お!ゴーリラッ!!
柴野いずみ様の『ガチムチ❤️企画』参加作品です。
「お! ゴーリラッ!!」
(……またかよ)
小郡 雷はうんざりして横目で声の主をチラリと眺めた。
「何とか言えよゴリラ! 自粛期間が長すぎて、言語中枢が縮んで喋れなくなったのかよ?!」
声の主――――アレックスのあからさまな挑発だ。
アレックスの取り巻きもゲラゲラ笑ったり、同じように囃し立てている。
雷は溜め息をついて目を閉じ、逞しい腕を組む。いつものように無視を決め込んだ形だが、それを見たアレックス達の暴言は更に勢いづいていく。
(……子供か。ホントに俺と同い年かよ。だいたい、俺にもちゃんと名前があるのに「ゴリラ」よばわりする奴に言語中枢云々は言われたくないな……)
しかしアレックスが言った「自粛期間が長すぎて」という箇所だけは事実である。
去年から世界的に蔓延している新型ウイルスの影響で、エンターテイメント事業をメインとするわが社はほぼ活動を自粛せざるをえず、ここの所経営がかなり厳しくなっているようだ。アレックスも余計それでイライラしているのかもしれない。
……まあだからといって周りに喧嘩をふっかけたり、からかって良いという理屈にはならないわけだが。
まだぎゃあぎゃあうるさいアレックス達を、雷はひと睨みで黙らせる。元々全身筋肉の塊である雷とひょろひょろのアレックス達では勝負にならないのだ。睨むくらいでちょうどいい。
取り巻き連中は蜘蛛の子を散らすように逃げたが、アレックスだけはその場に残る。
「……なんだよ。やんのかよ」
言葉とは裏腹にアレックスは泣き笑いのような顔をしているし、互いのブースの間にある仕切りを掴んでそこに隠れるようなポーズをしている。といっても、その仕切りは丸見えで隠れる事などできないのだが。
雷は再び溜め息をつき、アレックスを黙らせるにはどうしたものかと考える。
考える時の癖でつい顎に手をやってしまう。
「はあー? 無視ですかー? そのポーズでイケメンとかクール系男子とか呼ばれていい気になってるのがムカつくんだよ」
(はあ。何をしても結局黙らないんだな。お喋り糞野郎め)
そもそもいい気にはなっていない。雷は自分がイケメンだと思った事はないし、所謂イケメンの価値も基準もよく分からない。
雷が顎を触るポーズが癖になったのは偶然だ。
それを更に偶然に、ある写真マニアか何かが勝手に撮って勝手にSNSにアップしたのだ。
更に更に偶然たまたま、その写真のアングルやポーズが昔の有名人のポーズにそっくりだとかなんとか言ってバズったのだ。
恐ろしいことに偶然は重なるもので、ちょうどその時にその有名人をテーマにしたアニメか何かが流行っていたらしく、「アニ女」とか名乗る女どもが客として沢山押し掛けた。
つまり、その有名人がクールとかイケメンらしいのだが、廻り廻って雷がイケメンと持て囃され、一時期はテレビの取材まで来る始末だった。
当時社長はホクホクして雷に臨時ボーナスをくれたのだが、それも新型ウイルスで営業を自粛する前までの話だった。
(――――ん? まさか)
そこまで考えて、ふと一つの可能性に気付く。雷は初めてアレックスに声をかけた。
「アレックス、もしかして最近俺がやたら動画に出てる件で嫉妬してるのか?」
「な!? な!!??……おまっ!!!」
「あのな、確かに伊藤さんはしょっちゅう俺に近づいてくるけど、それは……」
「ッ! 伊藤ちゃんはお前なんか好きじゃねえよ!」
(――――んんんん?)
どうやら雷の考えは外れていたらしい。
伊藤さんはうちの会社の広報兼、何でも屋のアクティブな女性だ。
風前の灯となった我が社をなんとか潰さないようにと、毎日動画を撮ってアップしたりクラウドファンディングにまで手を出しているそうだ。
でもそのおかげでフォロワーも結構いるらしく、もはや社長も彼女に逆らえないらしい。
そんな伊藤さんはネタとして雷の動画をよく撮っている。
雷はてっきり、目立ちたがり屋のアレックスが自分も動画に撮って貰いたくて嫉妬していると思っていたのだが……。
「――――え、まさか伊藤さんを……そういう目で見てるのか?」
「~~~~~~~~っ!!!!」
今度こそ図星か、アレックスは真っ赤になった。
まるで普段アレックスが馬鹿にしている"ジャパニーズモンキー"そっくりじゃないか、と雷は一瞬思ったが、それを口にすると「ゴリラ」を連呼していた彼と同じレベルかそれ以下に堕ちるな……と思ったのですぐに心の中から消した。しかし代わりに本音がポロっとこぼれてしまう。
「……理解できないな。どこが良いんだ。あんなガリガリ」
「!! ふ! ざ! け! ん! な!」
雷の不用意な一言に激昂したアレックスは、そこらにある物を片っ端から掴んでは雷に投げつけ始めた。
殆どは仕切りに阻まれ、また仕切りを越えても距離が足らずに雷までは届いていないが床はメチャクチャだ。
「しね!! 氏ねじゃなくて死ね!!」
「アレックス、すまん、今のは俺が悪い。許してくれ……」
「許さねえ! ゴリラ! 糞ゴリラ! うんこたれ! アホ! バーカバーカ!!」
尚も物を投げつけながら、アレックスの罵倒は続くが、段々と罵倒のレベルが低くなっていく。
物を避けながら(おい、言語中枢どうした)と冷静に心の中でツッコミを入れる雷だったが、最後の罵倒で冷静ではいられなくなった。
「お前のかーちゃん、でーべそ!!!」
ところで雷の理想のタイプは母、小郡ランである。
「アニ女」のようなガリガリで化粧品の匂いをプンプンさせ、毛もツルツルな連中には1ミリも興味が湧かないが、母のようにはち切れそうな筋肉を持ち、強く、優しく、大きく、美しいメスがいれば番になりたいと常々思っている。
今回は少々自分にも落ち度があったため、自分が罵倒されるのはまだ許容できたが母を馬鹿にするのは絶対に許せない。
「ああん!? 今なんつった!?」
雷は、今日一番の大きさの声を揚げた。もはやそれは咆哮であった。
◆◇◆◇◆
ほんの少し時を戻そう。
広報の伊藤さんがスマホで自撮り動画を撮り始めていた。
「は~い皆さんこんにちは! 小郡動物園チャンネルのアニマル女子、通称「アニ女」のITOです!」
"映える"場所をバックに、手慣れた様子でオープニングの自己紹介トークを進める。
「今うちの動物園は自粛期間中のため、皆さんをお迎えする事ができません。ごめんなさい! その代わり、毎日動画をアップしています! 是非チャンネル登録してくださいね~」
伊藤さんは斜め下を指差した後、自撮り棒を持って撮影を続けたまま雷とアレックス達のブースの前に移動してくる。
「さぁ、一昨年"イケメンゴリラ"としてバズった事で今でも大人気! ローランドゴリラの雷くんから今日も見ていきましょ~、……あら?」
檻の鉄格子越しに、雷の隣の檻にいるアレックスがキーキーと鳴きながら物を投げている。
「あれれ、アレックスくん、雷くんにかまってほしいのかな?」
暫くすると、雷が怒ったのか突然咆哮した。その声は周りの空気をビリビリと震わせるかのようだ。
「うわ~~~皆さん聞こえました? 凄かったですね! 雷くんを怒らせちゃったお隣のアレックスくんですが~」
伊藤さんは急いでアレックスにカメラのピントをあわせてズームする。
「ほら、泣き笑いみたいな顔でしょう? これは実は、とても怯えてるんですね~。皆さん、チンパンジーがこういう表情の時はそっとしておいてくださいね! さて次に……」
ランと雷の名前は、名字=動物園の名前……と併せてダジャレになるとわかっていて、飼育員の人達が名付けています。
あとアレックスははからずも、今回念願の動画デビューです。良かったね(?)