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07 2度目の死は……

「ケホケホッ!」


 俺は巻き上がるホコリの中で、ひとしきり咽せていた。


 下は、物置きのような小さな部屋になっていた。ほぼ真っ暗に近いので全体の形はよくわからないが、かなり狭そうなのは間違いない。

 間に合わせの壁も作られてはあるが、ほとんどは岩がむき出していて、きちんと設計して作られた地下室というわけでもないらしい。


「こっちよ、急いでね!」


 奥からシルヴァの声がする。


 声を頼りに進むと、壁際の奥に横穴があるのがわかった。

人がひとり、屈んでやっと通れそうな広さである。


(ここを進めということか……)


 膝をつき、四つん這いになって暗がりを這う。

 通路は、先まで長く続いているようで、壁側は土が崩れないように木で補強してあるだけだが、意外と頑丈そうである。


 狭いので空気がこもっていて息苦しい。その上、後ろから煙も入り込んできたようだ。

 つい慌てて先を進もうとすると、顔が何か柔らかいものにぶつかった。


「きゃっ」


(あれ、この感触は?)


 思わず、手で触れて確かめる。ふにっふもっ……


「やぁーんっ!」


(はれっ? このふさふさした物は……!?)


「ち、ちょっとぉ、何やってるのよっ!!」

(もしや……尻尾か?)


 どうやらシルヴァの形の良いお尻に顔を埋めてしまったらしい。


「うわーっ、悪いっ!!」


「気をつけてよ、もぉ……っ。よく前を見て進んでよねっ、ユキヒロ!」


 そ、そう言われましてもねぇ。前なんてほとんど見えないんですよ。


 ――と思ったが、お尻を揉んでも、今は揉めてる場合では無い、言われたとおりできるだけ慎重に進むように心がけることにした。


 ずっと四つん這いの格好で狭い通路を進んでいくのは、なかなかしんどいものがある。


 後ろの方で、ズズーンという音が響いてくる。おそらく先ほどまで居座ってた家が燃えさかり、屋根でも崩れ落ちたのだろう。


 長い一本道を進むと、前から風が流れ込んできて、ようやく前方が明るくなるのがわかった。どうやらここが出口らしい。


 シルヴァのあとから横穴を抜け出し、俺達は無事に外へと出ることができた。




「ここまでくれば大丈夫だと思うけど、静かにね」


「……わかったよ」


 立ち上がって、こわばった四肢を伸ばす。夜風が気持ちいい。


 川のせせらぎが聞こえ、すぐそばを流れているのがわかる。抜け穴は川沿いの崖に生い茂った草むらに通じていた。草木をかき分けて水辺の方まで下る


 遠くの方で、黒からオレンジ色のグラーデーションがかすかに明滅している。俺たちが抜け出てきた古小屋は、もうほとんど焼失してしまったようだが、いぶられた木の匂いはここまで強く立ち込めてきている。

 かすかに喧騒も聞こえる。近隣の人が駆けつけてきたのかもしれない。


 もう外も夜更けで暗いはずなのだが、2つの大小の月ときらめく星空が辺りを照らしていて、実際はかなりの光量があった。

 ところどころに、ホタルのような光虫だろうか、光りながらゆらゆらと飛んでいて、こんな状況でありながらも、なかなか幻想的と思える光景であった。


 先ほどの穴の中に比べれば、はるかに明るいので、夜目が利かない俺でも、充分に周囲を把握できる。


 もちろん、だからといって普通の人間以上の視力を持てるわけではない。よって、俺が怪しい人影を見つけてしまったのは、たまたま偶然、見上げていた方向がそちらだったというだけのことである。


(な、何かが木の上にいる!)


 それは、弓を持つ黒っぽいフードを被った3、4名ほどの人影であり、散らばって生えている立木の上――俺たちの頭上から、まさに今こちらに向かって矢を射ようと構えているところだった。


 これは、待ち伏せだ! 


 鼻の利くシルヴァがそれに気づかなかったのは、思ったよりも強烈な焼けた木の匂いのせいだろう。後ろの俺を気にしながら進んでいたためでもあるかもしれない。


 そして、むろん標的は俺ではなく、彼女である。


 全てを瞬時に把握したわけではないが、きわめて危険な状況だと理解できた。


「シルヴァ、上だ!!」


 あわてて注意を喚起しようとする。だが、間に合わない!

 

 次々と速射された複数の矢が、彼女目掛けて突き刺さるその瞬間――


 とっさに俺の取れた行動は、彼女へ向かう矢の射線上に飛び出して、身を挺することだけだった。

 

 胸元あたりに3本、矢が吸い込まれる。さらに後頭部にもとてつもない衝撃があり、俺は崩れ落ちた。


「ユキヒロッ! ユキヒロッ!!」


 シルヴァの声は聞こえるが、全く動けなかった。痛みを通り越して、感覚の全てが痺れ、閉ざされていく。


 周りの状況も何も見えないまま、少しずつ気が遠くなる……。




(これ、あの時と一緒だな……)


 つまりだ、俺はまたやらかしたのである。

 人を救おうとして、自分が死んでしまうような事を……。


 これまた短い生だったなぁ、と思う反面、今度はある程度納得ずくの行動であり、仕方なかったという思いもある。

 死んでしまったというドジは前と同じかもしれないが、今回は避けられない状況だったのではないだろうか。


 少なくとも俺がシルヴァを救うのにできる最大限のことは、今はこれしか浮かばなかったのだから……。


「逃……げろ……」


 きちんとそう言えたかどうか、自分でもわからなかったが、それ以上は何も認識できなかった。


「………………」


 そして俺の意識は、かつての時と同じ様に、闇の中へと静かに消えていった。

 



◆◆◆


 ……




 ……ズキン




 ……ズキン




ズキンッ! ズキンッ! ズキンッ! ズキンッ!


 突如として、尋常でない痛みが襲っている。




「ぐ……あぁぁぁぁ……」


 体中が火の棒を押し当てられたかのように痛む。


(確か、俺は死んだはず……)


 気付いたら、今ここで呻き声を上げている。


(この全身を襲う痛み、これはいったい? 俺は、どうなっているんだ?)


「うぅぅぅぅ……」


 激痛で、思考がうまくまとまらない。


 特に、あの時矢が刺さっていた3ヶ所や後頭部が痛むということではなく、手も足も胸も頭も含めて、全身のあらゆる箇所が悲鳴をあげていた。

 筋力も全て失ってしまったかのように力はまるで入らず、とても動ける状態ではなかった。

 燃え上がる火の中で焼かれたような、それでいて極寒の氷の中に閉じ込められたような激しい苦痛……。




「落ち着くのじゃ」


 耳元で声がする。


「無理をしたら、お主、またしても死ぬはめになるぞ」


 喋り方はかなり上からな物言いだったが、声自体は若く、子供のような感じすらする不思議な女性の声だった。


「う……ぁ……」


 俺は何もしゃべることはできない。ただただ、呻くだけである。


「今、極性の回復薬を飲ませてやる。わしには逆効果だが、お主のように普通の人間なら効果は絶大じゃろう」


 声がそう聞こえ、何かが顔の前に突き出された感触があった。


 かろうじて、うすく目を開いて、さし出された物を見ようとする。

 おぼろげにわかる物体は、水に色を付けたような青っぽい液体が入っている瓶と思われる。


「どうだ、飲めるか? この薬を飲めば元通りになるぞ」


 声にうながされるように、起き上がり口を開こうとするが、その行動だけで、また眼の前が暗くなって、あっさりと意識を失いそうになる。


「ふーむ、無理か、仕方ないやつじゃな」


 声の主はそう言い、いったんは薬を引っ込めたようであった。


 辺りには徐々に静けさが増していく。


(どうなったんだろう……?)


 痛む頭で一生懸命考える。

 声の主は、何か別の治療手段を考えているのだろうか、それとも、もう助ける手段がないということで、俺は放って置かれてしまったのだろうか。




(えっ……!?)


 突如として、俺の唇に柔らかいものが押し付けられた。

温かみはほとんどないが、しっとりと安堵感をもたらしてくれる甘く不思議な感触……


 半ば強制的に、喉の奥に液体がトクトクと流し込まれた。

 

 俺は、なんとか力を込めて、ゴクリとそれを飲み込む……。


 その瞬間、体にまとわりついていた苦痛や痛み、けだるさが嘘のように消え失せた。体中に活力が湧きあふれてくるのがわかる。


(嘘みたいだぞ……これ)


 今すぐにでも飛び起きることができそうだ。


 ゆっくり目を開け、体の感覚を確かめながら慎重に起き上がる。


 かなり暗い場所で周りはよく見えないが、自分が分厚い石の棺のような物の中に横たわっていたのはわかった。


(ここは、どこなんだろうか)


 前に死んだ時は、天国の受付だった。今度は地獄のどこかかもしれない……。


 少しずつ目が慣れてくる。俺は頑丈そうな広い石造りの部屋の中にいるようだった。

 周りには意匠がほどこされた調度品や装飾品が無造作に並べてあり、豪華なものもチラホラと見える。他にもよくわからない箱や道具が床に散乱していて、かなりとっ散らかっている。


 とりあえず地獄では無さそうだ。差し迫った危機も去ったみたいので、一安心する。


(そういえば、シルヴァはどうなったんだ。生き延びていてくれればいいのだけど……)


 俺が1人だけこのヘンテコな場所にいる以上、シルヴァが自分と同じ状況になっていないことだけはわかるが、あれからどうしてここに来たのかは検討もつかなかった。


「ふむ、お主、どうやら大丈夫そうじゃな」 

 

 後ろから、先ほどの落ち着いた女の子らしき声がする。


 振り返ると、そこに立っていたのは、外見は幼いながらも、独特の神秘的な空気を身にまとっている少女であった。可愛らしさと艶やかさが同居して、不思議な魅力を醸し出している。


「君は、いったい……?」


「わしの名は、アズーニ。この場所に封じられている吸血鬼じゃ。うむ、実に300年ぶりの客人じゃな」

 

 彼女はニコッと微笑みながら、俺にその真名を告げた。

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