあまあ、手の空いた人が来れないのかもしれないじゃないか」
「聖姫様暢気すぎませんか!」
「そういう事もあるだろうって」
「私たち巫女見習いがベルを鳴らしても、こんなに待たされませんよ!?」
そうなのか。という事は意図的に誰も来ないのかもしれない。
それが何の意味を持っているのかはわからないけれども。
「私、扉開けて文句言いに行きます!」
「あ、アンブローゼさん……」
だから扉開かないって、と止めようとした時だ。
「小癪な扉! 開きなさい!」
彼女がそう言い、手の中に燐光が閃いたと思ったら、制御できているのかも定かではない、大きな火球がすがたを現した。
「だめ、やめろ!」
おれが止める間もなく、彼女はその火球を、扉にたたきつけ……それを待っていたかのように、扉に火球が吸い込まれていった。
しかし扉はまったくの無傷、何の効果もないのかと安心する矢先。
「え……?」
それを見ておれは反射的に、彼女の腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
でもそれは遅く、扉から……彼女の放った火球が、丸々そのまま、現れて、アンブローゼに直撃したのだ。
「あああああああああ!!!」
「アンブローゼさん!」
「何の騒ぎだ!」
焔が直撃した彼女が悲鳴を上げる。おれは彼女の服を叩き、火を消す。
「なんだなんだ、何の騒動だ!」
叫び声が聞こえたのだろうか、わらわらと兵士たちが集まって来る。
「おい、火傷している女性がいるぞ!」
「医者を呼べ!」
「アンブローゼさん、しっかりしろ!」
おれは彼女の手を握り締め、彼女の名前を呼ぶ。
この時ほど、扉の術を解除していなかった事を悔やむ事はない。
おれはあれを解除できたのに、自分の安全を考えて解除しなかった。
でもそのせいでこうして、おれの事を考えてくれる女の子が死にかけて……
おれが後悔の念に潰されそうになった時だった。
おれの体が燐光を帯びて、その淡い青色の光が、彼女に降り注いだのは。
「……え?」
光は瞬き、彼女の体液の流れる傷に寄り添い、しみ込んでいき……傷が、消えた。
焦げたりただれたりしていた皮膚が剥がれ落ちて、彼女の肌は真新しい綺麗な肌に生まれ変わっている。
「……え?」
「すごいぞ、聖姫の癒しの力だ!」
「噂以上だろう、これは!」
「こんなものを使える姫君を、神国は隠していたのか……」
「何という奇跡だ、巫女の力をはるかに超えている!」
医者を呼べとか、火を消せとか、色々騒いでいた兵士たちが、いまではおれを食い入るように見つめている。
そして……うう、とうめいて、アンブローゼが、目を開けた。
「あれ、私、火の弾が当たって、怪我してない、嘘!?」
「聖姫様があなたを助けたんだぞ」
彼女が自分の顔とかを触って、あれ、と困惑している時に、兵士たちが彼女にそう言った。
そうすると、彼女はおれをみて、見る見るうちに目が潤んで……
「ありがとうございます! 死んだかと思いましたあああああ!」
おれに抱きつき、えんえんと泣き出したのだ。火球の直撃で、死を覚悟していたからだろう。
安堵して泣いているのだ。
慌てて彼女を抱き返して、背中を撫でていると、兵士たちがしみじみとこう言った。
「聖姫ってただのお飾りじゃなかったんだな……」
おれは言われて、自分の手を見た。
おれはいったい、魔女の薬で何に生まれ変わってしまったのだろう……と。