16 囚われの身の上
壁の色の事は、冗談だと思っていたのだが、皇帝はまったく冗談にしなかった。
故郷で聖姫の宮の壁の色は、淡い黄色みが勝った生成り色のしっくい色だった、と思い出しながら言ったのも、理由かもしれなかったが……
「すごい、再現してある……」
壁の色の調整のために数日待て、と言われて、また数日将軍の屋敷のお世話になっていたおれを迎えにきた兵士さんたちは、何とも言えない含み笑いをしていた。
それもそうだろう。
おれは信じられなかったのだ。
だって普通思うか、こんな事。
「聖姫の宮の内装を、完全に再現するなんて……皇帝は暇なのでしょうか」
おれがそんな事を言っていると、兵士さんが首を横に振って否定した。
「いいえ、皇帝陛下は大変お忙しい方です」
「以前より、聖姫をこちらに招きたいと、おっしゃっておいででしたし、聖姫の宮の内装などの事は、隠されているわけでもありませんから、再現は可能でしょう」
「代々、聖姫の代が変わる時に、一流の職人を呼び集めて、内装を変えているのは広く知られた事ですし」
「その職人を呼び寄せて、聖姫の部屋を再現するように、という事くらい、皇帝陛下にはたやすい事でしょうね」
兵士さんたちは、わかってんだかわかってないんだか、よくわからない答えを返してくる。
でも、そんな事を言われても、おれは自分の目が信じられなかった。
それ位、その部屋の中は、聖姫の居室そのものの内装だったのだ。
こんな事ってあるわけ?
そんな事を思ったと同時に、おれの中で色々な事がよぎる。
皇帝は聖姫を粗末に扱うつもりがないんだな、とか。
粗末に扱われないんだったら、こっちにつかまった方が、姉上に取って得だっただろう、とか。
そもそもおれが身代わりになる事からして、間違いだったんじゃないかな、とか。
そりゃあ、確かに、癒しの力で音に聞えた神国の聖姫を、粗末に扱う馬鹿なんて、神国の王子くらいしかいねえよな、とか。
あの王子たちを基準に物を考えちゃいけなかったな、とか。
色々な事が胸を巡ったものの、おれはあいまいに笑った。
この兵士さんたちは、おれが本物の聖姫だと思っているはずだからだ。
おれが国民の平穏と引き換えに、聖姫の偽物になるという話は、おれと、皇帝と、それからあの将軍と文官くらいしか知らないはずだ。
皇帝だって、おれを本物の聖姫として扱いたいのだから、おれが偽物だって、おおっぴらにするはずもない。
つまり、秘密を知っている人間は最低限のはず。
そう考えると、この案内の兵士さんたちも、おれが偽物だと、知らない筈なのだ。
そしておれも、それをあえて口に出す馬鹿にはならない。
国民の安全がかかっているんだから。
「聖姫が心安らかに過ごせるようにと、皇帝陛下は気を配っておいででしたよ」
「正室にするのではないか、という話もあるほどですね」
「神国は、聖姫あってこその繁栄を築いていたわけですから、その聖姫を后に迎える事は、この上なく幸いであるという判断もあります」
「しかしこの国の法典では、結婚とは一夫一婦制と決まっておりますので、そうなると長年の間苦楽を共にした婚約者の姫君を、日影のものにしなければならないですから、微妙ですよね」
思った通り、おれが聖姫だと思っているからか、彼等は色々な事を喋ってくれた。
なるほど、と思う部分と、そんな事あるわけないだろう、と思う部分がある。
特に聖姫を正室にするというところでは、あり得ないな、と判断が出来た。
だっておれが偽物だと、彼はとっくに知っているのだから。
そんな心の中の言葉は、彼等に聞えないようにした。




