17 自称ありふれた侍女見習い
「ひとまず、足りないものがないか確認していただけますか。何せ女性の必要なものとなると、我々にはわからないものも多く存在しまして」
「侍女はこれからやってきますので、その者をお使いください」
「では、私たちはこれにて失礼いたします」
兵士さんたちがそう言って、やや急ぎ足で去っていく。きっとほかの業務もあったのだろう。
さておれは、とりあえず周りを見回して、それからおもむろに入口の扉を開こうとした。
出入りは自由なのか、という確認である。
ここはたぶんそんな事ないだろうけれど、おれは以前、姉上が聖姫になる前、部屋に蜂の巣を投げ込まれて、大変な目に遭った事があった。
その時、嫌がらせで扉の鍵を閉められて、蜂の毒で体中が腫れ上がったのだ。
そしてあの時、姉上の癒しの力が覚醒し、姉上を聖姫に、という事になった。
そのきっかけの事件を、忘れられるわけもないので、こうして出入りが自由か確認してみたのだ。
そんな心配をする必要は、この、故郷の王宮よりまともなここでは、しなくていいのかもしれなかったが、一応である。
「なるほど、閉めたら鍵がかかるように術がかけられてるってわけか」
扉にはがっちりと鍵がかけられているのがよくわかる手ごたえで、押しても引いてもびくともしない。横に動かそうとしてもだめだ。
先ほど兵士さんたちが案内のため入った時は、間違いがないように扉は開けっぱなしにされていた。
彼等が扉を閉めた途端に、鍵がかかったという事は、何かの術式に違いない。
おれは鍵穴と取っ手を眺めて、そこにうっすら残る術式が放つ燐光から、その術を大体把握した。
こんな事できても、あまり意味がないと国では言われた特技である。
そう、おれの特技は術式の解析というものだ。
古代魔法の研究者ならまだしも、出来損ないの王子が持っていてもあまり意味のない特技であったのは間違いない。
そしておれが解析して、国に広めた術式があっても、功績は皆、腹違いの兄上たちの物になり、おれにうま味は欠片もなかったっけなあ。
「これ位の術式だったら、簡単に分解できそうだけど……しない方がいいよな……変に疑われる事はしたくない」
俺が偽物だと知っていながら、利用しようとする皇帝も、そこまで俺の待遇を悪くするつもりはないはずだから、こうして部屋の中では自由に動けるようにしてくれているのだろう。
その気遣いを無碍にするわけにはいかない。
だっておれだって、部屋の中で位は自由でいたいのだ。
「よし」
俺は気を取り直して、部屋の備品の中に、足りないものがないか調べようとして……開くとは思わなかった扉がいきなり開いたから、のけぞって、その勢いが良すぎたためにしりもちをついた。
「わっ!」
「あ、開いた! え、きゃあ! ごめんなさい!!」
思わず声をあげたおれと、扉を開けた少女の目が合う。
彼女は金髪碧眼の綺麗な顔立ちをした少女で、目を真ん丸にしておれを見て、言った。
「初めまして、聖姫様! 私、巫女見習いのアンブローゼと申します!」
「……侍女じゃなくて巫女見習いの方……?」
「あ、巫女見習いを辞めました! だから侍女になったんでした!」
「結局何がどうなってるんだよ……」
おれが意味が分からなさ過ぎて呟くと、彼女は胸を張った。
「親の言いつけで巫女見習いになった物の、私、巫女としての適性がなさ過ぎたので、新たに募集があった、聖姫様の侍女に名乗りを上げたんです!」
「へ、へえ……」
侍女って募集するものなのか。知らなかった。おれに侍女はいなかったし、姉上の侍女たちは皆姉上の力と優しさで集まってきた人たちで、募集をかけたという話は聞かなかったな……
「あ、いけない! 聖姫様を、座り込んだままにさせてしまうなんて!」
そう言って彼女は慌てて、尻もちをついたまま、事の成り行きが全く分からず混乱しているおれを、そそくさと立ち上がらせて、子供にするかのようにほこりを払った。
「あの、そんな子供じゃないんだけれど……」
「だって聖姫様、まだ成人前だとお聞きしましたけれど……」
「確かに成人前ですが、これじゃあいたずらっ子に対する振る舞いだ」
「そうでしたか!? すみません、なにせ六人の弟妹がいるものでして……」
この子、なかなかだな。そんな事を思いながら、おれはにこりと笑った。
何事も笑顔が肝心なのである。仏頂面でいい事なんて何もないと、人生経験から知っている。
「大丈夫だろ、これから覚えいけば。……足りない物の確認がしたいんだ、手伝ってくれるんだろう?」
「はいもちろんです! でも聖姫様って、さばさばした口調で話すお方だったんですねえ」