15 偽りの聖姫
「お前はこれから、聖姫として、この国で暮らしてもらおう」
「……え?」
おれの処分が決まったという事を聞き、どういった形であろうとも、殺される事は間違いないんだな、と思っていた。
沙汰が決まった、と呼び出しを受けて城まで行き、対面した皇帝は意外過ぎる事を言い出した。
「どうして……」
「奴らは、聖姫を煮るなり焼くなり好きにしろ、と言ったからな。好きにさせてもらおう。お前には、聖姫としてこの国に滞在してもらう。住居は適当に用意させてもらおう」
「そんな、え、ええ……」
理解できない。殺される事しか考え付かなかったおれに、とって、皇帝の言葉は信じられない。
自分の命が助かった事よりも、そう言う面倒くさい事を、皇帝が選んだ理由が分からない。
そんなおれの内心を読み取ったのだろう。皇帝がにやりと笑った。
「帝国で、大切に扱われている聖姫と、神国のほうで王子たちとともに不自由している聖姫と、民はどちらを本物だと考えるだろうな?」
うん、やっぱりどこの国の王様も、結構汚い所があるものだな。
帝王は、おれを好き勝手に扱えるのだ。
嫌だ、出来ない、と言っても、それを強いるのだろう。
そしておれに、自殺の勇気は悲しい事に存在しない。
おれは、この命令を受け入れるほかないのだ。
それが虜囚の身の上の定めでもある。
ただこれだけは聞いてほしい、とおれは口を開いて懇願した。
「わかりました、その扱いを受け入れます。……ですが、民にひどい事はしないでください」
「当たり前だ。民をむやみやたらに殺すよりも、こちらのいう事の方が正しいと理解させて、帝国に組み込む方が都合がいい。神国は、それはすばらしいものを、民が作っていたというからな」
「確かに、美しいものも、立派なものも、民が作っていましたが……」
「だろう。私は落ち込んでいる妹を慰めるような物を、神国の職人に作ってもらいたいのだ。そのためには、多少は甘い対応にした方があと腐れがないだろう」
その言葉にほっとした。馬鹿兄貴の最低な発言のために引き起こされた戦争だったから、そのせいでたくさんの民の血が流れる事は嫌だった。
さっさと謝れ馬鹿野郎、と何度思った事だろう。
それに、
姉上もよく、
「民があってこその私たち。だから民に恥ずかしくないように生きなくてはね」
と言っていたくらいだったしな。
皇帝が、民を生かしておく方がいいと考えてくれて、本当に良かった。
「嬉しそうな顔だな」
おれの表情が明るくなったからか、皇帝が言う。
「はい。だってほとんど無関係な一般市民たちが、むやみに殺されないって分かったんだから」
「なるほど、仲間意識が強いのだな、お前は」
そうだ、おれ、今、聖姫のお付きのもので、下々育ちの娘って認識されていたんだ。
……それは肯定も否定もしないでおこう。ちゃんと詳しく説明できる気が、しないので。
「お前はこれから、私の与えた住居と神殿以外に足を運べない事にする。いわば囚われの身の聖姫という扱いだ。大人しく言う事を聞いていれば、一般市民に過度な事は行わないと思っていろ。聖姫として扱うのだ、それなりに祈りを捧げてもらう事も、わかっているな?」
「囚われの身の上なら、そうでしょうね……」
なるほど、聖姫を神殿まで通えるようにする、というのは温情に見えるはずだ。
人の出来た皇帝だ、とも事情を知らない誰もが思うだろう。
「それに聖姫のお付きのものだったならば、聖姫のやっていた事も、再現できるだろう?」
「知らない事も多いんですが……」
「適当に知っているふりをしろ」
無茶難題だな、と思いつつも、おれが身代わりになって、無辜の民を助けられるなら、それでいいかな、と思った。
皇帝は、文字通り、好きなようにおれを扱うつもりなのだ。その扱い方が、聖姫に対するものになるというだけで。
この都を見るだけで、これ以上神国は帝国と喧嘩をしない方がいいとわかるくらいだ。
逃げ出そうとしたりして、皇帝の機嫌を損ねるよりも、大人しく言う事を聞いて、民に被害が出ないようにした方がずっといい。
……でも姉上、悲しむだろうな。おれが偽物の聖姫をやっているなんて知ったら。
それとも、騙された馬鹿な帝国、と兄上たちと一緒に笑うだろうか。
民の事以外では、姉上の事ばかりが気にかかる。
姉上が心安らかになれるといいのに……まだ戦争は続いている。
「……あの一つだけ、どうしても聞きたいのですが、いいですか」
「一つだけ、答えられる事だったらな」
「今神国はどうなっていますか?」
「ああ。数百年の歴史ある都を棄て、南の拠点に勢力を移している。お前の主人もそこにいるという話だ。むろん馬鹿王子たちもな」
今の所、王都奪還を行おうとしてるのだろうか。
そう聞きたかったけれども、質問は一つ、と自分で言ってしまったから。聞けなかった。
「さて聖姫」
皇帝が面白がる声で言い出す。
「部屋の壁は何色が好みだ?」
……この皇帝、結構茶目っ気があるのかもしれない、とそこでおれは思い至った。