ACT07 夢の中へ
「おっちゃん、無事に戻ってきたぜー!」
元気な声が響いた。
"常緑亭"の陳列台の商売品を磨いていたラウが、顔をあげた。
意気揚々と店に入ってきた四人の若者に、ラウは見覚えがある。数日前に気前よく冒険旅の装備を買って旅立った四人組だった。
「おお、無事で何より。冒険旅はどうだったかい?」
「上々!」
「そいつは良かった」
ラウが、商売用の飛びきりの笑顔を見せた。これからも、ちょくちょくとこの店に金を落としていってくれる上客になりそうだった。
「いや、道に迷っちゃってさ」
ベリアが、頭をかいた。
「そいつは、災難だったねぇ……でも、売った地図は近場だからそんなに深い森じゃなかったはずだよ」
「地図の道から外れちゃって、最初はちょっと焦ったけどさ……結果的に、お宝見つけたよ」
「ほぉ。そいつは幸先が良いね……どの辺だい?」
「それは内緒だよ」
ジェムの言葉に、ラウが微笑んだ。初めての冒険旅ですっかり自信を付けたのか、ジェムは冒険者のしきたりを平然と口にした。
「そりゃ、道理だ。
いつでも、その場所の情報は買うよ」
「そのうちにね……それより、こいつの鑑定を頼むよ」
ジェムが、古びた箱を陳列台の脇の机に置いた。
木箱の外側に革を張った、要所を鋼で補強した二尺ほどの細長い箱だった。腰帯に固定できる金具が付いている。
宝箱、と言うよりも旅行者が小物を納めて持ち運ぶ箱のようだった。
「廃屋で、白骨の遺体が後生大事に持ってたんだよ」
「白骨? そいつはぞっとしないねぇ」
「いいから、早く中身を鑑定してくれよ……いくらで売れるかな?」
箱を止めている鋼の留め金を外すと、あっさりと箱が空いた。
中には、黒っぽく輝く小さな銀塊がいくつかと、宝玉が一掴みほど入っていた。
「こいつは、中々のお宝だな」
ラウが、一つ一つをあらため、天秤で銀塊の重さを量る。
「うちで買い取るなら……ざっと、こんなもんでどうだ?」
紙片に、いくつかの値を書き並べ、合算値を見せる。
「もうちょっと、高く買ってくれないかい」
ジェムは、もういっぱしの冒険者気取りでラウに値上げを迫る。金に困るような家柄ではないが、こういうお宝が換金できるのはわくわくする。
「おいおい、これでもおまけしてんだよ」
ラウが、苦笑した。
「この端数を切り上げたら、ちょうどいい額になるんだけどさ」
「なるほど、じゃあこの宝箱も込みで、こんだけでどうだ?」
あっさりと、ラウが折れた。
「兄さん達の初めての戦利品だ、ご祝儀分の色を付けようさ」
ラウは、買取額に合った金貨を並べた。
ふと気が付いて、傍らに立つベリアの手元を見た。
杖の頭にはめ込まれた宝玉に、ラウの目が光った。
「その杖は? そいつも、白骨が握ってたんじゃないのかい?」
ラウが鎌を掛けた。
「こいつは、売らないよ……記念に僕が持ってくよ」
ベリアが、杖を握り直した。
「なんだか、この杖に惹かれるんだよね」
杖にはめ込まれた宝玉が、深紫めいた赤黒い輝きを見せる。
「じゃあ、おっちゃん……また冒険旅したくなったら来るよ」
「毎度!」
◆
隠れ家、といっても旧市街区にあるごく普通の小さな一軒家だった。お忍びで街に出る時に下町の若者風の服装に着替えたり、夜遅くなった時に泊まったりするため、キーラとレビン兄弟の父親が買い与えた家だった。キーラとレビン兄弟のトラム家は、王族の中でも裕福な家柄だった。
数日間の冒険旅の疲れを癒やし、明日には講武堂に戻る日だった。いくら暇を持て余している王侯貴族の子弟といえども、講武堂の教練を無断で休むわけにはいかなかった。
「おい、ベリア……本当にいいのか?」
「うん、僕の取り分は、この杖でいいよ……お宝売った分は、三人で山分けしてくれればいい」
ベリアが、手にした杖を撫でた。
細かい装飾の施された堅い木の杖の頭の部分に、宝玉がはめ込まれている。
濁った暗い赤とも紫ともみえる不思議な色をした、蛇の目の色に似た輝きを見せる宝玉だった。
白骨死体が握っていたと思うと、ジェム達はそんな物を手元に残しておきたくない。宝箱ごとお宝を売り払ったのも、何かの呪いとか後難を恐れたからだった。
だが、ベリアはその杖を手放そうともしない。
「なんか本物の魔道士になったみたいで、格好よくってさ」
「おいおい、本気で魔道士になろうってのかい?」
「いゃあ、そうなれたら……うれしいよねって思うけどね」
ベリアが微笑んだ。
だが、その瞳は何か考えに沈んでいる。
「さて、俺達は屋敷に戻るけど……」
「僕は、しばらくここで休んでから戻るよ」
「明日の教練を休むと、班長がうるさいぜ」
「熱病で寝込んでますって言っといて」
「ずる休みなんて、くそ真面目なベリアにしては珍しいな」
杖の宝玉が、赤黒い妖しい輝きを放った。
◆
「この子、さみしいのかなぁ」
スーが、子猫を抱えて居間に降りてきた。
すっかり元気になったので、三日目には看護の必要も無くなった。
子猫用の寝床を二階のホールに用意して寝かしつけたのだが、三姉妹の姿が見えないと鳴きながら大騒ぎであちこちを探し回る。ちょっと離れただけで、子猫の鳴き声が大きくなる。
「お母さんが恋しいのかな?」
スーが抱えていると、子猫も大人しくなる。
だが、子猫は好きな時に眠り、好きな時に起きて活動するが、セアラとスーはそうはいかない。セアラとスーにとって、夜は眠るためのものだった。
「あたしの部屋に寝床を移してあげるよ」
サキは、柳で編んだ篭に乾いた布を敷き、子猫ごとまとめて私室に運び込んだ。
三姉妹で一番夜更かしなのは、サキだった。
夜遅くまで愛刀を抜いて、あれこれと刀術の工夫に熱中していると夜が明け始めることもしばしばだった。
サキが刀を抜いて、部屋の中であれこれと刀術の工夫をしている間、子猫は自分の寝床で丸くなっていた。
確かに、変わった子猫だった。
サキの刀術の工夫は常軌を逸している。サキが刀を抜いて鍛練を始めると、雑木林の小鳥や小動物がその殺気に反応して騒ぎ立てるのもしばしばなのに、この子猫は、刀を抜いたサキの殺気にも動じずに平然と眠っている。
やっと眠ろうとサキが愛刀を刀架に掛け、寝床に潜り込んだ途端に子猫が目を覚ました。部屋の隅に置いた寝床から抜け出し、部屋の中をうろうろ動き回り始めた気配があった。
シーツに爪を立て、子猫がサキの寝台に上ろうとしている。まだ、寝台に飛び乗るほどの跳躍力はないのか、しばらくかりかりと爪を立てる音をたてていたが、何回か失敗して床に子猫が落ちる音がした。
助けを求めるかのように子猫が鳴いた。
「うー、わかったわよぉ」
寝入りばなを叩き起こされたサキは、渋々枕から頭を上げた。
刀架に横たわった愛刀の宝石と猫の金目銀目が、窓からの月明かりを反射して暗闇の中で光っている。
「おいで」
子猫を手探りで摘まみ上げた。
掛布の中に子猫を押し込み、サキは再び横になった。この数日間、子猫の看護で、サキはろくに眠っていない。やっと眠れるかと思ったら、今度は子猫の徘徊に悩まされている。
掛布の中でもぞもぞと位置を変えた子猫が、サキの首元から顔を出した。
子猫はサキと一緒に眠りたいのかと思っていたが、サキの枕元で遊び始めた。
「もぉっ!」
サキの髪の毛で遊び始めたのにたまりかね、サキは再び枕から頭を起こした。
「もう、寝・る・の!」
サキは、子猫をもう一度摘まみ上げ掛布で包んだ。片手で猫を抱いたままサキが目を閉じた。
今度は落ち着ける場所を見つけたのか、さすがに子猫が大人しくなった。
◆
暗闇の中に、青白い光で魔法陣が輝いていた。
鮮明に描き出された魔法陣の前に、影法師が立っていた。柄の長さを加えれば四尺を越える大刀を背負い、腕を組んで目の前の魔法陣を眺めている姿を、サキはどこか遠くから眺めていた。
青白い魔法陣の輝きに消され、いつものごとく影法師の姿は判然としない。
霊力が皆無のサキだが、夢の中に出てくるこの影法師だけは例外だった。
(レオナ姫? 今度は何を伝えようとしているの?)
その影法師は、十年来ずっとサキの夢の中で刀術を教えてくれていた師匠のような存在だった。
王都レグノリアで、サキの持つ大きな弯刀を使う者はいない。「早くその刀と友達になりなさい」という祖父の言葉に従い、一日中愛刀を離さずに刀術の工夫に熱中していたサキは寝ても覚めても刀術のことで頭が一杯だった。
そんな刀術の工夫に明け暮れていたサキの夢に突然現れた影法師は、サキが見たことの無いような刀の技を見せた。
驚いて飛び起きたサキが、夢の中で見た刀の軌跡を真似してみると、しっくりくる。
一つの技が身に付くと、別の技を影法師が見せる。そんな日々の繰り返しだった。
この影法師が、大刀の元の持ち主だったレオナ姫の亡霊だったらしいのに気が付いたのは、魔除札の盗賊でグルジェフと呼ばれる魔と対決した時だった。
グルジェフという魔と戦って以降、刀術の工夫に一区切りが付いたのか、忽然とサキの夢の中から影法師が消えた。
レオナ姫の影法師との夢の中での再会はうれしくもあり、オバケ嫌いのサキにとっては恐ろしくもある。
伝説のレオナ姫と魔法陣は、関係が深い。
百年ばかり前、王都レグノリアを大きな災厄が襲った時があった。その国難を救うために、一人のお姫様が起ちあがった。
そのお姫様の名は、レオナ・リシャムードという。
十七の娘の身でありながら、大きな弯刀を背負い、広大なシドニア大陸を縦横無尽に駆け抜けた伝説のお姫様だった。
レオナ姫は、王家の危機を救うために、不思議な力を使うという漂泊民の助けを借り、遠くローゼリア砂漠の奥地まで旅をしたという。
その旅で、何を得て何を失ったのか、本人以外にはわからない。
このレオナ姫が、三年に渡る命がけの旅から戻ってきた時には、レオナ姫ただ一人だった。
その冒険旅の最中に何があったのかは知らぬが、レグノリアの都に戻ってきたレオナ姫は、とてつもない霊力を身につけていた。
王国の存亡に関わる難事を、レオナ姫が都に描いた魔法陣が救ったという。
レオナ姫の覚醒した霊力のおかげで平和を取り戻した王都だが、その平和は長くは続かなかった。レオナ姫の霊力があれば、天狼の助力は不要だと王家が欲を出したのが争いの発端だった。
王家は、古からの知識を持つが故に恐れられ手を出せなかった漂泊民を弾圧して、王都から追放しようとした。
王家と漂泊民の衝突が起きた。
だが、自らの霊力の源が天狼の力であることを知っていたレオナ姫は板挟みになった。王都の民を愛し、漂泊民も愛していたレオナ姫は、両者の紛争を抑えることに奔走した。
だが、事態は悪化するばかりだった。
レオナ姫の思惑とは正反対に、両者の不毛な争いは頂点に達した。
結界岩を挟んで両者がにらみ合い、全面衝突直前だった。
そこでレオナ姫は、ある重大な決断をした。
国の安泰をはかるためにレオナ姫が自分で設置した結界岩に、大きな刀を叩き付けて一刀両断にして呪いを掛けたという。
「この断ち割った大地を、王家と天狼の境界とする!
よく聞け! 両者が刃を納め力を合わせぬ限り、この都は衰退する。
この言葉を忘れた場合、私は何度でも姿を現して末代まで祟る!」
その場に居合わせた両者の武装勢力は、レオナ姫の怒りの激しさに震え上がったという。
レオナ姫が王家と天狼の争いに心を痛め、己の強大な霊力が争いの原因と悟り都を去った。その後、レオナ姫の行方は杳として知れない。
◆
肩の重い痛みが耐えがたくなってきた。とりあえず止血はしていたが、鼓動に同調して痛みが襲う。左腕の感覚は、既にない。
『ちくしょう』
言葉にならない呟きだった。
王都から、手負いのままで必死で逃げてきた。ありとあらゆる魔道と金創薬を駆使して、血と痛みを止めてひたすら歩いてきた。
追っ手はいない。
だが、失血のために目眩がする。
やっと、隠れ家にたどり着いた。ここで傷を癒やし、再起を図ろう。使い魔対決に敗れた事が、憎悪の念をかき立てている。
『まだ死んでたまるか……もう一度、もう一度、王都に戦いを挑んでやる!』
扉を開けて、中に入った。
その刹那、暗闇の中で金目銀目が光った。
刹那、一陣の風が舞った。
「!」
とっさに、杖をかばう。
だが、その狙いは杖ではなかった。
鋭い痛みが喉を走る。
(しまった! やられた!)
金目銀目の眼光が迫り、すれ違った時に一瞬だけ褐色の山猫の姿が見えた。
そこで、光景が暗くなり唐突に意識が暗黒に消えた。
◆
(何だったんだ……)
ベリアが、寝台で身体を起こした。
全身に、冷たい汗が浮いている。
暗い屋内だった。
開け放たれた窓の外は暗闇に包まれている。刻限は、まだ真夜中だろう。
『御主の前世だ』
どこからともなく、カーバンクルと名乗った思念の声が脳裏に響く。
『金目銀目の山猫に……喉を噛みちぎられ、息絶えたんだ』
ちくりとした痛みが、ベリアの喉に走ったような錯覚があった。
思わず、喉に手を触れる。
(そうか……俺は、野望半ばで死んだんだ)
脳裏に、次々と、失われた光景が蘇ってくる。
伝説のレオナ姫の再来とまで言われ、強大な魔力を身に付けたにもかかわらず、王家の魔道嫌いに阻まれて異端として追放されたこと。
王都に戦いを挑み、敗れた記憶。
使い魔で勝負を挑み、使い魔に敗れたこと。
『だが、御主は蘇った!』
カーバンクルの思念が鼓舞するかのように、ベリアの脳裏で響く。
(そうだ、俺は蘇ったんだ)
ベリアは、傍らの杖を手にした。この杖を握ると、何でも出来るような自信が心の内からわいてくる。
『忘れるな! 金目銀目の猫は、御主の野望成就の邪魔だ』
ベリアの脳裏で、カーバンクルの声が囁き掛かる。
(金目銀目の猫……)
ベリアが心の内で、その言葉を繰り返した。
『まずは、金目銀目の猫を血祭りにあげろ!』
ベリアの脳裏に、金目銀目の猫の姿が浮かんだ。
『使い魔を操る術は、すぐに御主に伝授しよう』
(使い魔?)
『そうだ、使い魔で王家の馬鹿共に対抗するのだ。
御主が忘れていた能力も、ついに封印が解けた!』
杖の頭に嵌まった宝玉が、妖しく輝いた。
『もはや怖い者はない!』
夜が更けてゆく。




