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14 過去の失態

「お前さん、ずいぶんと宮廷作法に明るいんだな」


「帝国の宮廷作法を知らないから、わからねえよ」


おれはほろりと身が外れる、白身魚のソテーを食べながら答えた。

料理が出来た途端、おれたちは食堂に案内された。理由として、出来立てのうちに、食事を食べてほしいという厨房のコックの矜持の結果らしい。


「毒殺の恐れはないのか?」


真顔で聞いてしまったおれを見て、将軍は憐れな相手を見る顔になった。


「お前さん、ずいぶん荒んだ生活を送ってきたんだな、ただの召使なのに、毒の心配なんて」


「聖姫だろうが誰だろうが、神国では冷めるほど繰り返し毒見が合って、大変だった。温かいものなんて滅多に食べられなかったぞ、狩に行ってその場で裁いた肉くらいしか、温かい肉なんて食べられなかった」


「神国ってのは恨みを買っている王族が多いんだな、聖姫ですらそんな物の心配をしなきゃならねえなんて、因果だな」


「聖姫は大事に大事にされていたけれども、悪意がなかったわけじゃねえし」


おれは魚を口に入れて、それが口の中でほどけて行く事に感動し、ソースの味付けに真剣に感謝し、目が輝く。

パンも堅くない。役立たずの側女生まれの王子への食事は、姉上の物と比べても貧相なものだったし、姉上が聖なる力に目覚める前は、二人ともお腹を空かせていた物だ。


「表立っての嫌がらせはなかったけれど、隠れてする嫌がらせってのはあったからな」


それは、聖姫の座を狙っていた諸侯の姫君とかだ。諸侯の姫君の中には、姉上よりも血筋が正しい人もいて、踊り子の母を持つおれたちを、陰で蔑んでいる人もいたくらいだ。

おれは忘れた事はない。毒は盛られなかったけれど、下剤は盛られた事がある事を。

あの時は、おれが料理の味がおかしい事に気付いて、姉上の皿を叩き落したから、姉上が下剤に苦しむ事はなかったけれども、そう言った影の悪意は、あった。

でも堂々と嫌がらせは出来なかったはずだ、だって聖姫は聖なる存在、神国を守る一柱、その彼女をいじめるなんて事、外聞が悪くて堂々とできるわけがなかった。

それに、姉上の力が本物だと証明された十二の頃にもなれば、姉上の力の前には誰も文句が言えなくなった。

だから嫌がらせもなくなったものだ。

おれはパンをちぎり、ソースをすくって口に運んだ。

パンにつけてもおいしいソースなんて久しぶりだ、とおれは食べる手を止めない。


「聖姫も苦労してたんだな」


「弟が守ってたから、そこまででもねえよ」


「弟? 聖姫に弟なんていたのか?」


やべえ、失敗した、うっかり口を滑らせた。

だがおれがその弟だとは、誰もわからない今、しらばっくれる事もできるはずだ。


「聖姫には、双子の弟がいるんだ。その弟が、あらゆる火の粉から、姉を守っていた」


それはおれが誇れる数少ない行動だ。

姉上の食事の毒見をし、姉上の衣類に嫌がらせの針が残っていないか確認し、どんな時でもどんなに味方がいなくても、姉上を守った事は、おれの誇れることだった。


「弟がいたなんて聞いてねえな、どんな弟だったんだ。あの場にいなかったって事は、その弟が、今聖姫の元で、聖姫を守っているって事なんだな?」


「弟が、今聖姫と一緒にいるかどうかは、分からない。第一王子とかが、嫌ってたから」


これも事実だ。おれは見た目だけならそこら辺の姫君より整っていたから、第一王子とか第二王子とかが、嫌っていたのだ。

見た目のいい美しい、正妃腹でない王子を嫌うのは、どこにでもある事だった。


「嫌われてたのか、その弟は」


「見た目だけならめちゃくちゃよかったからな、あの弟。……そのせいで婚約者にも嫌われたくらいだけど」


「婚約者に嫌われたってのは変だな、格好いい王子を嫌うのか?」


「その婚約者曰く、美人過ぎて自分よりも男性に声をかけられて悔しい、だそうだ」


事実だ。おれはちょっと遠い国の辺境伯の姫君と婚約していた物の、そちらへ婿入りしに行った時に事件は起きた。

何とおれはその姫君より背丈が低く、中性的だったこともあって、着飾ったら男装の麗人に見間違われ、数多の男性貴族に求愛されたのだ。

それに怒り狂って、自分の美女としての矜持がずたずたになった婚約者は、こんな相手嫌、といって婚約を破棄した。

あの事件がなかったら、おれはそのままその国に婿入りという形になっていて、故郷が戦火に覆われても、姉上を助けに行けなかっただろう。

何が幸いか、本当に分からないものだ。

しかしこの婚約破棄の結果、おれは役立たずのごく潰し、という事になってしまったわけである。


「超美人な婚約者に嫉妬して婚約破棄なんて、そりゃあもったいねえな」


酒の入ったグラスを片手に、将軍が笑った。


「もったいないのか」


「聖姫は、聞けば今年十四だったはずだろう、って事は弟もそれ位ってわけだ。つまりこれから男らしくなっていけば、その弟は絶世の美男子になったはずだろう。女性が美男子を好むのは珍しくない。その婚約者も、数年我慢すりゃあ、誰にも自慢できる美貌の王子様が手に入ったのに、惜しい事したな」


そんな考え方もあったのか。

おれは当時、

「あなたみたいな美少女じみた婚約者なんていらないわ!! 私より美人で、私より男性に言い寄られる婚約者なんて恥ずかしい、いらない、婚約は破棄よ!!」

と言われてかなり悲しかったものだ。

だって自分の面なんて、誰でも制御できる物じゃないだろ?

なのにその顔が嫌だって言って……最初顔合わせした時は、めちゃくちゃ喜んでたのに、彼女より男性に声をかけられたってだけで、婚約破棄されたんだぜ、哀しかったな。


「……王子がそれを聞いたら、きっとそんな考え方もあったのかって、言っただろうよ」


何とも言えない言葉しか言えないで、おれはメインを食べきり、それから口直しの軽いさっぱりしたものを食べて、出てきたチーズに手を伸ばした。


「よく食べるな」


「熱でかなり体力がなくなってたらしくって、空腹でたまらない」

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