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終章 生きとし生けるもの

「ティム~! お務めに行くわよぉ!」

 スーの高い声に反応して、傍らの木の枝から白い影が音もなく飛び降りてきた。サキの足元に着地し、サキを見上げた金目銀目の瞳が輝いた。サキが小さくうなずくと、神殿の広場に向けてティムが軽やかに駆けてゆく。

 姉のセアラと妹のスーが神殿の広場を横切る姿が、サキの目に留まった。

 神官の白い長衣を着たセアラとスーの後ろにくっついて神殿を歩く白猫は、まるで神官見習いみたいな姿だった。

 長い尻尾をピンと立て、スーの後ろをトコトコと歩いている。

 首に巻かれた鮮やかな緑色の布が、スーに子分が出来たような不思議な錯覚に陥る。

(まるで、あたしの身代わりみたいね)

 霊力が皆無のサキは、神官にはなれなかった。本来なら、三姉妹が並んで歩いていたはずだった。

 セアラを先頭に一列に並んで歩く姿を、広場の反対側の神殿警護官の詰め所の入り口から眺めていたサキは、何の違和感もない姿に自然に頬に笑みが浮かんでくる。

「似合ってるわよ」

 サキが、小声で呟いた。

 ティムと命名された金目銀目の子猫は、そのままシェフィールド家と神殿に居着いた。

 人なつっこい性格のため、神殿の参拝客に愛嬌を振りまき、すっかり神殿の人気者になっている。居心地のよい昼寝場所を求め、社務所や、神殿の石段のあちこちをうろついている。

「神殿にいる純白の金目銀目を見ると幸せが訪れる」という噂が流れ、神殿の参拝客も少し増えた。

(絶対に、リュードが辻占いで余計なこと吹き込んでるわね)

 こういう噂を流してくれたのも、天狼の助力だろう。神殿にティムがいるのと、この御利益があるという噂だけで、金目銀目の猫が不吉という悪い噂を吹き消すには十分だった。逆に、金目銀目が幸運の証、という風潮になってくれればティムも安心して暮らせる。

『金目銀目が姿を現すと、いつの間にか疫病の流行が下火になるって言われてますから……だから幸運の証、じゃありませんかね』

 文官のロムの言葉が、サキの脳裏に蘇ってきた。

 ロムから聞いた言い伝え通り、都に流行していた熱病もいつの間にか終息していた。

 一番最後に感染したのは、恐らくサキだろう。

「やっぱり……幸運の証、だよね」

 サキは、自分を納得させるように小さく呟いた。

 サキが相変わらず王都を縦横無尽に駆け回ってばかりのため、昼間のティムはセアラとスーにくっついて離れない。

 ティムにとって、セアラは御飯をくれる人、スーは一緒に遊んでくれる人、サキは寝床扱いだった。神殿警護の仕事と刀術の鍛錬で深夜まで忙しいサキは、相変わらず家にいる時間が少ない。家族が寝静まった深夜に裏口からこっそり戻ってくると、裏口でティムがお出迎えしてくれる。暗闇で金目銀目が妖しく光るのも、サキもすっかり慣れた。

 サキがやっと眠りにつく時、ティムもサキの枕元で丸くなっている。

(ティムは、本当にレオナ姫の使い魔……の末裔、かもね)

 最初の頃は化け猫を拾ったんじゃ、と一瞬怯えたが、サキは何度かティムに救われている。

 だが、平和になったせいか”暗闇の聖者”との戦いで見せたどう猛な姿は、もうどこにも感じられない。

 セアラやスーの前では、そのような魔物の姿を決して見せず、いつもと変わらぬ愛すべき子猫だった。甘えてみたり、イタズラしたり、夜中に屋敷の中を走り回ってサキ達を寝不足に陥らせたりしている。

 だが、今のサキ達にとっては、シェフィールド家の大切な家族の一員だった。特に、両親が不在で寂しい思いをしていたスーにとって大切な友になっている。

『別にこの子猫が妖怪でも、人に悪さしなけりゃ横にいてもいいんじゃないのか?』

 リュードの言葉が、サキの脳裏に蘇ってきた。

(なるほどね、それも一つの考え方かも知れないわ)

 オバケが大嫌いなサキも、なんとなくリュードの言わんとする意味が理解できた。

「人の味方をしてくれるんだから、使い魔であっても、一緒に居ても大丈夫よね!」

 サキのオバケ嫌いも、少しだけ変わりつつある。

(早いうちに、老虎に御礼に行かなきゃね)

 サキは、喉元の約定の証の首飾りに手を触れた。白銀の輪にはめ込まれた白と黒の宝玉が輝く。

 天狼に助けられっぱなしだった。

(棲み分けでなく、いつか本当に両者が仲良く暮らせる世の中が早く来ますように!)

 いつか、サキ達王家側の人間も天狼の助けになれる日が来ることを、サキは神に祈った。

「全ての生きとし生けるものに、幸あれ!」

 夢の中のレオナ姫の祈りの言葉が、サキの唇から漏れた。

 朝の太陽の強い輝きで、刀柄の宝玉がサキの緋色のサッシュを映して赤い輝きを見せた。

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