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荷造りと心の整理


「はぁ~」


 いったい何度目のため息になるのだろうか。

 荷造りの箱をせっせと積み重ねながら、ザイル・アーバレストは項垂れていた。

 国家資格の剥奪――まだ現実として受け止めることができないでいる。


(なぜ、なぜなのか!)


 麻紐でまとめた論文の塊に、拳を振り下ろすとジンジンと痛みが骨にまで響く。

 ちょっと強く叩き過ぎて、結構痛い……


「提出論文に不備があった? いや、あれは推敲を重ねた上で、校閲にも協力してもらっているからそんなことはないはずだ」


 審査を終えて突き戻された論文に目を落とした。

 特に矛盾点もなく、多少の主観も入っているとはいえ、記述は申し分ないはずだった。


「……いや、むしろ素晴らしい。これを書いたやつ……天才か?」


 そう、ザイルが提出した論文には何ら不足はなかったのだ。

 むしろ、論文としての完成度は高く、内容は理路整然にまとまっている。

 助長せず要点を押さえ、施術法と効果に対する説明が詳細に記載されている。魔術へのアプローチも斬新であり、膨大な資料と考察、その効果が生み出す経済効果などなど……

 だが、しかし、いかんせん。その内容が問題だったことに本人は気づいていないようだった。


 魔縄術。魔力を練り込んで、編み上げた縄を用いて対象者の能力を引き出す。

 縄で編み上げた紋様によって、様々な効果を発揮する。それは身体能力の向上であり、体内を流れる魔力の循環を補助するものである。

 これがザイルの極めた研究成果でもあった。

 問題はその絵面にあることを本人は気づきもしない。


「……だとしたらどこに問題点があるというのか……施術した人数だって、試行錯誤を重ねた縄の本数だってデータとしては申し分ないのに」


 ザイルは己が美の探求に妥協はなかった。


 薄給とも言われる研究職でありながら、選りすぐれた資材を求めて私財を投じた。


 魔縄の効果を検証するため、協力者を求めて娼館にも通い詰めた。


 あらゆる誤解を受けながら、ザイルは自身の信じる高みを目指していたはずなのに……


 イアンとダリウスの言葉が脳裏をよぎる。


『下賤である』

『魔術として認めるわけにはいかない』


 どうしてこうなった、どうして誰も理解してくれない。

 魔術としての有用性を兼ね備えているだけではない。この国が抱える問題を解消できる可能性だって秘めているのだ。

 魔術の探求に従事しているものであれば、それがわからないはずがない。

 論文の他に問題があるとすれば……


「縛り目の紋様がダメだったのか! 施術効果と視覚的な美しさを伝えるために、万人向けでもある単純な縛り方を選んだのが稚拙だったと……そういうわけか!」

「んにゃ、それはないんじゃないかな~」


 と、ザイルの思考に割り込む、突然の来客があった。

 声がしたのは研究室の入り口の方だ。

 そこには身の丈よりも多少大きめの白衣をまとった少女が立っている。


「はろはろ~」

「なんだ、アトリか……」

「なんだ……とは失礼なやつだな。このボクがわざわざ時間を割いてきているのに」

 

 大きな欠伸をかいて目尻に涙を浮かべる少女はアトリ・ルオール。室内に積み重ねた資料にも満たない小柄な体躯は、端から見ると子供にしか見えない。まだ幼さを残す少女の風貌であるが、ここ魔術探求都市【ウィドム】に所属する研究員の一人だ。

 

「また徹夜か?」

「まぁね。昨日はいい素材を引き当てたから、ついついね」


 いつも寝食を忘れて研究に没頭している少女は、今日も今日とて気だるげである。


「没頭してたもんだから、審査会の時間も忘れちゃってさ~」


 アトリは身の丈には少し大きすぎる白衣の袖口でぐしぐしと涙を拭う。

 ――いろいろとガードの甘い少女が【ウィドム】設立以来、最年少で国家資格を取った天才と称されている才女アトリ・ルオールである。

 奇人扱いされがちな彼女は、ザイルとなぜか馬が合った。

 平均年齢が高い研究都市で、二人はまだ十代半ば。

 年が近いのも理由の一つでもあるが、二人の共通点は研究内容の突飛さにもあるのだが……


「それにしてもずいぶんと落ち込んでいるようだねぇ」

「……なんだ、冷やかしにきたのか」

「ふっふっふ~、ボクはそんな無粋な真似をするつもりはないよ」


 口に含んでいる砂糖菓子をコロコロと転がし、彼女は机に身を乗り出した。


「無論、感想を聞きに来たに決まっているじゃないか」


 ふふん。と鼻を鳴らすと、その眼に好奇心という光が宿る。

 卓上に整理していた書類を豪快に散らかす少女の瞳は爛々と輝いていた。


「ねっ、ねっ、どうだった? エレナの具合は!」

「…………控えめに言って」

「うんうん♪」

「……最ッ高だった」


 事情を知らない人物がこの会話を聞いたら、誤解を受けるだろう。やれ「素材を厳選しただけあって、(縄)締まりは文句なし!」だの「普段よりも昂ぶっていた(魔力)ようだ」などなど……

 彼らはあくまで研究の結果について、考察と感想を述べているに過ぎない。

 この都市でこういった光景は珍しいわけでもないのだが……


「あ~、面白かった。やっぱりキミの研究は愉快だね」


 先ほどの審査会について説明すると、机に腰をかけ、足をぷらぷらと揺らすアトリは満足そうだった。


「で、キミはさっきから何してるの?」

「……見てわからないか……荷造りだよ」


 部屋の隅に積まれた箱を指差した。

 ふと、現実に引き戻されて、胸の中のもやもやが一層濃くなった気がした。


「あやや~、あの話って本当だったんだね」

「どうせ、何かしら耳に入っているんだろ」


 アトリは言葉を濁したが、その様子だとある程度の本末は知っているのだろう。

 査定の結果など、人伝にすぐに伝播するものだ。

 ましてはここは魔術探求都市【ウィドム】。魔術の研究のために存在し、閉鎖された空間において、他人の研究結果や噂話というのはあっという間に広がるものだ。

 今頃、話に尾ひれ背ひれがついて、火竜も恐れる合成獣のような内容になっているだろう。


「納得いってない。って顔だ」

「……当たり前だ。これまでの全てを否定されたんだぞ」


 悔しさにザイルの声が震えた。

 こうしてアトリのように理解を示してくれる研究者もいるが、今回は満場一致で「否」の判定を下されたのだ。


「これほど魔術の研究に先進的な都市であるはずなのに……有用性がわからないはずがないんだ」

「……今回はそれだけじゃないような気がするけどね」

「は? それはどういう……」

「まぁ、こんな感じだとねぇ……」


 にゃはは……とアトリは苦笑を浮かべて、部屋を見渡す。


 研究室には資材や資料が所狭しと並んでいる。その中には石膏を固めて製作した人間の模型を置いていた。男女の石像は年齢別になっており、平均値を取っている。


 そしてそれらの石像はすべて、先刻のエレナのように縄で縛られていた。


 全て違った紋様を形成しており、どことなく地方の伝統工芸品に見られるような魅力があった。複雑に絡み合った縄は、動きを阻害しないよう、また間接の可動域を狭めないよう設計されている。


「なんでさ! こんなにも美――芸術としても鮮麗された魔術式は他にない!」

「うん。そだね~」


 少女はどこか遠い目をしながら、適当に受け流す。


「……何か言いたげだな」

「そりゃ~ボクも実験台にされたからね」

「なっ、現に良かっただろ!?」

「……キミはデリカシーというものを学んだ方がいい」


 少女はぶらつかせていた脚を内股気味に閉じて、ジト目で睨んできた。


「……ボクだって多少なりとも羞恥心を持ち合わせているんだよ?」

「何も恥ずかしがるようなことはないと思うんだけど……」


 アトリは「やれやれ」と、額に手を当てて頭を振った。


「……ま、なんにせよ、研究者は世界の常識とか、倫理とか、そういう枠組みの外で研鑽を積んでるわけで理解してもらえないことの方が多いからね」

「うぐ……」

 

 これまで積み重ねてきた研究の全てを否定された。

 試行錯誤と研鑽の日々を、全くの無価値と切り捨てられたのだ。

 自分の存在価値すらも否定されたような気持ちに、胸の真ん中がざわざわと落ち着かないのだ。地に足がついているのかもわからないほど、ぐらつくような錯覚も覚えている。


「……ボクは君の研究、面白いと思うんだけどなぁ」


 整理ができていない資料に目を走らせては、アトリは愉快そうに笑って見せた。


「良い意味でぶっ飛んでるからボクは好き」

「そりゃどうも……」


 自分の思ったことを包み隠さない、彼女の言葉に多少なりとも救われたような気がする。

 といっても都市の追放は待ってくれるわけでもないのだ。

 荷造りを再開し、黙々と資料をまとめていく。

 アトリは手伝うわけでもなく机に腰かけたまま、こちらの作業を眺めているだけだった。

 どれぐらい時間が経っただろうか。一向に終わらない片付けに飽きたのか、アトリは足をぱたつかせながらたずねた。


「……それでさ、君は明日からどうするつもり?」


 そう問われて、ザイルの手が止まり、答えに窮した。


「正直、すぐには思いつかないな」


 こちとら物心ついた日々、研究の研鑽についてしか考えてこなかった身である。

 研究を取り上げられてしまったら、自分には何も残らない。

 

「ボクは君がいなくなるのが寂しい。魔術について語らう相手がいなくなるのもそうだけど、君の研究の先を見ることが出来なくなることを考えると……どうしてもね」


 いつになく塩らしい様子でアトリはぼやいた。

 彼女にも可愛らしいところがあったのか、とザイルは少しだけ彼女を見直した。


「あっ、なんなら、ボクが養ってあげようか? 君なら良い実験材……じゃなかった。よい関係性になれると思うんだ!」


 前言撤回。

 やはりコイツもこちら側の人間だ。


「……気持ちだけありがたく受け取っておくよ」


 とはいえ、これから先、どうしようか。

 手元に残ったのは、僅かな路銀と研究資料の山にあらゆる素材で作った縄の束。

 そして否定されても未だ弛まぬ探究心だ。


「俺はここで諦めるつもりはないよ」


 何をどうするかは決めていない。

 けれど、これまでの積み重ねを一蹴されて、黙っていられるザイルでもなかった。


「とりあえず、頭の固い老人会に目に物を見せてやるさ」


 やることは単純。

 自分が心血を注いで高めた「魔縄術」を完璧なものにするだけだ。



毎日投稿している人ってすごいですね。


最期まで読んでいただきありがとうございました。

自分のペースで頑張ります。


また会いましょう! アデュー!

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