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11 脱出計画発動

 はぁぁ……っ???


 どうやら聞き間違いじゃないらしい。おーい、また、何かとんでもないことを言い出してきたよ、この吸血鬼は。


「まぁまぁ、落ち着いて聞くのじゃ」


 アズーニは真顔のまま、説明を始める。


「ここが古き神の神殿で、選ばれた特殊な死者が蘇ることのできる場所だというのは、ほぼ疑う余地はないじゃろう……」


「ああ、それは理解できる」


「で、その[復活の儀]は、この外に張りめぐされた強固な多重結界すらなんなく飛び越え、なんの妨害も受けずに行われるのじゃ……」


 俺の理解を促すかのように一息入れて、アズーニは次の言葉を続ける。


「なぜ、そう断言できるのかと言えば、それは、まさに復活したお主自身が、今ここにいるからじゃな」


「あ……、あぁ、そうか!」


 なるほど、確かにそうなる。


 俺が、この場所できちんと復活できているということは、ここに張られたすごい結界とやらは、俺の侵入に対しては全く効力を発しなかったということだから。


「太古の神、グリサバールの神殿自体は、もう地上にはほとんど無いじゃろう。じゃが、小さな教会ほどの跡地は、まだ各地にいくつか点在しておるのをわしは見たことがある」


 アズーニの話だと、この忘れかけられつつある神は、人々を[死]という災厄から守って、[生]という恵みを与えてくれる神として、かつてはかなり信奉者も多かったらしい。

 今でこそ、宗教としてはほとんど廃れてしまったが、風化した遺跡、洞窟の奥、場所によっては、街の中にさえその旧跡が隠れて残っている場合もあるそうだ。

 

「当然、グリサーバルの教会の跡地には、ここにあるのと同じ転移魔法陣が書かれていたり、棺のような物が置いてあるところも、あったりするわけじゃが……」


 アズーニは、この先が本題、と言わんばかりに身を乗り出す。


「そこでまず、この神殿の魔法陣を一旦停止させ、転移の効力を無効化する。そして、次にお主が死ぬのじゃ。すると、どうなるかのぅ?」


「ははぁ、そうか……わかってきたよ」


 俺にも、だんだん話が飲みこめてきた。


「俺は、多分、どこか別のグリサーバル関連施設で復活する、ということになるんだな」


「うむ、そういうことじゃ! 物質や精神を転移して再生するには、エネルギーを膨大に食うじゃろうから、まず手近なところに運ばれるじゃろう。確実ではないが、おそらくどこかこの近くにある教会じゃろう」


「ふーん、それじゃあ、俺が矢傷を負って死んだ時、飛ばされたのがこの神殿だったのは、死んだ場所――つまりヴィナルカの郊外とここが近かったからなのかなぁ」


「うむ、ヴィナルカは古くから存在する街じゃな。多分、ここから1キロも離れおるまい。むろん、その前に地中を700メールほど上に登ってから……という前提条件がつくんじゃが……」


 アズーニは、忌々しげに苦笑する。

 そして、俺たちがいる神殿は総本山みたいなものだから、近くで死があったならば、ここが優先的に復活の転移先として選ばれたのではないか、とも付け加えた。


「なるほどなぁ……だったら、確かにここの転移装置の魔法を切れば、どこか他の場所に飛ばされるかもしれないか」


 そこまで話していて、俺はあることに思い当たる。


「でもさ、それで、俺は地上の別の場所で無事に復活できたとするよ。けど、結界があるから、アズーニは俺と一緒には来れないよな。えーと……つまり、脱出できるのは俺だけということにならないか」 


「……」


 俺が聞いたのは単なる疑問だったのだが、一方のアズーニは表情を曇らせ、黙り込んでしまう。


(えぇっ? それじゃあ、俺だけが助かっても、彼女は、また何百年もこの場所に……。そんなこと出来るものかよ)


 それは、俺としては到底納得できない話である。こんな便利な体を持っているんだから、他に何か手が無いのだろうか……。


(ん? ちょっと待てよ……。俺は最初に、[俺たちが脱出できる方法が無いのか]って聞いたはずだよな)


 [できる]っていうのが、それに対するアズーニの答えなんだから、そこにアズーニ自身も対象に含まれているはずで、そうだとしたらまだ先に何か答えがあるのかもしれない。

 

 俺は、わずかながらも期待を込めてアズーニの言葉を待つ。


「……そうじゃ、この結界が存在する限り、わしは自力では脱出できんのじゃ」


 アズーニは、真剣な表情を変えないまま、俺に言う。


「そこでじゃ、地上に戻れたら、ある場所に行って欲しい。そしてそこにある[宝珠]を持って、再び死んで、ここに戻ってきて欲しいのじゃ!」


「なんだって……!? また死んでここに戻る……?」


「すまんが、わしがここを出るには、今はこの手しか思いつかんのじゃ……」


 アズーニ曰く、その強力な力を秘めた[宝珠]さえあれば、彼女はこの多重結界を破って出ることができるらしい。


(そっか、その行程をたどれば、確かに理屈としてはいけるような気がする……)


 だが、それには当然ながら、少なくとももう一度、俺が死ぬ危険を犯してこの神殿に宝珠を持って戻ってくる必要があるのだった。一度、脱出できたからといって、もう一度できるとは限らず、他にもどんな危険性があるかはわからない。


「アズーニ、俺は……」


「虫のいい話なのは、わしもわかっておる。お主に、何度も死のリスクを押し付けるのじゃからな」


 アズーニはそう言って、心底すまなそうに目を伏せる。


「実のところ、お主が毎回必ず復活できるという確約は、わしにもできないのじゃ……でも、それでもじゃ、ここに戻ってきてはくれないかのぉ」


 いや、そうじゃなくてさ……俺が言いたいのは……


「この場所に閉じ込められて300年、どうにもならなかったのじゃ。もうわしは、お主に頼るしかないのじゃ……」


 苦しげにギュッと手を握っているその姿は、かつて恐れられた吸血鬼などとはとても思えない……ひどく弱々しく小さいものだった。




「バーカ、何言ってるんだよ。ちゃんと戻ってくるに決まってるじゃないか。だってそれなら二人ともグッドエンドになるんだろう」


 重苦しい空気を吹き飛ばすかのように、あえて軽いノリで言葉を切り出していく。


 ――そう、実のところそれは、本当に自分にとって当たり前のことだったから、俺にとって何ら躊躇することでは無かったのである。


 そもそも1人だけ逃げ出して、のうのうとしてられる人間なら、きっと2度も死んでないんだよな、俺は……。

 

「ほらさ、アズーニには助けてもらったし、いろんなことも教えてもらった。そもそも、お前がいなかったら、俺だってここから脱出できなかったんだぜ」


「……ユキヒロ」


 アズーニは半分くらい泣きそう声で、俺の名前をつぶやく。


(ぐはぁっ――! やめてくれぇ……、俺は、こういうの、弱いんだよ――――)


「ほ、ほら、こんだけ世話してもらって、何も返さないって言うんだったら、お、男が廃るってもんだよ、アハハハハ」


 舌が回らないながらも、なんとか平静を装おうとする。


「今度は、俺がアズーニのために何かする、これできっちりと借りを返したことになるだろう」


 その言葉が説得力をもっていたのかどうかはわからないが、アズーニの表情は幾分和らいで、そして、ポツリとつぶやいた。


「返し過ぎなのじゃ……」


「だったらさ、無事に成功した時は、あらためてお礼の1つでもしてくれればいいよ。とりあえず今は、前向きに計画を立てようぜ」


「ありがとう、恩に着るのじゃ」


 アズーニは静かにうなずいて受け入れてくれた。これでどうにか、事は収まったようで、ほっと胸を撫で下ろす。


 ただ結局、俺の軽口芸の方はあまり成功しなかったのか、アズーニは終始、しおらしそうなままだったのだが……。




◆◆◆


(そうと決まれば、慎重にことを進めないとな……)


 アズーニと俺はじっくりと計画を立て、2日がかりで準備をしている。


 身につけていたものが、俺と一緒に転送されるのはこれまでの経緯でわかっている。だから、必要なものは持てるだけ持っていって、俺の復活に役立てるつもりだ。


 あの時、体に打ち込まれた矢が、一緒に転送されなかったのは、肉体の修復に確実に邪魔だからと推測されるのだが、真実かどうかはわからなかった。


 いずれにしても、自分の持ち物として認識されるにはあれこれ制限があるのではなかろうか。


「おそらく生き物なんかは無理じゃろうな」


「そうだなぁ。俺の復活のシステムにも乗らないだろうし……うーん、やっぱり試すのは怖いな」


 なんか怖い考えになりそうだったので、俺は頭をふって想像を打ち切る。


 多分、本人が持ち物として認識しており、属性的にアイテムとして持ち出せるもの、さらには俺の復活を阻害しないもの……選定していくと、あてはまる数はそこまで多くはないのかもしれない。


 ……とはいえ幸いなことに、ここは半分アズーニの寝室であり、半分は太古の神様の神殿でもある。

 この大きなホールは奥にも小部屋がいくつかあり、そこは様々な貴重品の集積所でもあるので、持っていけそうなものはいくつか見繕えると思われる。


 そこで……だ。




 まず第一に、あの超回復力を誇る、極性の回復ポーションがいる。


 これは、もちろん、俺が復活した時にすぐ活動できるようになるためだ。例によって、苦痛で体が動かない可能性が高いので、いくつかは顔の周りに無理やり巻き付けてみることにする。


「ククク、笑えるのじゃ。自分で鏡を見てみるのじゃ」


 アズーニが、耐えきれずに笑い出す。


「う、うるさいな。見なくてもわかってるよ」


 見た目は悪いが、少しでも揺らせば、ビンから溢れて顔に大量に降りかかるだろう。一滴でも飲めれば、俺の勝ちだ。完全復活は成し遂げられる。

 たとえ、移転した先が水底で、薬が水に流れ出したとしても、これなら一定の効力があると思いたい。


 この薬は、薬が逆効果になるアズーニの持ち物ではなく、神殿奥の貯蔵スペースに保管されていたものである。

 純粋な吸血鬼にとっては全く必要のない薬なので、アズーニも作り方を知らないそうだ。


「地上にいた時も、人間たちの間でも見かけたことはないのじゃ。もしかすると、この神殿だけに残されている失われた技術なのかもしれんのぉ」


 アズーニは、倉庫から運び出しながらそんなことを呟いた。




 次に必要なのは、転移装置のストッパーである。


 これは、何かと言うと――


 もし、俺が死んで転移した場所が、とても脱出できないような場所だった場合、すぐまた死んで、次の場所に転移しなければならないことになる。

 その転移が、また同じスポットに戻ってきてしまうのでは、全く意味を成さないのだ。いや、それどころか下手をすれば、無限ループで脱出不能という最悪の自体に陥るはめになるだろう。


 だから、同じ場所に戻ってこれないようにするために、設置されている転移の魔法陣を、間髪入れずに封印しなければならないのである。


「備えあれば憂い無し、じゃからのぉ」


 アズーニは、周囲の魔力を封じ込める[魔封じの石]というものを、3~4個、俺に渡してくれた。使う時は「解除」と一言だけつぶやけば、魔封じの効力は発揮される。

 この部屋に掛けられている結界の超小型、魔力に限定した簡易版みたいなものだと思えばいいらしい。


「でもさ、アズーニ……この場所に張られている超強力な結界ってやつは、このアイテムの能力については封印できてないのかい?」


「されてはおるぞ。ただし、結界は有機物や発動魔法の方に特化していてな、アイテムや無機物に埋め込まれている魔法は、ふむ……ほんの僅かにだが抜け道があるようじゃな」


「ふーん、俺が転移復活する場所としてのポインターなんかはギリギリ機能していたってことか……」


「うむ、そういうことじゃ」


 いろいろ推測の域は出ないのじゃがな、とアズーニは話を続ける。


「で、一方、この[魔封じの石]は、魔力を持ったアイテムに特化した物なので、転送機能についても完全に押さえ込むというわけじゃな」


 一度、[魔封じの石]で封印してしまえば、もう一度再設定し直さない限り、数週間は転移の効力が抑え込まれる、とのことである。

 俺にそのあたりの微調整ができるわけもないので、石の扱いは慎重にしなければならないと思われる。


「了解、せいぜい気をつけて扱うことにするよ」


 [解除]の言葉を唱えると、持っている全部の石がいっせいに効力を発動するのでは? とアズーニに聞いたら、自分の意志で選んで好きな1つを発動できるぞ、と返答された。

 魔法の巻物などもそうらしいが、その辺のさじ加減は素人でもかなり簡単に行えるらしい。




「うーん、あとは世知辛いけど、きっとお金がいる、間違いない」


「ふむ、金なら安心せい。任せるのじゃ、この場所に腐るほどあるぞ」


「いや、そこまで多くなくてもいいんだけどね」


 俺は、肩をすくめながら言う。

 絶対不可欠なものとまではいかないが、やはり地獄の沙汰も金次第。これが有ると無いとでは、できる活動に大きな差があるのも事実なのだ。


「昔のやつで良いなら、金も宝石もごっそり有り余ってるのじゃ。ここに置いといても無用の長物じゃし、持てるだけ持っていくがいい」


 アズーニは、部屋のあちこちに転がっている金貨や宝石箱を、無造作に指さした。特殊な魔法のポシェットに入れておけば、かなりの量を持っていけるらしい。


(おぉ、このポシェットは便利だな。他の用途にも役に立ちそうだ)


「かなり入るといっても制限はあるからの、気をつけて扱うのじゃぞ」


 アズーニが注意を促す。


「警告とか出ないの?」


「ポシェットの色が変わるから、だいたいそれで限界じゃな」


 なるほど、わかりやすい……。


「アズーニ、それとさ……ちょっとした武器や防具みたいな物も持ってないかな。やっぱ丸腰だと、ちょっと心もとないんだよ」


 もうこの際なので、そういったお願いもしてみる。

 

「ああ、それは、もちろん構わないのじゃが、ふーむ……」


 アズーニは少しだけ困ったような顔をした。


「どうした? 吸血鬼専用とか、サイズがロリロリな幼女物しか無いとか……」

「いや、そうではないのじゃ。人が使いこんでいた魔法の武器も鎧もたくさんあるのじゃが……」


 アズーニはしばらく考え込んでいたが、くるっと振り返り、部屋の奥へスタスタと歩き出した


「これは自分で確かめた方が早いじゃろうな。こっちに来るのじゃ」


 俺が、アズーニのあとに付いて行った先で見たのは、中身がキラキラと眩いばかりに輝く豪華絢爛な宝箱の山だった。



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