10 囚われの姫
いろいろとショッキングな出来事があった俺の復活劇の翌日……
「おっはよーっ、ユキヒロはお寝坊さんなのじゃ」
珍妙にハイテンションな声に叩き起こされる。 [隣の(棺の)吸血鬼さん]は、まだ上機嫌なままのようである。
俺の隣には、アズーニの体に比して大きめの棺桶があって、いつもそこが寝床らしい。蓋には何やら吸血鬼の紋章らしいものが刻まれている。
豪華な意匠は施されているが重々しい石造りではなく、特殊で軽めの石でできているとのことである。叩くとなんか乾いた音がするのであった。
「ポンポン叩くではない、ホコリが立つのじゃ」
ここは地下深くなので、今が何時なのかはわからない。
ただ、間違いなく夜では無さそうである。日中におはようと声をかけてくる吸血鬼……こいつは本当にかつて純血で最高位の存在だったのだろうか。
(やれやれ、しかし、ひどい目にあったよな)
俺は、昨日のことを思い出しながら首筋を確かめる。特に傷のようなものは無いし、体の方も異常無いようだ。
結局、昨日俺は、合計で3リットルくらい血を抜かれたのではなかろうか。途中で、また死にそうになったらしく、例の超回復ポーションを飲まされて、血を吸われ、ポーションを飲まされ、血を吸われ……
くぅぅ……。思いっきり弄ばれた気がする。
いつか、いつか見てろよ。思いっきり仕返ししてやるからな。
「どうしたのじゃ、なんで朝から不機嫌そうな顔をしておる?」
アズーニが不思議そうに聞いてくる。
「な、なんでもないぞー」
そう言いつつ、俺は、吸血鬼の顔をちら見する。
こいつは、美味しいものを食べ……飲んだから、すこぶる満足そうな顔をしているが、こっちは体力回復の薬以外は、米粒一つだって食べていないんだよなぁ。
なんとなくため息が出る。
ポーションは確かに瞬時に体力を全快してくれるのだが、お腹の空腹は飢えをしのぐ程度にしか満たされないままだったし、美味しい物が食べたいという食の追求には全く無関係なしろものだった。
(まぁ、飢えは満たされているから、食べ物は諦めるか)
しかし、生理現象なんかはそうはいかない。生々しい話になるが、そこは復活できるとはいえ、基本、俺は普通の人間なのでしょうがない。
「あのぉ、アズーニ……ゴニョゴニョはあるのか、ここって」
「神殿に備え付けられた施設が奥にあるぞ。全く使っておらぬが人間の最低限の生活環境は整っているから安心するのじゃ」
――との言葉があり、無事にことを済ませた俺は、アズーニにくっついて神殿内部をあちこち見て回る。
(大きな礼拝堂と倉庫が2つ、それと普通の部屋が5~6部屋ってところか)
神殿は無理やりアズーニの部屋が運び込まれたせいか、あきらかに崩れて埋まっている箇所がいくつも存在し分断されて、そこまで多くの場所は見て回れなかった。
書庫とか資料室があれば、少しは自分の知識の役に立つものが置いてあるかと思ったのだが、正直あてが外れた思いである。
「わしが移送された時には、もうすでにほとんどの書物は無かったのじゃ。多分、先に持ち去られたのじゃろうな……」
アズーニが300年前の記憶を辿りながら俺に言う。
「見つけたのは、数冊だけ、しかも神への賛歌とか教義のやり方の内容とかそういう物ばかりじゃったぞ」
「学術的な要素とかは……?」
「多分、無いのぉ。抽象的な賛美の言葉ばかり並べられておったわい」
きっぱりと否定される。要は、あまり役には立たないということだろう。
「ん……? ここは中庭みたいなところなのかな?」
神殿の奥の方に、少しだけ開けた区画があった。教会側、四方の壁は崩れてしまっていたが、ここだけ地面がむき出しで土の量も多い。
石細工の瓦礫とレンガでできたこじんまりとした囲いは、かつては草花でも植えていたように思われる。
そして……隅っこの方には、お墓と思われる墓石らしきものがいくつか存在していた。
「そうじゃ。この神殿とて最初から地下700メートルにあったのでも無いだろうし、もともと地上では普通の生活場所だったのじゃろうな」
アズーニがしみじみと言う。
「じゃあ、神殿自体も、アズーニ同様ここに飛ばされてきたってこと?」
「うむ、でもそれは、わしの封印とは無関係じゃぞ。多分、もっと前の話じゃな」
「ふーん、なんらかの理由で、地下で神殿の機能として使われていたってことかなぁ……」
俺は言いながら、ふと足を止めた。
「ん……ここのお墓だけ、ちょっと簡素だな」
いくつかあったお墓の中に、2つほど小さく、土を盛られていただけのものがある。
正確に言えば石も置いてあったのだが、瓦礫の一部らしき物をポンと小さく積んであるだけで、他のお墓と違ってきちんとした墓石のようなものは置かれていない。
間に合わせというか、他のお墓の横に置かせてもらった……そんな印象である。
「あぁ……これを作ったのはわしじゃよ」
アズーニが足元をじっと見下ろす。
「この神殿に飛ばされ封印された時に、一緒に巻き込まれてしまった召使いの墓じゃな。わしによく尽くしてくれた2人だったのじゃが……」
「そっか……仲間がいたんだな」
「眷属とはいっても、わしほど力があるわけではないのでな。結界の中でじわじわと力を奪われて、どちらも最初の2週間ほどで機能を停止してしまったのじゃ……」
もしかすると属性がアンデッドなので、死んだと言わずにそんな言い方をしたのかもしれないが、アズーニの表情は人間と同様、普通に悲しそうだった。
「わしに2人を救う手段はなく、ただずっと衰弱していくのを見守ることしかできんかった」
土で盛られた上にある小さな石を、少し置き直しながら吸血鬼は嘆息する。俺としても、若干居たたまれない思いである。
「あの強力な回復ポーションがわしらにも効いたら良かったのじゃがな……。いや、どちらにせよ数が足りないので、ジリ貧じゃったか」
「すまない……アズーニ。なんか俺のせいで、余計なことを思い出させちゃったみたいだ」
「気にせんでいいのじゃ。どのみちもう300年前のことじゃからな……」
吸血鬼はそう言うと、粗末な墓にそっと背を向ける。俺とアズーニは、静かにその場を後にした。
◆◆◆
「なぁ、アズーニ、俺たちって、どうやってもこの隔離空間からは出れないのか?」
ホールの中心部に戻った俺は、吸血鬼に率直な疑問をぶつけてみる。
アズーニと一緒にいるのは、問題ない(いや、問題あるが)としても、さすがに300年以上、ここに閉じ込められるのは、俺も願い下げにしたい。
そもそも第一に、この結界は絶えず魔力を奪っているらしい。このままだと俺もいずれは、中庭に埋められていたあの2人と同じ運命をたどることになるのだろう。
それにここは土に埋まっている密閉空間だ。かなり広いとはいえ、人間の俺が、日々をすごしていくと、そのうち酸素が無くなって生きていけなくなるのではなかろうか……。
(じわじわと窒息死はやだなぁ……)
仮に俺がまた復活できたとしても、ポーションにも限りがあり、すぐに最期の瞬間はやってくる……その時のことは想像もしたくなかった。
「ユキヒロ、それなんじゃがな、実は一つ考えがあるにはあるのじゃ」
「ほ、本当かよ」
これは意外だった。強力な力を持った吸血鬼の真祖が300年の間、何も出来ずに無為にすごしてきたのだ。この期に及んで、まだ何か策があるとはちょっと思っていなかった。
「うむ……。ただし、かなりの危険が伴うぞ。特にお主にはな」
この俺が……? と一瞬思ったが、考えてみれば300年での外的な要因は確かに自分だけである。
「そうか、俺が来たことによって、何か状況が変わったんだな……」
「さよう、むしろこれはお主にしかできない事なのじゃ」
アズーニはの声には、微かに緊張の響きが混じっていた。
「なぁに、危険はもとより覚悟の上だよ。脱出できるなら俺にできることは何だってするさ」
俺は、ちょっとばかし格好をつけて、自分の決意のほどを伝えた。
この神殿は、アズーニですら300年以上も出られない、という高度な封印が施された堅固な牢屋だ。攻略に、ある程度の危険が付きまとうのは当然である。
でも、それを恐れていては何も始まらないし、このままではジリ貧なのはさっき述べたとおりである。
(なんか俄然、やる気が出てきたぞー!)
希望が出てきたためか、高揚感が体をめぐる。
「よし、ならば言おう。まずは、ユキヒロ……」
「おうっ、何だ!?」
「お主は死ね!」
「……おい」
突拍子もないアズーニの言に、とりえずツッコミを入れる俺であった。