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魔女と呼ばれた彼女  作者: 紫乃緒
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勇:幼い記憶と悪夢

 カラカラと風車が回る。舗装の悪い道なのだろうか、視界が時折がくがくと揺れた。身体を撫でていく風は暖かく、目に入る光は明るい。眩しい。少し離れた前のあたりを危なっかしい足取りで歩いている童女が居た。お手製のワンピースを着て、真新しい麦わら帽子を頭に乗せている。

「       、」

 遠くから自分の名前を呼ぶ声が聴こえて、嗚呼、母の声だ、と気付いた。


 それが、一番古い記憶。


 ……物心ついた頃には、自分の置かれている家庭環境がどこか「普通ではない」、おかしいものだとなんとなく解ってしまっていた。異様に厳しい躾、振るわれる暴力、母は父を拒絶し父はそのはけ口を自分より弱いものに求めた。誰もかれもが抑圧されていたしよく理解できない決まり事に縛り付けられてもいた。ヒステリックに罵る祖母がぎらぎらした瞳で自分を見る。


『アンタには本家に嫁いでもらわんとあかんのや、この程度のこと卒なくこなし』

『ウチはババ引かされただけや、元々は本家に連なるもんやったんや、やから戻らな』


 ぎりぎりと肩に食い込んだ指先が痛い。吐息がかかるほど顔が近い。怖い。けど背けたらまた叩かれる。


『わかっとるんやろな、アンタは』


 ……そこで私はこれが夢だと気付いた。何度も何度も見る夢だ。過去というものは遠く過ぎ去ったからこそ「過去」だというのに。鎖の輪をひとつずつかけられていったようにしか見えなくて、自分で自分に苦笑した。

 結局のところそこから逃げようとは思わなかったし、いや、もしかしたら出来たのかもしれないが残念なことにその方法も術も私は知らなかった。よしんばその方法や術が手元にあったとして、まだ幼かった自分はそれを受け入れただろうか。

 今でこそ自分が置かれている環境が、世間一般では「異常」に近いのだと解る。が、当時はそれが世界の全てで絶対だった。是も非もなく、それが当然だったのだ。

 人間の眼なんて外側に向かってついているものなのだから自分のことはよく解らないに決まっている。


 くだらないと一蹴するにはまだ生々しい記憶だ。私は眼を瞑った。幼い頃も同様に眼を閉じている。祖母が憎いわけじゃない。ただヒステリックに叫ぶ醜く歪んだ顔を見たくなかった。意識を深く深く沈めて思考を止める。時間さえ過ぎてしまえば気が済んでそのうち嵐は過ぎ去る。


「……、……起きないとキスしますよ」


 突然聴こえた音と、その意味が脳裏を駆け巡って私は飛び起きた。


「ふぁいっ!?」


 思わず変な声が出たのも寝起きだったから仕方ない。そう、仕方ない。慌てて周囲を見渡すと、そこには呆れたように嘆息する、見慣れた顔。


「色気がありませんねぇ」


 寝ぐせを撫でつけられて慌てていると、


うなされていましたよ」


 労るような柔らかい声に、私は呆然と声の主を見上げた。


「何を《視た》のかは訊きませんが、……もう、大丈夫ですよ」


 声と同じくらい柔らかく優しい手付きで頭を撫でられる。

 ずきり、なにかが傷んだ気がした。それは引き攣れた傷痕の鈍い痛みであったし、軋む造りものの身体全部から発せられる違和のようでもあった。


「……甘やかし、すぎで、す、」


 卑屈に微笑を浮かべようとして失敗する。だめなのに。

 私は強くなければならないのに。


 視界が揺れて滲んでいく。鼻の奥がツンと痛む。

 涙を流す資格なんて自分にはない。わかっているのに。

 息を深く深く吐く。震える肩や口唇は無視する。

 無意識に強張っていた身体をほぐすように軽く吸って、また細く深く吐く。

 だいじょうぶ。視界はクリアだ。


 俯かせていた顔を上げて、微笑む。エゴでしかないが、目の前にいる優しいひとが早く自分を見限ってくれないだろうかと、そんなことをぼんやりと祈った。


「少しだけ、嫌な夢を視ただけです。だいじょうぶですから」

「もう少し【大丈夫】だと錯覚させられるような顔色に戻ってから仰いなさい、そんな蒼白い顔では説得力もありませんよ」


 ぺし、軽く額を叩かれる。痛くもないその衝撃になにが込められているのかなんて私にはわからなかった。


「清世さん、」

「なんでしょう?」

「いつも、……すみません、心配ばかりかけてしまって」

「その言葉は不正解ですね」


 大きな掌が頬に触れる。


「《心配》など、私が勝手にやっていることです」


 切れ長の瞳が私を見ているのを、何処か遠くから眺めているような心地だった。


「《貴女を引き留めたのは私です》からね」


 齟齬も誤解もなく、この人は私の恩人だ。

 その恩はもう膨大な量になっていて、返す宛すらない。どうやったら恩返しできるか、とぼんやり考えていたら、


「貴女が《貴女》であれば私はそれで良いのですよ」


 にこりと微笑を深くして答えに似て非なるものをぽんと渡されるこの気持ち。

 くすぐったいような、気持ち悪いような、なんとも微妙な心持ちにさせてくれる。


 貼り付けていた微笑のまま、私は軽く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「言葉としては正解、表情は……まぁ、及第点にしておきましょう」

「謎の採点基準」

「今回は72点ですね」

「点数も微妙」

「次回に乞うご期待!」


 なんの流れだ、と笑い出せば、漸く、ようやっと得たとばかりに彼が笑みを深くしたのを見てしまった。


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