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11 その理由

おれは十分に帝王から遠ざかった廊下で、人目を気にしながら問いかけた。

おれの発言を聞いて、誰かが変に勘ぐったりしないように。

少なくとも、この男のおかげでおれは、命をつないだような物に違いなかった。

この男が自分に非があると言わなかったら、おれの命どころか、故郷は完全に滅ぼされてしまうだろう。

聖姫をよこせと言われたのに、故郷の王子たちのもとに姉上がいて、おれという偽物が帝国に連れて行かれたのだから。

たとえおれの独断の選択肢でも、きっと、皇帝が怒りっぽい人だったら、偽物を渡された勢いのまま、国を立ち直れないほど侵略する事も可能だろう。

いくら姉上の聖なる力があっても、国をずたずたにするような争いの痕を癒すのは、難しいだろう。

それ位、おれがちょっと考えてもわかるものだった。

あれ、それが先に思いつかなかったおれって、ちょっと馬鹿? いやかなりの馬鹿かもしれない。これでは馬鹿だ馬鹿だと思っている兄上たちを、馬鹿と言えないかもしれない……

……おれは姉上が泣いたから助けたかったけれども、改めて思うとちょっと無茶苦茶をしたな、とは思っている。

でもその時おれは、この帝国の人間たちのまっとうさを知らなかったから、姉上が捕らわれの身の上になった時、耐えがたい恥辱を受けるのではないか、と思っていたのだ。

そして姉上が死んじゃうんじゃないかとも、思ったのだ。

だってそれ位、帝国の事など、聖姫の姉上と、姉上のおまけであるおれには、情報が伝わっていなかった。

姉上が怖い、助けて、といったから、おれはそれに答えただけだけれども、まあ、……運がいい事になったわけだ。

少なくともおれをその場で殺さなかったし、国を亡ぼすような言動はとらなかった。

……兄上たちがどうなるのかは、分からないけれども。

追って沙汰を出す、という事は、よくよく考えて今後を決めるに違いない。

国一つ滅ぼす事の方が、侵略して言う事を聞かせるよりも、はるかに利益がない、とあの皇帝はきっと気付いてくれるだろう。

それに、民衆に、そっちが酷い事を言ったのが始まりだと、という風に情報操作をすれば、王族や貴族の威信を大きく削って、帝国に都合よく物事を進められる。

民衆が侵略してきた国に親しみがあれば、そっちに流れるものだ。

自国の王族を軽蔑したら、帝国の方に流れる事も目に見えている。

きっと皇帝は、今後やりやすいように、情報を制御するだろう。

顔立ちを侮辱された可哀想なお姫様の事は、……どうなるんだろう。戦争の火種になった彼女が、それを思い悩んでいるのはかわいそうだった。

彼女は謝ってほしかったのに、謝るどころか開き直った、第一王子殿下は本当に阿呆だ。

普通謝れよ、と彼をいさめるまっとうな神経の側近がいない事も、兄上が暴走した理由だろう。

誰だ、第一王子にそういった忠臣をつけなかったのは。

国王だ。つまり国王も馬鹿だったのだろうか。でも性根を叩き直すために、厳しい帝国の学校に入れたはずだったんだが……厳しい帝国の学校でも、兄上の馬鹿は叩き直せなかったという事だろうか。

どれにしても頭が痛い問題だ。

王子としての証明もない、ただの娘になったおれが、考える事じゃないかもしれないけれども。

そうやっていろいろ考えていたおれに、彼が言う。


「偽物の聖姫だったとしたら、お前さんはただの娘で、そして聖姫の身代わりだったという事だろう、俺が偽物だと見抜けないで連れてきちまったんだ。見抜けなかったのはこちらの問題だ、それなのに殺されるとか、あんまりな話だろう?」


仮面の奥の表情はわからない、でも一つだけ言えるのは、その表情の奥で、彼が少しばかりはおれのことを、気にしているという事だった。

死なせたら可哀想なんて事を、ただの娘に対しても考えられるってこれは、なかなかすごい事なのだ。

王族の中とは言わず、えらくなった身分の人間の中には、ただの民なんて替えはいくらでもあるから、ないがしろにしていいんだと思う奴も多いのだ。

この仮面の男がそうではないと知れたことは、いい事なのだろうか、それとも悪い事なのだろうか。おれにはよくわからなかった。


「……実は、偽物だとわかったら殺される、と思っていた」


おれは慎重に口を開いた。出来る限る考えながらしゃべる。


「だから殺される覚悟はあったんだけどな、生き延びる覚悟はなかった」


「……やっぱり達観してんじゃねえの、お前さん」


仮面の将軍が呆れたように言い、着いて来いと手ぶりで示した。


「あんたは、皇帝の沙汰があるまでは、帝都の俺の屋敷で、客人の扱いを受けていてくれ」


「ただの娘を客人扱いするのか?」


「陛下がそう言ったからな。……正直、意外だったけれども」


廊下を進み、おれたちは馬車どめに到着する。

そこで馬車に乗せられたおれは、大きく息を吐きだした。皇帝との対面は、物凄く疲れたのだ。

あんな圧力のある男と対面した事なんて、一回もない。親父はあんなに圧力なかったしな。


「身柄を引き取れって、本当にあの方は何を考えているかわからねえ。追って沙汰があるなら、牢屋に行くのが普通だしな」


「それこそ、あの皇帝陛下の常識的な憐みの結果だろ」


おれは向かいに座る男を眺めながら言う。仮面に覆われた顔は一切が分からない物の、それ以外、例えば体格とかが、男だった頃の俺と比べ物にならないほど、立派なのは間違いなかった。

少しばかり悔しい。

だがそんな立派な体格だったら、薬が効き始めた時に、もっと体が痛かったんじゃないかとも考えられる。

身代わりになるためには、俺の体格は都合のいい物だったのだ。

おれは何となく、来ていた聖姫のローブを手で探った。

おまけのおれには与えられたことのない、なめらかな最上位の生地で仕立てられた衣類は、幾重にも重なって虹を連想させるように仕上がっていて、その上に白いローブを羽織る事で、姉上をいっそう神々しく見せたものだ。


「為政者は残酷でなければやっていられない事も多いが、……陛下はまっとうな神経のものにはそこそこの対応をするのだ。お前さんが自分の振る舞いで、自分を助けたような物だな」


おれのそんな仕草を気にする事もなく、将軍はそう締めくくった。


「沙汰が厳しい事ではない事を、俺も祈っておくさ」


今後の事が恐ろしくて、言葉にならなくなってきたと思われたのだろうか。

彼は優しい声でおれに言い、腕を組んできっと目を閉じた。仮面の目の部分にも表情を読ませない仕掛けがあるらしく、おれはこの男の眼の色も、分からないままだった。

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