10 武人と王者
「申し訳ありません、第一王子が、姫君に大変に失礼な事を言い、心から申し訳なく思っております」
「まともな神経の身代わりらしいな」
帝王が、少しだけ呆れたような声で言った。
「失礼ながら、誰が悪いのかくらいは知っております」
「……ほう、なかなか身の程も事情も知っている女らしい」
皇帝が口を開いて言ったのは、そんな事だった。事情を知っている、そりゃ知っている。
その事実を聞いて、あのくそ兄貴、と何度思ったかわからないほどだ。
そして皇帝は、先ほどよりは幾分か柔らかな音でこう言った。
「身代わりの娘よ、そのまともな神経に安心した。ふむ、こうも素直に詫びられてしまっては、お前に厳罰を下すのも少しばかり心苦しいものがあるな」
「陛下、しかし神国は、偽物を」
皇帝の隣に控えていた文官が、言いかけた時だ。
「非なら俺にございます、皇帝陛下」
かつかつかつ、と長靴を鳴らす音が響く。おれは驚いて振り返った。
仮面の男がそこに現れたのだ。
そう、おれの後ろの扉を開いて現れたのは、将軍その人だった。
「もともと、その女の子は、自分が聖姫だとは一言も言っていないのです」
「言っていないのにつれてきたのか? ジャハド」
皇帝が意外そうに言う。
「慎重なおまえにしては、珍しい不手際だな」
「聖姫の部屋で倒れ伏している、聖姫と全く同じ色彩の娘。すべての兵士や侍女にも見捨てられた、憐れな聖姫だと判断したのは、俺です、陛下」
そう言って、将軍はおれに手を差し出し、おれを立ち上がらせた。
「処罰なら俺にしてください、俺が甘かったのですから」
「……ジャハドをこれだけで処罰は出来ないな」
皇帝がかすかに笑った。親し気な笑みさえ浮かんでいる。
ジャハド、と呼ぶ声は、悪友への呼びかけにも聞こえた。
「ではジャハドへの罰として、その娘の身柄を引き取れ。追って沙汰を下す事にしよう。そこの娘は常識的で、何より妹に謝ろうという気持ちがあるはず。まっとうな心のただの女を殺すほど、こちらも暇ではないのだからな」
「ありがたきお言葉です」
将軍が、そう言って、一礼する。なめらかな一礼は、将軍がするものとしては最高のものに違いなかった。
だっておれが見とれたくらいだから。
そうして皇帝のとの対面は終わったのだが、おれが聞かなくちゃいけない事だから問いかけた。
「どうして庇ったんだ」




