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査定試験


「どうしてですか、イアン局長! こんな結果、納得できません!」


 ザイル・アーバレストは渾身の力を込めて、演台を強く打った。

 ドン――と重々しい音が、静観していた局員のざわめきを誘う。

 どの席に座る局員も、ザイルを盗み見るように目を合わせるようなことはしなかった。

 目に見えぬ何かと対峙している感覚を覚えたが、それでも吠えずには居られなかった。


「この技術がどれだけ魔術研究を促進するのか。どうして直視しないのですか!?」


 その場に居合わせた査定官に問いかけるも、皆総じて沈黙を守ったままだ。

 自分の言葉に驕りでもなければうぬぼれでもない。

 彼の率直な気持ちであった。

 この研究は、これまでの集大成を見せる意味合いでも自信があったのだ。

 それがこんな不名誉な結果に終わるなんて、納得できるわけがない。


「えぇい、静まれ、ザイル・アーバレストよ」

「イアン局長!」


 扇状に広がる会場の最上段に腰を据える男が言った。

 この魔術探求都市【ウィドム】最高権威であり、魔導局長のイアン・クラークである。

 老体であるにも関わらず、未だその目に生命力を宿らせている。魔術に対する飽くなき探究心と姿勢は局員が憧れとする人物でもあったのだ。

 だが、老体の目は怒気をはらんでいるのか、少し血走っているようにも見受けられる。

 なぜだ? 何が気に食わなかった!?


「聡明な貴方ならおわかりのはずだ。なのに、どうしてこんな結果なのですか」


 イアンは細長いため息をつくと、権威を体現するような立派な顎髭をなで下ろした。


「……当たり前じゃろうて。このような下賤なものを見せられてはな」

「なっ!?」


 そう言われてザイルは息をのんだ。

 明確な理由があってのことなら、まだ納得もできる。

 だが、下賤――そう一言で片付けられては、さすがのザイルも血が沸き立つような怒りを覚えた。

 数年の試行錯誤を重ねて培ってきた技術を、すべて否定されたようなものだ。

 なにかの間違いだろうと、ザイルは引き下がらない。


「げ、下賤であると……」

「説明が必要かね」


 侮蔑を込めたイアンの言葉に、ザイルは逆上しそうになるも気持ちを抑えた。

 ここは感情的になる場面ではないと。

 まだ理性は働いている。


「……身体能力の大幅な向上だけではありません。本来であれば、調合薬を以てしてしか叶わない、魔力の出力をも底上げすることができるんです」

「……そのようだな」

「自分が提出した報告書、そして論文に目を通していただいているのなら、これがどれほど優位性を示すのか、おわかりでしょう」


 場に居合わせ全員が手元の資料に目を落とす。

 読み込んではいるようだが、誰もがその口元に嘲笑を浮かべているように見えた。


「魔術士は使い捨ての道具ではない」


 その言葉にイアンだけではなく、他の査定官にも刺さったようだった。


「……彼らは国力を支える重要な人材です。彼らの重要性に重きを置き、課題を抱える国政の解決策になりかわるかもしれません」


 魔術士。

 古代より害なるものを討ち、魔を払う奇跡の御業とされた魔法。この御業を技術体系へと落とし込み、そしてそれを行使するものたちの総称である。

 それは時に火を灯し、風を吹かせ、土を耕し、水を生み出す。

 利便性に富む技術はあらゆる場面で求められることが多い。

 ただでさえ、多方面で重宝されている魔術士に負担が集中しがちなのが現状であった。

 今は国力を象徴する意味合いもあり、各国がその研究に莫大なリソースを割いては、しのぎを削っているほどだ。


「これほどの効果が見込め、抜本的な解決にもつながる技術を……認めれられないとは納得できません。この研究結果の意味がわからないほど、耄碌されたわけではないでしょう」


 その場に居た局員や審査官を敵に回すような言い方になってしまったが、ザイルは今更引き返せない。自分が培ってきた研究に、自信と誇りがあった。

 だからこそ、この技術をもって査定に臨み、国家資格を得る。

 そして研究と探求、そしてより高みに至るのが、ザイルの目標でもあったのだ。

 啖呵を切ったザイルは、イアンをまっすぐに見据え、その出方をうかがっていた。


「ザイル・アーバレストよ。確かに貴様の作り出したこの技術は、従来とは違った角度のアプローチ。使いどころを誤らなければ、多少の問題解決にはつながるだろう」

「でしたら」

「だがっ!」


 イアンの言葉で会場は静寂に満たされた。

 老体とは思えぬ圧にザイルも息を呑んだ。


「……絵面が問題なのだ、痴れ者め! アレを見ろ!」


 重苦しいため息の後、イアンは声を荒げる。

 そうして彼が老木の小枝ような指先で示したザイルの隣には――


「ふっ――んっ――んぅ――」


 そこには全身を縄で拘束、縛り上げられて息を押し殺す女性がいた。


「あの、ま、まだ終わらないのですか……」

「すまないが、もう少し待っていて欲しい」


 彼女の頬は甘く薄桃色に色づいて、その瞳はどこか熱を帯びているようにも見える。


「さっさと縄を解かんか!」

「それはできない! それでは技術の証明ができない」


 この技術の成果と効果の正当性を見せるため、被験者は選出してもらった。

 そこで名乗り出てくれたのが、そこにいるイアン局長の孫娘であり、彼女自身も国家資格を持つエレナ・クラークである。

 頭脳明晰、才色兼備、彼女を賛美する言葉は数知れない。

 すれ違えば男女関わらず、誰もが振り向いて足を止めるような秀麗さを持っていた。

 そもそも女っ気が少ない【ウィドム】ではエレナは高嶺の花とされている。

 それが今はあられもない姿で、羞恥に頬を染める形で聴衆の面前に晒されていたのだ。

 服の上からでも施術した様子がわかるようにしているためか、ただでさえ胸部が主張されていた。


「お、お前、ワシのかわいいエレナになんてことを……」


 イアンは怒りにわなわなと身体を震わせ、怨嗟、もしくは呪詛をつぶやくようにうめいたのだ。


「なんてことって……多少の隷属心を増長させる効果はありますが……」


 改めて施術されたエレナを見やった。

 エレナは美しい。

 彼女の美を損なうことなく、それでいて機能性を完備する渾身の縛り。

 完成度の高い出来映えに、ザイルは一人納得するように頷いた。

 肌を直に縛った方が効果は上がるわけだが、今回は研究成果の発表の場である。

 求められるのはあくまで視覚的な要素のため、他の組み合わせなども行っていないのに……と、ザイルはイアンの問いに思い当たる節があった。


「あぁ! そういうことですか!」

「ようやくか、ようやくわかったのか!?」

「これは失礼しました。自分としたことが、説明を怠っていました」


 ザイルは咳払いを一つ。

 そして満面の笑みで答えた。


「今回の縛りはスタンダードな菱縄縛りです!」

「誰も縛り方の名称なんぞ、聞いておらんわい!!」


 イアンは机をたたき、身を乗り出して声を荒げる。

 激昂するイアンは口からつばを飛ばして続けた。


「局長、あまり気を荒立てますと、ご血圧が……」

「これが騒がずにいられるか!」


 高齢ということもあってのことだろう。

 肩で息をしながら渋面を作り、イアンは卓上を叩く。


「これを見て、お前はなんとも思わんのか!?」

「?」

「えっ、こいつ、何を言ってるの? みたいな顔でこっちを見るでない! まるでワシの方が間違っているみたいではないか!」

「と、言われましても……」


 何を思うのか? そう問われて、ザイルは顎に手を添えて数秒間、黙考した。

 改めて彼女の全身を隅々まで見てから一言。


「美しいと思います」


 臆すことも恥じることもなく、ザイルは本心を告げた。


「……っ!?」


 隣に立つエレナの肩がビクンと跳ねた。

 ザイルの横顔をチラチラと盗み見る彼女は、照れとは違った意味で頬を朱を濃くさせた。

 その光景にイアンの怒気に赤らんでいた顔から、スッとその色が抜け落ちた。

 糸の切れた人形のように項垂れているかと思ったが、おもむろに魔導具に取り出して……


「……流れよ、光……」


 魔術の詠唱を一節唱えたところで、取り押さえられた。


「き、局長、落ち着いてくださいませ!」

「ええぃ、離せ! ワシはあいつをしばかねば気が済まん!!」

「お気持ちはわかりますが、気を確かに!!」


 控えていた助手に羽交い締めにされていた。


「それに……これのどこが問題なのですか?」

「ザ、ザイル・アーバレスト! 頼む! 頼むから! これ以上、余計な事は言わないでくれ!!」


 イアンを取り押さえる局員の悲痛な叫びは、無駄だったようだ。

 ザイルは施術者の背後に歩み寄ると、彼女の向きを180度回転させた。

 結び目は後ろになっており、その紋様がどのように構成されているか知らしめるためだ。


「この様に縄の施術は対象への負担を軽減しており、素材も趣向を凝らした一品です」


 縄に指をかける。

 ザイルの耳元では、熱っぽい吐息が漏れた。

 その光景に傍観している局員は息を呑んだ。

 ……主に男性局員だが。


 説明に気合いが入っているせいか、ザイルの饒舌は止まらない。


「この縄の素材には竜の髭を使用しております。しかも飛竜種ではなくグレイズ北山に生息する翼龍の髭。いやぁ、素材を確保にも一苦労しましたが、そこからの精選にも時間をかけています。これは紛れもない一品ですよ。加えて『なめし』の工程を入れているので、装着者の肌を傷つけることもなく、そこらの安物の肌着に比べたら肌触りはいいはずで……なんと言っても施術をほどいても肌に痕が残るようなことは……」

「えぇい! もうよい!」


 熱に浮かされたザイルは、その程度の静止では止まることはなかった。


「実際、付け心地はいかがですか?」

「こ、こんなところでは……」

「ぜひ、聞かせてほしい」


 恥じらうエレナは少しでも身体を隠すように身を捩ってみせた。

 ……それが、彼女の色香を最大限に高めていることにザイルは気づいていないわけだが。

 男性局員の誰もが生唾を飲み込んだ。


「では、実際に魔力の高まりは感じますか?」

「……っ!?」

「これは公式な研究成果の発表の場です。率直な感想を聞かせてください」


 黙秘を続けていたエレナは、か細いく震える声で囁いた。


「た、確かに……ま、魔力の……た、た、高ぶりを……感じていま……す」

「「「おぉぉ~~」」」


 本日、会場が沸いた瞬間だった。


「ぶぁっかもーん!!!!」


 今日一番の怒号が飛び交った。

 浮き足立っていた会場が、水を打ったように静まりかえる。


「こんなものを魔術として認めるわけにはいかぬわ。これは先人の偉業を、重ねてきた叡智を、崇高なる魔術を冒涜すると知れぃ!」

「だ、だからその保守的な考えでは……」

「やかましいわっ!!」


 イアンは「エレナになんて格好を」とか「エレナが好いても、ワシは絶対に許さん!!」とか、あまり関係ないようなことを散々と喚き散らす。

 イアンは乱れた呼吸を整えて、鬼のような形相で宣言した。

 

「ザイル・アーバレスト、この査定を持って、貴様の一級魔術士の国家資格を剥奪する!」

「なっ!?」

「加えて、今後魔術協会の門を跨ぐことを禁ずる!!」


 頭に血がのぼっているのか、高々と宣言した。

 最高権威でもイアンの言葉は、魔術探求都市【ウィドム】の総意となる。


「室長からも何か言ってください」


 これはさすがにやばい。今更ながら身に危険を覚えたザイルは、自身が所属していた研究室の室長、ダリウス・ボードウェイを見やった。

 自分の魔術に対し、数少ない理解者で、ザイルが信用を置く人物でもあった。


『何か有事の際は、助力はする』


 そう言ってくれた彼がいたからこそ、目標に未踏の頂きに向けて邁進してこれたのだ。

 局員の注目を集め、静観していたダリウスは嘆息を漏らした。


「残念だよ、アーバレスト君」

「……室長?」


 冷え切った声だった。

 それはザイルからしてみても、想定外の一言であった。


「君の魔術への着眼点は目を見張るものがあった。だからこそ私は今まで見守ってきたわけだが、このアプローチは邪道……いや、外法だ。イアン局長の仰る通り、これまで先人の築き上げてきた伝統や歴史を軽んじる所業は看破できぬ」

「どうして……」


 これ以上にない侮蔑の表情と毒を吐き捨てるように彼は言った。


「有望な人材を失うのは私も心苦しい……だが、この結果に私はなんら異議、申し立てはありはせぬよ」

「そんな……」


 ダリウスはザイルを無視して粛々と頭をたれた。

 その場に居合わせた全員に対し、謝罪の意を示すと冷め切った声で続ける。


「このような結果になってしまい、誠に申し訳ございません」

「……よい」


 その言葉に溜飲を下げたのか、イアンは先刻の冷静さと威厳を取り戻した。

 先ほどまでの取り乱しようが嘘のようだった。


「他に異論を唱えるものはいるか?」


 彼を庇ってまで最高権威に楯突くものもおらず、会場は再び静寂に包まれた。

 これが有無を言わさぬ結果であると、知らしめるようでもあった。


「二度は言わぬぞ。ザイル・アーバレスト」

「……っ……」

「次の者の査定が残っておる。荷をまとめて、即刻にこの都市から立ち去れ」


 こうしてザイル・アーバレストは数年間、培ってきた全てを否定されて失った日となったのだった。


最後まで読んでくれる希有な方、

ありがとうございました。


とりあえず、勢いで書いてみました。


初めて投稿したので書きためとかないです。


ちょっとがんばってみます。

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