08 ロリ吸血鬼参上!
アズーニ……
昔、この辺りに、大いなる力を持って眷属を従えていた純血の吸血鬼が存在していた。彼女は人々から広く恐れられていたのだが、特に不仲と言うほどまでには人間社会と対立した関係ではなかった。
だが、しばらくすると、当時、国力を広げようとしていた[トナリス]という王国との間に決定的な亀裂が生じ、彼女は、王国から派遣された幾人かの超人的な戦士と、壮絶な戦いを繰り広げることになる。
それは、皆が皆、望んだ戦では決して無かったのだが、いざ事が起こってしまえば、もはや誰にも止めることはできなかった。
様々な思惑、奸計、軋轢などが絡み合い、収拾されないまま、数ヶ月に渡って、人間と吸血鬼との間に死闘が行われた。
……そしてついに、かの強大な吸血鬼はついに力を封印され、はるか地下深くの神殿に張られた強力な結界の内に封じ込まれたのであった。
人々は、その場所を誰も入れないように封印し、記録からも記憶からも永遠に葬り去った。
◆◆◆
「――とまぁ、ざっとそんな具合で、わしは300年以上もの間、ここに閉じ込められておるのじゃな」
実にあっけらかんとした調子で、ちっちゃな吸血鬼の元女王は話を終えた。
「言っておくが、ここに閉じ込められたのは、あれこれ卑怯な手段によって捕えられたからで、決してわしが弱かったからではないぞ」
「は、はぁ……そうですか」
俺は、眼の前にいる、俺の身長よりはるかに低いロリ体型の美少女に対して、やや半信半疑の体でつぶやいた。
(この小さな女の娘が、人間と死闘をねぇ……)
強大な力はさておいて、あまり残虐とか陰惨な雰囲気は感じられない。
「――とはいえ、計略に嵌められたのじゃから、ふむ、わしが馬鹿じゃったということではあるのか」
そうため息を付きながら、複雑そうな顔をする。でっかいリボンのついたツインテールの薄紫の髪……俺の隣にある小さな棺の上に腰掛け、足をパタパタさせる様子は、どう見ても伝説の吸血鬼には見えない。
髪には大きなリボン……ゴスロリちっくな衣装をふわっと身にまとい、吸血鬼のシンボルとしては可愛らしい八重歯、そして背中には小っちゃな羽が生えている。
「あ、それでですね、アズーニさん……」
「アズーニで良いぞ。堅苦しいのは嫌いなのじゃ」
1000年以上も生きていた吸血鬼らしいが、あまり上下関係みたいなものは気にしていないらしい。
まぁ、「ざっくばらんにしろ」ということなので、くだけた感じで聞いてみることにする。
「そんじゃ、アズーニ……それで、いったい、ここはいったいどこなんだ?」
「んー、ここは地下深くに埋もれた太古の神殿じゃな。一方で、封印されてしまったわしの今の居住地でもあるのじゃ」
「地下神殿? アズーニは、神殿の中に封印されたってことなのか?」
「うむ、そういうことになるのじゃろうな。ただし、このホールの半分くらいは元々のわしの住居じゃ。そして部屋の外の外郭部分は、地下に埋もれた太古の神殿じゃな」
「それってなんか、2つの施設が合体したみたいに聞こえるんだけども……」
「うむ、その認識で合ってるのじゃ」
怪訝そうな顔をする俺に対してアズーニは先を続ける。
「つまり、わしは自分の住んでいた部屋ごと、地下700メートルくらいにあるこの神殿に、強制転移させられたのじゃよ」
アズーニは、じと目になって恨めしそうな顔をした。
「あー、それで、結界を張られ、封じ込められたというわけか……」
「そういうことじゃ。だから、半分はわしの居住スペースなんじゃが、外側は元の神殿というわけじゃな」
「ありがとう、だいたい理解したよ」
言われてみれば、確かに、大きな部屋は途中から色彩も雰囲気も違っている。2つの施設が存在しているというのはわからなくもない。
もっとも、置いてあるものはかなりごっちゃに混じっているようで、あちこちにお宝っぽいものがある一方で、明らかにゴミと思われるものも数多く散乱していた。
「封じ込めると同時に、力も魔法力もほとんど根こそぎ奪うという強力な多重結界でな。さすがのわしでも、恒常的に力を奪われていては、どうにもできんかったのじゃ」
アズーニは忌々しそうにつぶやく。
「最初の5年くらいはあれこれ力技で脱出を試みては失敗し、次の5年は力を取り戻す手段を考えたり、どこか知り合いと連絡を取る方法を模索してみたりもした」
「そっか……」
「結局、100くらいの手を試してみて、全て駄目じゃったわけじゃが……」
吸血鬼は深くため息をついた。
「300年は実に長くて退屈じゃったぞ。もっとも諦めてからは、することもなくほとんど寝ていただけじゃがな」
「だろうなぁ……」
それは本当に、想像を絶するほど暇だったようで、よくよく部屋をよく見回すと床や壁にラクガキまでしてあった。バカだのアホだの死んじまえだのと、実に低レベルな内容が書かれている。
むろん、それだけならば、可愛いと笑って終しまいになるところなのだが……書かれているラクガキの中には[寂しい]、[誰かと会いたい]などという痛々しい言葉も混じっていて、ここを初めて訪れた俺としても、微妙にやるせない気持ちになるのだった。
(俺だったら、多分、耐えられなかったろうなぁ……)
自分に置き換えて考えると、実にぞっとする話である。
「さて、それでじゃ。次はわしが問う番じゃが、お主、いったい何者なんじゃ?」
黙り込んでいた俺に対して、今度はアズーニが質問を投げかけてくる。
「俺……? 俺は、えーと……」
(そうだ、どうして俺はこんな場所にいるんだよ?)
急に自分の置かれた立場を思い出してしまい、軽く動揺する。
「そうだ、俺、確か矢が当たって死んでしまったはずなんだ。それなのに気付いたら、こんな場所にいるなんて、どうゆうことなんだよ?」
「いや、わしが聞いとるんじゃがな……」
アズーニは呆れたようにつぶやきながらも、ここまでの状況を教えてくれた。
「わしが魔力の気配に気付いて、長い眠りから覚めるとじゃな、お主の肉体がその棺の中に形作られておったのじゃ」
「まじか……」
「それまでは寝てたゆえ、いつ、現れたのかまではわからんが、とにかく気づいた時には、もうそこでお主が横たわっていたのじゃよ」
アズーニは、俺の座っている棺を指差す。
「…………」
それじゃ、俺はやっぱり一度死んで、その後ここで復活したってことなのか。
不思議なことに、俺が身に着けていたシャツ(穴あき)やパンツやズボン、それに壊れたままではあるが、お尻のポケットに入っていた、あの[スマホ]まで復元されていた。
「あのぉ、この世界では人が蘇るのって、珍しくはないのか?」
「ん? 特に珍しくはないぞ。そういう特殊能力を持っている者は、比較的多い。かくいうわしも吸血鬼じゃ。死んで復活できる能力は備わっておるのじゃが……」
アズーニはそこまで言って、首を傾げ考え込む。
「ふむ、わしも長らく忘れておったが、そういえばこの神殿は、元々、死者の復活を行うという目的で作られた神殿じゃったのぉ」
「へぇぇ……」
「儀式もなしに、本当に古代の人間がポコポコと復活していたのかまでは知らんが、[棺から現れる]という文面は、この神殿に落ちていた本で確か見たことがあるぞ」
「うーん、じゃあ、やっぱり俺はここで復活したのもそういうことなんだろうなぁ」
俺は、自分の入っていた四角い石の棺桶を見ながら呟いた。
「ほれ、こっちのオシャレな棺は私の物じゃが、お主の入っている野暮ったいやつは、この神殿に元からあるやつじゃ。同じ棺どうしで並べておいたのじゃが、まさかそっちのやつにもそんな高機能な能力があるとはのぅ……」
なにが今風で何がオシャレなんだか、よくわからないが、確かにアズーニが腰掛けている方の棺は、自分のに比べるとかなり小さくてコンパクトである。
「それにじゃ、ここをよく見るがよい!」
ロリ吸血鬼のかわいい指がさした場所――俺の寝ていた棺の上の部分を確認する。
(ん……?)
よく見ると、分厚い石に複雑な紋様が薄く刻まれている。何だろう……これは[神]でも表す記号とかなのだろうか。
「この印は何……?」
「これは極小の転移の魔法陣じゃ。もう能力を失っていて作動していないと思っていたが、死んだお主が現れた時に一瞬だけ作動したのじゃろう。封印された結界内だというのに、まだ僅かな魔力の残り火を感じるぞ」
「転移魔法陣?」
「そうじゃ。お主はこの魔法陣の元へと飛ばされた後、ここで復活したのじゃろうよ」
アズーニは、ポンポンと俺の棺を叩いている。
(そっか、俺は死ぬとここに転移してくるのか……)
この神殿はもしかすると、俺が電車に飛び込んで初めて死んだ時に、最初に復活させられた下っ端神様の部屋の受付ようなところだったのかもしれない。
元々は死者の復活というものを行う場所だったらしいが、それが長年の時を経て人々からは忘れさられ、ずっと休眠状態になっていたのだろう。俺が現れるまでは……。
「祀られている神の名前は……確かグリサバールとか言ったかのぉ。なにせ大昔の神の名前なので。わしもあまり記憶に残っておらんのじゃ」
「じゃあ、もう地上ではあまり知られてないんだな」
「わしが見たのも、ここに残っていた本に書いてあった記述だけじゃしな。遺跡などはけっこう見かけるが、現在だとマイナーな信教であるのは間違いない」
1000年以上生きていた吸血鬼がこう言うのであるから、よほど古い時代の話なのであろう。手がかりはほとんど無いと言っても過言では無かった。
(でも、よりによってなんで俺だったんだろう?)
そう……ここが古き復活の神殿であるにせよ、なぜ自分が甦ることができたのか、という謎はまだ残ったままなのである。
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