ザ・スリー・リトル・オーク ~とある異世界における「三匹のこぶた」物語~
昔々、『無法者の森』と人々に噂される森に、大柄な母オークと三兄弟の子オークが暮らしていました。
一番上の兄オークであるトン・カッツは怠け者で、暇さえあれば常に何かを食べているので丸々と太っていました。
二番目の兄オークであるハム・カッツは昼寝の好きな面倒くさがりで、用事はいつも弟に押し付けて寝てばかり。
そして末の弟であるメンチ・カッツは体も小さく、臆病者でしたが読書が好きな、兄弟一賢い子オークでした。
そんな子オーク三兄弟たちは全員お母さんが大好きで、巣立ちを控えたある年のお母さんの誕生日にそれぞれが特別なプレゼントを贈ろうと、森の中を探しまわっていました。
トン・カッツは森一番の大きな樹に生る真っ赤で甘い美味しい果物を見付け、ハム・カッツは持ち主に幸運を運ぶとされる金色の鶏「ヴィゾーヴニルの尾羽」……によく似た綺麗な黄色い羽を道端で拾いました。
二人の兄はプレゼントを早々とは見付けましたがまだまだ子供で、帰るにはまだ早いからと森の中で日向ぼっこをしながら、ぐうたらダラダラと日暮れが近づく時間まで過ごしています。
でも末の弟のメンチ・カッツだけは例外でした。
今年は特別な年だからと普段は滅多と行くことのない森の奥深くへと入り、色とりどりの花が咲き乱れる花畑で両手に抱えきれんばかりの花を摘んで花束を作ったのです。
空を見れば、太陽はとうに天辺からは外れて斜め上。
「わっ! ちょっと遅くなっちゃったな~。でも、今年は特別なプレゼントを用意したかったし……走れば暮れる前に帰れるよねっ。」
メンチ・カッツは家から遠く離れたこの花畑から急いで帰るべく、作った花束を落とさないようにと持ってきた大きめな布に包み、バタバタと慌てて走り出しました。
「もうすぐ……もうすぐ……。」
と――――。
遠めでも分かるほど、家の前でなにやら兄たち二人がガックリと項垂れ、うずくまっているではありませんか。
その姿が目に入るやメンチ・カッツは何があったのだろうかと気になり、スピードを更に上げて走ります。
「兄さ――。」
すぐ傍まで近寄りつつあったメンチ・カッツは片手をあげ、兄たちに声を掛けようとしましたがその前に目に飛び込んできた光景で全てを悟り、言葉を失いました。
「なっ――。」
「あぁ……メンチか――。」
「――――。」
トン・カッツは生気を失い、ハム・カッツはボロボロと泣くばかり……。
そこにあったのは瓦礫と炭に成り果てた、母オークが待っているはずの我が家だったのです。
「お、お母……さん、は?」
ブルブルと震えながらやっと出たメンチ・カッツのその問いに、トン・カッツはただ黙って首を横に振り、まだ煙の燻ぶる家の残骸を指さすだけ。
そして指さされた方へとメンチ・カッツが駆け寄ると、そこにはこんがりと茶色く焼けただれた母オークの哀れな成れの果てが横たわっていました。
「お……か…………。」
あまりにもな突然に訪れた衝撃的な悲しみに、メンチ・カッツはガクンと体から力が抜けて地面に膝を突いてしまいました。
悲しみも……度を過ぎれば涙さえ簡単には出てきません。
悲しみと言う気持ちは心の中に逃げ場も無く渦巻いたまま、ただ自らを苦しめ続けていくだけです。
メンチ・カッツは涙を流す代わりに、もがくように地面を何度も殴りました。
普段なんだかんだと仲の良いこのオーク三兄弟も、この時ばかりは目も合わさず、何も語らず、そのまま誰一人として眠ることも無く一晩を明かしたのです。
再び太陽が昇って周囲が明るくなり、三兄弟たちも漸く少しは落ち着いたのかもしれません。
この重苦しい空気の中で最初に口を開いたのは一番上の兄であるトン・カッツでした。
「あの……さっ――。ずっとこうしているわけにもいかないし……これからの事とかについて話さないか?」
その言葉にハム・カッツもメンチ・カッツもコクリと頷き、もう動かない焼けた母オークの前へと全員集合して今後についての話し合いを始めました。
まずはこの先の話をする前にと、まだ誰も話していなかった昨日何があったのかという話から。
聞けば一番最初に帰宅したのはハム・カッツ。
ですがその時すでにほぼ燃え切っている状態で、少しばかり火がまだ残っているという程度だったというのです。
もっと早くに帰宅していれば――誰もがそう口にします。
そうして兄弟たちは自分を責め、他の誰かが宥めるのを繰り返しているので話はなかなか進みはしません。
全員がその事にイラつきも溜まっていき、次第に言葉も荒々しくなって喧嘩腰になっていきました。
「お前が昼寝さえしなければ――。」
「兄さんが寄り道なんてしていなければ――。」
「お前が家に残っていれば――。」
「兄さんが――――。」
話はもう収拾がつかず、口喧嘩から殴り合いへと発展していき、その体力も力尽きた所でバタンと三人とも地面に倒れ伏したのです。
「――もう、お前たちとはやっていけない……。どうせ巣立ちの時も近かったのだ……。一緒に居る必要も無いだろう……。これからは各々やっていくとしよう――――。」
殴り合いの喧嘩をした所為でハァハァと息切れをし、口も上手く動かせない中で言ったそのトン・カッツからの提案を二人は即座に受け入れました。
しばらくそのまま休み、それなりに体力が回復したところで一人、また一人とそこから兄弟は去っていったのです。
「じゃっ――達者でな。」
あんなにも仲の良かった兄弟とは思えない程、何とも冷たい別れの言葉です。
三兄弟たちはこうして予定とは違った巣立ちの日を迎え、幼い頃から母オークに言われていた通り、自分の力で自分の家を建てることになりました。
「子供たち。大きくなったらこの家から巣立ちをして、自分で住む家を自分で建てるのですよ。そしてその家に一緒に住む自分の家族を新しく作り、お母さんのように立派に生きるのですよ。」
まさかこの言葉が遺言となるだなんて誰が想像していたでしょう…………。
しかしながら誰一人としてその言葉を忘れることはなく母オークに言われた事を守り、実家から離れた後は自分の家を建てることに奮起し始めたのです。
まずは土地。
森の決まりを守ってこの広大な森の中を出ることはありませんが、平らで開けた水場の近い理想の地を探してアッチへコッチへと三兄弟はそれぞれの道を歩き始めました。
「ここが良い!」
最初に気に入った場所を決めたのは一番上の兄、トン・カッツ。
決め手は自分の大好きな果物や木の実が生る木々がたくさん生い茂る所のすぐ横だということ。
「これでいつでも食べ放題!」
さすが食いしん坊といったところでしょうか……。
おまけに怠け者なものですから深く考えることもせず、ちょうどいいやとそこらの道を通りすがった農家のおじさんに藁を分けてもらい、あっという間に藁の家を作ったのです。
「あぁ、楽チン。楽チン。」
作るのに三時間と掛からなかったその家で、トン・カッツはさっそく周囲に生えている木々から果物をもいで一人、新築祝いのパーティーを始めました。
もしかしたらトン・カッツは、大好きな食べることで悲しみを紛らわそうとしているのかもしれません。
次に家を決めたのは二番目の兄、ハム・カッツ。
決め手は……ただそこに都合よくあったから。
「まぁ、これでいいだろ。面倒くさいし~。」
たぶん誰かが建てて何年か前まで住んでいた家なのでしょう……。
ボロボロではあるし簡素な造りではあったが、川の傍に建つ木造の一軒の小屋にハム・カッツは飛びついたのでした。
天井に開いた大きな穴とか多少の手直しをすれば雨風も防げるし、こだわりも別に無いから安易にこれでいいだろうと決めたのです。
「僕は早く眠りたいんだ……。一からなんて、やってられないよ。」
そう言うと、ハムカッツはササッと手直しを終えると早速グーグーと家の中で寝始めたではありませんか……。
疲れていた?
いいえ、ハム・カッツは眠ることで現実の嫌なことから逃げたかったのです。
そんな兄たちとは違い、もくもくと木の棒や自らの歩幅を使って何やら測っているメンチ・カッツの姿が道沿いのとある場所にありました。
「しっかりと、測っていかなきゃね!」
この森の中に幾つかあるモンスターたちの集落から延びる道。
その道から程近くに家を建てようとメンチ・カッツは前々から計画していたのです。
交通量こそ週に二度か三度と少ないものの、何か欲しいものがあればこの道を通る農家や商人の足を止めて物々交換で買うこともできます。
「道からも、川からも近く。食料の成る木の密集地帯からも離れすぎない、丁度良い所に頑丈な家を僕は建てたい!」
鼻息荒くそう宣言し、ハム・カッツは以前から約束していたレンガ職人の工房へと向かいました。
この日の為にと時間を見付けては森の中を散策し、実家から一番近くの集落へとレンガを卸していた職人の工房を見付けていました。
その工房の主は話すととても気の良いゴブリンだったので見習いとして雇ってもらい、仕事をしてコツコツと小さな頃からお金を稼いできていたのです。
だからと言ってそれだけで家一軒建てるに充分なレンガの代金には足るなんてことはありません。
なので少しでも足しになればと毎回のように職人の元へと森の果物や木の実を採って運んでいました。
加えて近くのゴブリン集落へと釣った魚や捕まえた小鳥を売りに行き、少し高く売れる珍しいキノコを見付けてはそれも売りに行きました。
それだけしてやっとレンガのお金も貯まり、家一軒を立てるに充分になっていたのです。
不幸中の幸いとでも言いましょうか、お金は全てレンガ職人さんの元へとすぐに持って行っていたので火事の被害にもあっていませんでした。
「こんにちは~!」
「よぉ、坊主。代金の支払いはもう終わっていたはずだが……?」
「うん。今日はね、そのレンガを貰いに来たの。」
「ほぉ……。もうそんな日か――。」
レンガ職人は作業をしながらそう答え、目を瞑ってこれまでの事を思い返していました。
「坊主がこのレンガ工房に通い始めてから――もう三年近くになるかな? 時が経つのなんざ、早いもんだなぁ。」
レンガ職人はウンウンと頷き、それまでしていた作業を止めてメンチ・カッツの方へと歩いてきました。
「巣立ち、おめでとう。レンガの家を作るのは大変だが……計画的な坊主の事だ。心配はしてねぇ。時間はかかるだろうが、頑張れよ。また完成したら見せてくれ。」
「うんっ!」
メンチ・カッツは元気よく返事をしました。
その返事を聞いてニッと笑ったレンガ職人はこれは祝いの品だと言い、メンチ・カッツに少し大きな荷車をプレゼントしたのです。
既に購入していたレンガをその荷車いっぱいに積み、メンチ・カッツは「ありがとう!」とお礼を言って工房を去って行きました。
レンガ職人はメンチ・カッツの姿が見えなくなるまで手を振り、新たな門出を祝ってくれます。
「またな~!」
決して平坦とはいえない凸凹道をフーフー言いながらメンチ・カッツは荷車を引きます。
家の建設予定地へと行く途中、いつもの集落に寄って二人の男を連れて帰りました。
実は少し資金に余裕があったメンチ・カッツは、どうせならと人を雇っていたのです。
初めからレンガの家を一人で建てるのは少し無理があると分かっており、人手が欲しいとは思っていましたが雇えたのは二人だけ。
それもギリギリの賃金で……。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
「おぅっ! こんな安い金じゃ普段なら働かないんだけどな。坊主からの頼みだ。協力するぜっ!」
「あぁ! 勿論だとも。俺も坊主に色々と雑用をしてもらって助かってたしな。」
何と頼もしい言葉でしょうか。
メンチ・カッツはウキウキでこの男たちにハグをしました。
さぁ、作業開始です!
「「「オォー!!!」」」
三人は揃って右手の拳を空へと突き出し、気合を入れました。
メンチ・カッツに加え、大人の男が二人もいることで作業は滞りなく進んでいきます。
それでも一日で終わるなんてことはなく、皆で汗だくになりながらレンガを一つ一つ丁寧に積み上げていき、二日、三日……一週間と経ちました。
「ふ~ぅ……。」
「漸く完成だな。」
「ありがとうございました!」
メンチ・カッツは喜びに満ちた顔で二人の男にお礼を言いました。
時間はかかったが遂に完成した自分だけの城に、喜びもひとしおです。
そんなメンチ・カッツの様子に男たちは嬉し涙を流します。
「イイってことよ。」
「俺の息子も去年、巣立ったんだ。坊主を見てると思い出すよ……。」
「だな~ぁ。俺のところは来年だ。今から泣けてくるぜ……。」
男たち二人はメンチ・カッツとがっしりと握手を交わし、「またな!」と集落の方へと帰って行きました。
どでかい布で簡単なテントを立て、三人で野営をしながら暮らしたこの大変ながらも楽しかった一週間のことは、メンチ・カッツも男たちも忘れない事でしょう。
いよいよ今日から、メンチ・カッツも一人暮らしのスタートです。
とにかく頑丈に作ったレンガ造りの家には煙突があり、暖炉を備えているので冬も寒くありません。
煮炊きもできるように作った暖炉には大きな鍋が吊り下げられています。
「へへっ……! またプレゼント貰っちゃった。」
臆病者ながらもコミュニケーション能力の高いメンチ・カッツはレンガ職人にも、あのゴブリン集落の皆にも愛されていました。
そういったわけで、またまた巣立ちの祝いの品だと言って今度はあのゴブリン集落の大人たち皆からということで男たち二人から渡され、大きな鉄製の新品の鍋を貰ったのです。
「ふふっ。これで何を作ろうかな~ぁ。」
ちょうどその頃、お腹を空かせたダイアウルフが森の中を彷徨い、オーク三兄弟たちが住まう辺りへとやって来ました。
クンクンと鼻をひくつかせ、ニタリと卑しい笑みを溢します。
「こっちの方から旨そうな豚野郎の匂いがするゾ~! イッシッシッシッシッッシッ!」
ダイアウルフはまず、一番上の兄であるトン・カッツの家にやってきました。
トン・カッツは満腹になったお腹を撫で、明日は何を食べようかと楽しそうにしています。
「お~い! ここを開けるぉお!!」
「誰?」
何も知らないトン・カッツは、誰が訪ねて来たのだろうかと無警戒にもドアを開けてしまいました。
「ほぉ~! こいつは、丸々と太っていて旨そうだ!」
ダイアウルフはジュルリと涎を口の端から滴らせます。
その様子にこれは危ないとトン・カッツは瞬時に感じ、すぐさまドアを閉めて家の中へと引き篭もってしまいました。
「いくら隠れても、こんなチンケな藁の家なんざ、俺様の息でひと吹きだ!!」
そう言うや否や、ダイアウルフは深呼吸でもするかのようにスーゥと息を吸い込むと、次にフッと軽く息を吹き出しました。
その息は藁の家を簡単に吹き飛ばし、見るも無残にバラバラにしてしまったではありませんか。
「ガッハッハッハッハッ! どうだ? 参ったか!?」
家を失ったトン・カッツは弟であるハム・カッツに助けてもらおうと、家を探しながら命からがら走って逃げました。
「ハム~! 助けておくれ~!」
「兄さん!?」
必死の形相でこちらへと走ってくるトン・カッツの姿を見ると一先ず家の中へと招き入れ、どうしたのかとハム・カッツはギョッとして話を聞こうとしました。
ですがそんな間もなく、次にダイアウルフは二番目の兄であるハム・カッツの家へとやってきました。
「お~い! ここを開けるぉお!!」
「誰?」
ハム・カッツは再び現れた訪問者にドアを開けようとします。
「だ、ダメだ!!」
ですがそれを見た兄のトン・カッツはハム・カッツの腕を掴み、ドアを開けてはダメだと制止します。
あの声は、この森一番危険だという噂のダイアウルフの声だと……。
二人はドアに前に重い机を置き、部屋の真ん中で互いに抱き合ってブルブルと震えだしました。
「おっ? 生意気にも、俺様に抵抗するつもりか?」
表からはダイアウルフがフフンと鼻を鳴らし、せせら笑う声が聞こえてきます。
「いくら抵抗しようが、こんなオンボロな木の家なんざ、俺様の息でひと吹きだ!!」
そう言うや否や、ダイアウルフは深呼吸でもするかのようにスーゥと息を吸い込むと、次にフゥーと大きく息を吹き出しました。
その息は木の家を簡単に崩れさせ、バタリと柱も残さずバラバラにしてしまったではありませんか。
「ガッハッハッハッハッ! どうだ? 参ったか!?」
どうやらこの家、長年の放置がたたって柱や壁がかなりシロアリに食われていたようです。
あぁ、何ということでしょう……。
家を失ったトン・カッツとハム・カッツは弟であるメンチ・カッツに助けてもらおうと走り出し、家を探して森を右往左往します。
「ど、どこだ? あいつの家は……。」
「どこだ~?」
兄弟たちは互いに連絡を取り合っていたわけではないので家の場所なんて分かりません。
二人は背後から迫りくるダイアウルフの脅威に怯えながら、協力してメンチ・カッツの家を探します。
暫くしてゴブリンの集落へと続く道へと出ると、メンチ・カッツの家が見えてきました。
メンチ・カッツは表で薪を割っていました。
「おぉ~い! メンチ~! 助けておくれ~!!」
「トン兄さん!? ハム兄さん!?」
喧嘩別れしたはずの兄たちの突然の訪問に、メンチ・カッツは戸惑うばかりです。
「ど、どうし――。」
「いいから! いいから、取りあえず急いで家の中へ!!」
話を聞く間もなく、メンチ・カッツは兄たちに引っ張られて強制的に家の中へと連れて行かれます。
怠け者のトン・カッツ、面倒くさがりでいつも動かないハム・カッツの二人は生まれて初めて全速力で長距離を走ったことで息も絶え絶えでした。
二人とも顔色が悪く、メンチ・カッツに何かを必死に伝えようとしますが声になりません。
――と、何やら外で物音がします。
そしてついに、ダイアウルフは末っ子のメンチ・カッツの家にもやってきました。
しかし流石に三つ目ともなるとこの家ではさっきまでの手は使えないと気付き、ダイアウルフも作戦を変更しました。
ドアをノックしてこう言いました。
「ミルクの宅配会社です。新鮮なミルク、いりませんか? まずは家の中でお話だけでも……。」
「誰? そういう訪問販売は全部、お断りしてるんだけど……。」
メンチ・カッツは更なる訪問者の声を聞き、ドアの方へと近寄ります。
ですが……。
「あなた、誰です? 怪しい人を家に入れるわけにはいきません!」
「なっ――!!」
なんと臆病者のメンチ・カッツはドアに覗き窓を作っており、そこからドアの向こうを覗いて訪問者が誰なのか確認しただけだったのです。
その結果、ドアの向こうにいる訪問者が自分の知らないどう見ても不審者だと分かり、ドアに鍵を掛けました。
「弟よ~……!」
兄たちはその事によって、弟であるメンチ・カッツに感心しました。
とは言っても、兄たち二人の不安はまだまだ拭えません。
「きっとこの家も壊される。ピューと一息で壊される。」
兄たち二人はそう言って顔が青ざめだしました。
「大丈夫だよ、兄さんたち。この家はちょっとやそっとじゃ壊れない、丈夫な家だから。」
メンチ・カッツがそう言っても信じず、兄たち二人は否定して震えだします。
「俺様の言うことが聞けないとは、身の程知らずめっ! 後で後悔するがいいさっ!!」
表からはダイアウルフの苛立つ声が聞こえてきます。
「いくら拒もうが、こんな小さなレンガの家なんざ、俺様の息でひと吹きだ!!」
そう言うや否や、ダイアウルフは深呼吸でもするかのようにスーゥと深く息を吸い込むと、次にブフゥーと竜巻が起こりそうなほど強く息を吹き出しました。
その息はレンガの家を――――壊しませんでした。
「ガッハッハッハ――あれっ?」
ダイアウルフも何があったのか目の前の出来事が飲み込めず、首を傾げています。
「なんで――? なんでだ!? 俺様自慢のこの息にかかりゃあ、こんな豚どもが作った家なんざ、イチコロなはずなのに……。」
ダイアウルフは目をパチクリとさせます。
「えぇいっ! もう一度!!」
そう言って何度も挑戦しますが、近くにあった草は吹き飛んでもレンガの家はビクともしません。
次第に頭に血が上って怒り心頭に発すると、ダイアウルフはその自慢の足を使って壊そうと家の壁を蹴りだしたではありませんか。
「こんのっお!!」
けれどもレンガの家の方が堅く丈夫で、何度も蹴り続けたダイアウルフの足は真っ赤に腫れ上がってしまいました。
「――――っ!!」
ダイアウルフは声にならない悲鳴を上げて仰け反り、痛みからその場へと倒れ込みました。
「こんなはずではっ!!」
ダイアウルフは牙を剥き出し、爆発寸前の怒りから地面にゴロンと寝転がって手足をバタバタとさせて暴れ始めました。
そんなダイアウルフの様子を見て、オーク三兄弟はホッと胸を撫で下ろします。
「これできっと大丈夫だよ!」
メンチ・カッツの力強い言葉に、兄たち二人の顔色もすっかりと元通りです。
しかし、ダイアウルフはこんな事では諦めません。
「生意気な豚野郎めっ! ちょっと大変だが、こうなったら煙突から忍び込んでガブリだ!!」
ところがそれもメンチ・カッツは想定済みです。
ダイアウルフがレンガの壁を蹴って遊んでいる隙に鍋を準備し、暖炉に火をくべてお湯を沸かし始めたのです。
「クックックックックッ! 待ってろよ!」
何も知らないダイアウルフは煙突から下へと降りようとします。
その煙も、その熱も……怒りで支配され、冷静さを失ったダイアウルフの頭では感じることができません。
そんな状態の中、そろりそろりと降りていくつもりがうっかりと湯気で湿った煙突の壁でツルリと足を滑らせ、勢いよく下へと真っ逆さま。
「あっ――! ヂィヤァァァァァーーー!!」
その落ちた先にあったのは言う間でもなく、グツグツと煮えたぎる熱湯だったのです。
熱湯の中に堕ちてしまったダイアウルフはそのあまりの熱さから熱湯がかかった所に激痛が走り、たまらないとばかりに飛び跳ねました。
こりゃダメだとダイアウルフは遂に開けられていたドアから出て行き、遠くの遠くの方へと一目散とばかりに逃げて行ったのです。
「「「やったぁ!!」」」
見事に恐怖のダイアウルフを撃退したオーク三兄弟は、手を取り合って喜びの雄叫びをあげました。
しかし喜びも束の間、暫くすると不意に手を繋いでしまっていたことに三兄弟はハッと気付き、急に気恥ずかしくなってバッと一斉に手を離しました。
つい数日前に喧嘩別れしたことも相まってそのまま気まずくなり、無言の時間が流れます。
でもそれも長くは続きません。
「あ……あの、さ――――。」
最初に口を開いたのはメンチ・カッツでした。
先程までの経緯から凡そのことを悟っていたメンチ・カッツは兄たちにある提案をしました。
「どうせ、さっきのダイアウルフに壊されて兄さんたちの家、無いんだろ? 良ければだけど……ここで僕と一緒に住むかい?」
「い、いいの――かい?」
「本当に?」
「うん!」
最後にはあんなにも仲違いしていた三兄弟も、共通の敵を倒して共に危機を乗り越えたことで結束力が固くなりました。
「ごめんよ。メンチ……。」
「いいんだよ、トン兄さん。」
「ごめん……。それと、ありがとう。」
「ううん。ハム兄さん。」
三兄弟たちの目からはいつの間にか涙がボロボロと零れてきているではありませんか。
「メンチ……いつの間にこんなにしっかりとするようになってたんだ――?」
「俺たちより余程兄らしいというか、頼りがいがあるじゃないか……。」
「フフッ……。」
こうして兄弟たちのわだかまりも解け、この先も兄弟仲良く幸せに暮らしましたとさ――。