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06 ケモミミ娘登場!

 廃屋だと思っていた小屋の中で、ばったりと対面した、俺とケモノっぽい女性は、10秒ほどお互い全く動けずに硬直していた。


 年齢は20歳弱くらいだろうか……おそらく俺よりは若いと思うが、見た目が獣人のような種族だし、実際のところはよくわからない。

 適度に鋭い目つきと可愛いらしい顔だちをしていて、雰囲気はややボーイッシュな反面、ボディはしなやかで女性的で魅惑的な要素も持ちあわせている。


 体のラインが調和が取れてて美しく、まさに理想的な体型といった感じだった。


 そして先ほども言ったとおりだが、彼女の髪の上部からは、やや縦長の耳がピョコーンと飛び出している。

 一方の尻尾はきちんとお尻の付け根から生えているようで、ふっさふさの艷やかな茶色の毛並みは、ほどよく使い込んだ筆の先っぽみたいで実に見事であった。


 あ、それで……なんでそこまでいろいろ体の細部がわかるのかというとですね、あまり言い訳はしたくないのだけれど……


 どうやら、すこぶる間が悪かったらしい。


 察するところ、着替え中だったのか、彼女はほとんど裸同然で、こっちを睨みつけている状態だったのである。


(俺は、殺されるかもしれない……)




◆◆◆


「あ・な・た、ね 殺されたって文句は言えない状況だったんだよ!」


「わ、悪かった。こんな瓦礫のような小屋に、人がいるなんて思わなかったんだよ」


 俺と彼女は、ド派手にとっ散らかっている部屋の片付けをしながら、なんとか会話にこぎつけている。


「すぐに害が及ばない人間だと判断したから危害は加えなかったけど、わたしじゃなかったら今ごろ川に流されてるんだからね!」


「お、おぅ……」


(いやいや、充分、危なかった気もするんだけどなぁ)

 

 ――というのも、ここに至るまでに、動揺したあげく床に滑っ転んだ彼女が、なんとも目のやり場に困る格好になったりとか、そのあと投げ飛ばしてきた大小の短剣が俺の眉間に危うく刺さりそうになったりとか、ひどい大騒ぎがあったのだ。


(よく、無事に済んだよな……俺)


 床や壁には穴がいくつも空いていて、真ん中にあった机と椅子はどっちも完全に損壊している。


 そんな有様だったが、今はひとまず落ち着きを取り戻して、話だけは聞いてもらえそうな状況であった。


「でもまぁ、仕方ないんだけどね。わたしも正確に言えば、ここに住んでるってわけではないんだし……」


 [シルヴァ]と名乗った獣人の女の子は、思ったよりはさばさばした調子で、俺の非礼を許してくれた。


「さっきのは、お互い無かったことにしようよ。わたしも忘れるから、あなたも忘れてね」


「あ、あぁ、もちろんだとも!」


 さっきのおいしそうな光景は目の奥に焼き付いて、当分、忘れられそうになかったが、波風立てずに同意しておく俺だった。




 きちんと衣装を羽織ったシルヴァは、今度は隙のない正装で、体中を覆い包み――などということは全然なくて、現状でも、案外と露出多めでラフな格好をしている。

 首から下がっている、大きな緑の宝石をはめ込んだ赤黒っぽい鉱物のネックレスがまず目を引くが、それ以外にもけっこう目が行くところだらけである。


 そこそこ大きめの胸には、水着か下着のようなブラと装甲があてがわれているだけで、肩もおへそも丸出しである。パンツもローレグな上にかなり小さめで、そこから健康的な生足が伸びていた。後ろの尻尾がどう出ているのかはあとでこっそりと見てみることとしよう。


(これはこれで、けっこうキてるよな)


 裸を見たことで危うく殺されそうになったことに対して、はて、今のこの露出状態はOKなのだろうかという感想が浮かばなくもない。

 なにやら今ひとつ納得がいかなかったが、民族的な風習なのかもしれないし、何はともあれ良い目の保養なので、ここでも何も言わないでおく俺だった。


(多分……これが[人狼族]ってやつなのかな)


 頭の中に残っていた記憶を、掘り起こす。いちいち考えないと思い出せないのは、普通の人間の感覚と一緒のようだ。


 [人狼族]はヴァーステラに生息している獣人の一種で、足がとても早く勇猛果敢、爪と牙で肉弾戦もできる一方で、武器の扱いにも長けている生粋の戦闘民族である。

 数が多いわけではないがメジャーな種族であり、人間と交流している人狼族も一定数いるらしい。

 夜目もそこそこ利くので、これくらいの暗がりでも明かりを灯さず行動できるらしい。


(今わかるのは、これくらいだな)


 そんなことを考えていると、彼女が、話を切り出してきた。


「ユキヒロって言ったわよね。あなた、今時分にこんなトコに入り込むってことは、放浪者か、わけありの人間だよね。かなり変わった匂いをしてるけど……」


「匂い……?」


「うん、あまりこの辺りの人間の匂いがしないのよねー。長くしみついた土や木の匂いもほとんど感じられない。もちろん武器の匂いもしないけど、なんかちっちゃい物に鉄っぽい匂いは混じっている。……あと[鷲ガラス]の匂いもするけど、ごく最近のものだね」


 そういって、シルヴァは俺の体をふんふんと嗅ぎ回る。距離が近いし、まるで何かのプレイをしているようでドギマギする。


「わ、鷲ガラス……?」

「森とかに住んでる鳥の一種だよ。黒っぽいやつ。どっかで会った覚え無い?」


「あ……、俺を襲ってきたやつか。そうだ、あいつのせいでひどい目にあったんだよ」


 今さらだが、俺を不幸のどん底に陥れた黒っぽい鳥の正体はこれでわかった。


 まぁ、今となっては、全く意味ないのだが……。


「やつら、強さはたいしたことないけど、それなりに凶暴だからねー。巣でも近くにあったんじゃないの。あるいは、連中の興味をそそりそうな光るものを持っていたとか」


「むぅぅぅ……」


 なにやら微妙に心当たりはあるが、なんにしても過去の出来事だ。次に出会うときには極力注意しよう。


 鷲ガラスの話で話題が逸れしまったが、とりあえず、自分はとても遠くから来たのだけど、荷物を全て落としてしまったのだ、という話をしておく。


「じゃあ許可書は?」

「もちろん無いよ。いや、実の所……本当は君の言うとおり、俺はわけありなので、最初から持って無いんだけどさ」


 けっこうきわどい部分を話をしたつもりだったが、シルヴァはあっさりと、


「なぁんだ、一緒だね」


 手を頭の後ろに組んで、のんきそうに言う。


「一緒……?」


「ほら、見ての通り、わたしって獣人だからね。きちんとした理由が無いとなかなかヴィナルカに入れてもらえないんだ。あーもう、なんとかして街に入らないといけないのになぁ……」


 彼女にはどうやら俺なんかよりも切迫した事情があるようだ。

 獣人にもいろいろ種類があって、それぞれ違う動物の特徴を受け継いでいるのだが、おおむねどの獣人族においても、この街の出入り許可は厳しいらしかった。


「あの番兵たちが厄介だよなぁ……」


「そう、あの生意気なデカイのとチビの番兵よ!」


 シルヴァは、まさにそれ、とばかりにうなずいた。どうやら、このあたりの認識はお互い一緒らしい。


「はははっ、あいつら、今度会ったら、ギャフンと言わせてやろうぜ!」


「賛成、賛成! 無事に入れたら、街の端から端までこの手で殴り飛ばしてやるんだからね!」


 もりもりと力こぶを作ってみせる。獣人だけあってどうやら腕力にはそうとう自信がありそうだ。


 互いに共通の認識があると、少し緊張感もほぐれてくる。俺とシルヴァはしばらく、情報交換を交えつつ会話にいそしんだ。

 といっても俺から話せることはあんまり無いので、シルヴァが喋っていることの方がずっと多かったわけなのだが……。




「ねぇねぇ、あなたもわたしもお互い困ってるようだし、思ったんだけどね……」 

 会話が一区切りついたあとで、彼女が少しだけシリアスな顔をして言い出した。


 ドキッ……


 ちょっとイベントっぽくて心臓の鼓動が早くなる。


 なんだろうか、これは、少し期待してもいいのだろうか。

 そう、例えば、「ねぇ、ここは一緒に協力しましょう」みたいな前向きな言葉が飛び出すのか――と思いきや、


「実はわたし、今追われてるのよね」


 出し抜けに、物騒なことを言い出されて、ずっこける。


「いやいや、言葉の前後がつながってないよな、それ!」


「そうなんだけど、先に言っておかないといけなそうだったから……」


「えっ、どういうことだよ?」


「うん、それはね……」


 シルヴァは言いながら、そぉっと上を指差した。




 ひゅるるるるるるるるるるるるっ


 暗がりから、空気を切るような気配が近づいたかと思うと、ブスっと何かが屋根に刺さった音がした。そうこうしているうちに、もう2つ、3つと次々と連続して何か当たる音がする。


「あのさぁ、この音って、もしかすると[矢]みたいなものだったりする?」


「やだよねぇ」


 いやいやいやいや!! 待ってくれ! 間違いなく、何かが襲ってきてるぞ! これって明らかにシルヴァがらみだよな。


「おい、シルヴァがさっき言っていた追われてるってのは……?」

「あはは、ごめんねぇ。で、でも、ユキヒロが勝手に入ってきて騒いだせいも少しはあると思うんだ。そもそも、ここに来なきゃ良かったんだもん」


 かわいい尻尾をフリフリさせる。


 正論、ごもっとも……。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない!


 矢が当たる音はやんだようだが、続けてまた何かが投げ込まれた音がして、パチパチという爆ぜる音と赤く明滅する物体が、壁の隙間から見え隠れするようになった。


 これは火を掛けられたのか。さっきの矢には油でも染み込ませたものが付けてあったと推測される。


「やべぇぞ、これ!」

「こっちよ、ユキヒロ、付いてきて!」


 シルヴァはそう言うと、部屋の真ん中あたりの床を両手でグイッと押す。


 床が扉のように跳ね上がり、四角い空間が出現する。彼女は俺に顔で合図をすると、その大きく空いた隙間の部分に飛び込んでいった。

 慌てて上から覗き込むと、狭いながらも下に通路が続いているのが見える。


(あぁ、これは隠し通路か……)


 気がつくとパチパチという音は少しずつ強まっていて、すでに部屋の中にも火が回ってきたようだ。煙のせいで視界も悪く、息苦しくなってきた。

 先がわからない暗い地下の穴に入るのは少し怖いが、もう迷っている暇はない……。

 

(南無三っ!)


 俺も、彼女に続いて、その通路へと飛び込んだ。

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