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ACT26 満開の花

 眼前に、魔法陣が拡がっていた。

 刻み終わったばかりの魔法陣を眺めていた。

 巨大な岩盤に刻まれた直径六丈ばかりの二重円を持った、複雑な魔法陣だった。

 二重円の中に三角、方形、五芒星、六芒星など複数の図形が巧みに重ね合わさっている。

 巨大な岩盤に魔法陣を刻むために使っていた石鏨と槌を、そっと傍らに置いた。

 厳かに、魔法陣の中に足を踏み入れる。

 魔法陣の中央に跪き、両手で印を結んだ。

 微風が、次第に強くなってくる。

 風が、頬を撫でてゆく。

 足元の魔法陣が、ほのかに青白く輝き始めた。魔法陣から立ち上がる光の微粒子に身を任せる。

 強くなった風が舞い、魔法陣に沿って渦を巻き始める。風の渦の中心に自分がいる。

『レオナ・リシャムードが、全知全能のアグネアの神に深く祈念いたします。

 この天と地の森羅万象を司る存在が、この都を永遠に守護されんことを祈念し、この魔法陣を捧げます』

 祈りの文句と共に、目前の魔法陣が青白い輝きを強める。

『全ての生きとし生けるものに、幸あれ!』

 光の微粒子が渦を巻き、魔法陣が生き物のように明滅した。

 強い風が舞い、自分の周囲を光の微粒子が回転を始める。

 視線を魔法陣から傍らに移すと、灰色の大きな山猫がいた。大きな尖った耳と、長い尻尾を持つ長毛の山猫だった。金色と青い目の瞳が、強い生命の輝きを見せている。

 両手を伸ばし、傍らの巨大な猫を強く抱いた。

「ティム、お願い!

 お前の九生を使って、この魔法陣に危機が迫った時にはお前が護っておくれ!」

 大きな山猫の暖かさが、両手に伝わってくる。


       ◆


 耳元の甲高い鳴き声に、サキは飛び起きた。

 目を開けた途端、視界に白い物が映った。

 二三回強く瞬きをすると、視界が鮮明になってきた。目の前の白い物は、依然としてサキの目の前にある。

 ぼんやりと夢の世界で遊んでいたサキの意識が、急激に現実に引き戻された。

(ここ、どこ?)

 サキの喉元に、襟巻きのように白い尻尾が乗っている。

 尻尾をどけて身を起こすと、子猫が傍らで伸びをしていた。

「あれ?」

 きょとんとして、周囲を見回す。

 枕元に見慣れた刀架があり、大きな愛刀が横たわっている。

 自室の寝台に寝ていた。

 しばらくぼんやりしているうちに、記憶が蘇ってきた。

「そっか、熱病で倒れちゃったんだ」

 自分の状態を見ると、寝間着姿だった。サキの記憶には、着替えた自覚がない。恐らくは、倒れた直後にセアラが着替えさせてくれたのだろう。

 寝間着は汗びっしょりで冷たくなっているが、不思議なくらいに爽快感がある。

「どのくらい寝込んでたんだろ?」

 まだ多少ふらつくが、熱は平熱まで下がっている。

 傍らで子猫の金色と青色の眼が、心配そうにサキを見上げている。

「大丈夫だよ、心配掛けたかしらね」

 サキは、子猫を抱き上げた。

 子猫が、戸口に向いて珍しく大きな鳴き声を出した。

「あっ、サキ姉ちゃんが気付いた!」

 戸口から、妹のスーが心配そうな顔を出した。


       ◆


「お前、ずいぶんとやつれちゃいない?」

 サキは、子猫を抱え直した。毛が長いためぱっと見は変わらないが、手に掛かる重さが少し軽い。

 心なしか、やせたように見える。

 セアラが、餌の入った皿を床に置いた。

「サキが熱出して寝込んでた二日間、この子はずーっとサキの寝床に張り付いていたからね」

「えーっ?」

 サキが子猫を見た。サキの手からするりと抜けた子猫が寝台から飛び降り、部屋の隅に置かれた餌の皿にすたすたと歩いてゆく。

 子猫を眺めて、セアラが微笑んだ。

「餌も食べずにずーっと、熱に浮かされてるサキの枕元に張り付いてたのよ。餌を持ってっても、そっぽ向いて食べずにずーっとね」

 サキは驚いて、子猫を見た。

「あたし、チビに看病されてたんだ」

 サキに拾われ徹夜で看病された恩返しなのか、子猫にもサキの危険な状態は理解できたのかも知れない。

 餌の皿に首を突っ込んだ子猫は、「そんなことは、知りません」とばかりに二日ぶりの餌にがっついている。

「ありがとね、チビ」

 先端が二股に分かれた尻尾が、返事代わりにぴくりと動いた。


       ◆


 スーが、サキの食事を運んできた。

 丸々二日も寝込んでたせいか、さすがに多くは食べられない。

 味覚は正常だった。高熱は完全に去っている。

「病み上がりなんだから、がっついちゃ駄目よ」

 サキの食事は、セアラが作った粥だった。やはり、自分が作るのとは大違いで、とても同じ食材を使ったとは思えない。

(セアラ姉さんとスーちゃんには、ひどい物食べさせちゃったわよね)

 サキは、セアラとスーの存在に心底感謝した。

『ティム、お願い!

 お前の九生を使って、この魔法陣に危機が迫った時にはお前が護っておくれ!』

 不意に、夢の中の影法師の言葉がサキの脳裏に響いた。

(あの影法師、レオナ姫よね)

 ふと夢の光景を思い出した。

 奇妙な夢だった。

 普段の、影法師の姿を遠くから眺めている夢ではなかった。レオナ姫の影法師が、自分の肉体と重なったような夢だった。

 確かに、夢の中のサキが魔法陣を刻んでいた。神に祈ったのも、サキ自身だった。だが、その口を突いて出た短い祈りの言葉はレオナ姫のものだった。

 自分がレオナ姫の中に憑依したのか、逆にサキに乗り移ったのか。

 オバケ嫌いのサキだが、不快感はなかった。

 むしろ、サキの心はすっきりとしている。

 岩盤に刻んだ魔法陣にレオナ姫が込めた短い祈りは、簡潔だが荘厳なものだった。

 その魔法陣の守護を命じたのは、レオナ姫が使役していた使い魔の金目銀目の山猫だろう。

『猫に九生あり、ってね。猫は何度も生まれ変わって御主人に仕えるって言うわ』

 老虎のシェルフィンの言葉が重なる。

 ふと、サキの口からその名前が出てきた。

「ティム!」

 その響きを耳にしたとたん、餌をがっついていた子猫がびくっと直立した。

 振り向いた子猫の驚いたような顔に、サキは吹き出した。

(まさかね……もしかして、本物の化け猫?)

 やはり、本物の霊猫なのかも知れない。

(でも、助けてくれたのだから人の友達だよね)

 サキは、自分を無理矢理に納得させた。

 子猫は、硬直したようにサキの方を振り向いたままだった。

「ティム! こっちにおいで!」

 サキの声に反応して、食事を中断した子猫がサキの足元に駆け寄ってきた。

「お前……本当に、ティムの生まれ変わりなのかい?」

 子猫は答えない。じっとサキを見上げて、サキの次の言葉を待っているような表情だった。

 金目銀目の猫が、なぜ五路広場の花壇に突然出現したのか……それは、レオナが遣わした五路広場の守護獣だったのかも知れない。

「やっぱり、お前はレオナ姫の言い付けを守ってくれてたんだね」

 拾い上げた子猫を、ぎゅっと抱きしめる。

「これからも、ずっと……ティム、よろしくね!」

 力一杯抱きしめられ、子猫が苦しそうにじたばた身をよじる。


       ◆


「名前決めた!」

 サキが、セアラとスーに宣言した。

「チビじゃ、かわいそうだものね」

「どんな名前にするの?」

「ティム!」

 子猫が、ぴくりと耳を動かした。やはり、この名前の響きにだけは強烈に反応する。

「ティム……いい響きね」

 ちょっと考えたセアラが、子猫の頭を撫でて微笑んだ。

「正式に、シェフィールド家の家族に迎えましょう。

 サキが一人増えたと思えばいいだけだから」

「あたしは猫並?」

 サキが苦笑した。昼間は屋敷に寄り付かず、戻ってきても夜遅くまでバタバタしているのは、確かに似ているかも知れない。

「良かったぁ! ティム、ずっと一緒だよ!」

 大喜びのスーが、子猫を抱きあげた。

 クスッとセアラが微笑んだ。

 最初から、セアラは子猫を飼うつもりだったのだろう。セアラが後ろに回していた手を、子猫の前に出した。

「じゃあ、あたしからティムに贈り物!」

 鮮やかな緑色の布切れが、セアラの手にあった。

「これから、ティムも神殿のお手伝い役よ」

 緑色の布を、セアラが子猫の首に巻き付けた。

 妹のスーの見習い神官を示すサッシュと同じ色だった。純白の長衣に緑色のサッシュを巻いたスーと、純白の毛皮に身を包んだ仔猫の首に緑色の首輪が並んだ。

「わぁ、あたしとおそろいだぁ!」

 歓声をあげたスーが、ティムを抱きしめた。強く抱きしめられ、ティムが再びじたばたする。

「そうそう、父様と母様から手紙が届いてるわ」

 セアラが、手紙を示した。

 王都の南にあるシェフィールド家の所領にいる、父親のダンと母親のマオからの手紙だった。

「シェフィールド家の所領に、神学校を作ったそうよ。

 だいぶ落ち着いたので、後天祭にはこっちへ戻れそうですって」

「わぁい、父様と母様が戻ってくるんだ!」

 スーが、歓声をあげた。

 父母が近くに居ないので、一番寂しい思いをしているのは、まだ幼いスーだろう。セアラが父母代わりを務めていてもやはり心の空白を埋めるのは難しい。両親が戻ってくるまで、ティムがスーの寂しさを埋めてくれる事になるのだろう。

「お返事書かなきゃね」

 セアラが、そう言って微笑んだ。

「サキは、お返事書く?」

 サキは照れ臭そうにそっぽを向いた。自分の行状で両親から叱られてばかりのサキは、自分が悪いと知りつつも難しい年頃のせいか素直になれない。

「うーん、照れ臭いから……元気だよって、セアラ姉さんから書いておいて」

「あっ、そうだ! 父様と母様にこの絵を送ってあげよう!」

 スーが、ティムを抱いたサキの絵を示した。サキの手の中で、こちらを見つめる子猫の絵だった。ティムもサキも、絵の中で生き生きとしている。

「サキ姉ちゃんも元気なことがわかるし、ティムが家族になったのも伝わるでしょ?」

「そうね、帰ってきた時にびっくりするといけないから、ティムが家族になったことを伝えなきゃね」


       ◆


 不意に、サキは戦場になった広場を思い出した。

 自宅でのんびりしている場合ではない。丸二日寝込んでいて、一日ゴロゴロしていたから、あの騒ぎからもう三日も経っている。

「そうだ、広場!」

 サキは、破壊の限りをつくした五路広場がにわかに心配になった。復旧を天狼に頼んだきり、サキは熱病で寝込んでいたので、その後の状況がわからない。

 慌てて着替え、大刀を腰に佩いた。

「セアラ姉さん、ちょっと出かけてくる! ティム!」

 サキの声に反応して、子猫がサキの肩に駆け上った。

「お待ちなさい、サキ! あなた、まだ病み上がりなんだから!」

 セアラが止める間もなく、サキは屋敷を飛び出した。

 三日近く寝込んでいたせいか、サキの寝不足は解消されている。熱も平熱だろう。老木の並木に挟まれた神殿の石段を駆け下りる、サキの足取りは軽かった。

 参道の露店や参拝客の間を抜け、五路広場の大広場へと急ぐ。

 サキが寝込んでいる間に、護民官達による封鎖が解けていた。

 広場へ通じる道も、人々の雑踏が戻っている。

「わぁ!」

 広場に足を踏み入れた途端、サキは声を上げた。

 割れた石畳はきれいに修復され、炎上した広場の中央の花壇も新しくレンガが積まれていた。これだけ短期間で修復できるとは、サキも想像していなかった。

 花壇では、季節外れの花が満開だった。黄色、赤色、桃色、白色の花が一斉に咲き誇っている。

 誰も手入れしない寂れた花壇の姿は、どこにもない。

「リュード達の仕業ね」

 おそらく、花壇を埋め直した後で、誰かが花の苗を移植したのだろう。

 満開の花々を見ると、ゴミだらけの枯れ草で一杯だった数日前までの花壇とは思えない。

「でも、どうやって花を咲かせたのかしらね?」

 季節外れの花が満開なのは、サキの理解を超えている。

 リュードなら、その程度の真似をやりかねない。

 魔道なのか、方術なのかサキには定かではないが、リュードが並々ならない不可思議な真似をしでかすのには、サキも慣れてきた。

「あっ、リュードだ」

 サキは、広場の片隅で図面を前にしているリュード達の姿を見つけた。

 叔父のカロンだけでなく、ボルトとデュラン候も居る。図面を前にして、リュードと何やら打ち合わせしているようだった。

「よぉ、姫さん!」

 近寄ってくるサキに気が付いたリュードが、片手をあげた。

「もう修復し終えたの?」

 サキの問いに、リュードが苦笑した。

「いや、あちこち細かい部分の修復が残ってる」

「派手にぶっ壊してくれたからな」

 デュラン候が笑う。

「石畳が花壇ごと一直線に真っ二つに割れてたぞ……まるで運河でも掘ったみたいだった」

 サキは、大広場をぐるりと眺めた。割れた石畳は入れ替えられ、注意して見なければ修繕の跡もわからない。

 五路広場に通じる道の封鎖も解かれ、何事もなかったように人々や荷駄の群れがいつものように流れている。

「そうだ! リュード、石畳の下に何か埋まってなかった?」

「うん? 魔法陣を刻んだでっかい石版が埋まってた」

 あっさりと、リュードが認めた。

「やっぱり……夢じゃなかったんだ」

 サキは、小さくため息をついた。夢の中の魔法陣は、確かにこの広場を守護している。

「姫さんが、切り裂いた花壇の下に埋まってたんだ……あの斬撃の衝撃でも傷一つなかったから、そのまま埋め戻してある」

「あれって、やっぱりレオナ姫が仕込んだ魔法陣なのかしら?」

「さぁねぇ」

 肩をすくめたリュードが、はぐらかした。

「でも、北東からの季節風が吹く時分になると、王都に疫病が流行るってのはレオナ姫も気が付いてたんじゃないか?

 だから、誰にも知られないように魔法陣の罠を仕掛けて、一定以上の負の力が働いた時に、それを防御する仕掛けを用意してたのかもな」

 もう百年も前の話だった。

 真偽の程は、誰にもわからない。

 だが、レオナ姫が陰陽の霊力の循環に気が付かなかったはずはない。その力の強大さを知りつつも、陽の霊力だけを使うように意図的に都市を設計したのだろう。

 この世は生きている者達の世界だからこそ、あの世の世界の力に頼らないという意図を感じさせるものだった。だか、それでいながら、陰の力を完全には遮断せず五路広場で陰陽を繋いでいるのは、陰陽のどちらが欠けてもこの世が成り立たない事も承知していたのだろう。

「まぁ、知らずに居た方が幸せなこともあるのさ」

 リュードが笑ってはぐらかした。

 この調子では、都のあちこちにレオナ姫が仕掛けたものがありそうだった。どこまでホントか嘘かわからないが、サキは王都のあちこちの地中に魔法陣が埋まっていることを確信していた。

「全ての生きとし生けるものに、幸あれ!」

 夢の中のレオナ姫の祈りの言葉が、自然とサキの唇からもれた。

 傍らのボルトが、そんなサキを見て微笑んだ。

「広場は派手にぶっ壊したが……誰一人死ななかったのは幸いだ」

「そうだ! ベリアは?」

 ボルトの言葉に、サキはベリアの容態を聞き返した。

「丸一日ばかり気を失っていたが、一昨日に息を吹き返したよ……ここしばらくの記憶がなくなってて、いつもの気弱なベリアに戻ってた」

「よかった……でも、彼らの今後は?」

「あそこにいるよ」

 ボルトが、広場の片隅を指さした。

 ボルトが指し示した指の先には、五路広場を清掃している若者の一団がいた。大きな麻のずた袋と箒を持って、周辺の掃除をしている。

 全員が、おそろいの褐色の袖無し短衣を羽織っている。一見すると下街の少年みたいな質素な服装だが、全員が武衛府で見掛けた講武堂に所属する王侯貴族の子弟達だった。

「あっ!」

 ボルトの指し示す先を見て、サキは小さな声を上げた。

 ゴミを拾い集めている少年達の中に、ベリア、ジェム、キーラ、レビンの姿もある。

「ボルト師範……これは?」

「王都の隅々まで、手分けして掃除させてる。

 連中も、最初はやらされ感一杯で渋々だろうけどな……最初は嘘でもいい、そのうちその行動が真になってくれることを期待してる」

「これが、彼らに与えた罰?」

 サキの問いに、ボルトが首を横に振った。

「罰じゃない……これから、彼らの育て方を変えてゆくのさ」

「?」

 サキは怪訝そうに、ボルトを見上げた。

「ベリアだけじゃない。四人ともここ数日の記憶をなくしてる。

 自分達が何をしでかしたのか、かけらも覚えちゃいない」

「そっか、じゃあ自責の念に駆られるようなつらい記憶は残ってないのね。

 サキは、ちょっと安心した。ベリアを思いっきり張り倒したのはサキだった。この数日の出来事が、彼らの心の傷として残っては、サキも後味が悪い。

「王都を騒がせたのは事実だが……こういう事は、誰にでも起きうる」

「そうね、一歩間違えば……あたしでも、ああなっちゃうかもね」

 サキの愛刀にはめ込まれた宝玉も、持ち主の霊力に反応するという。

 もしも宝玉にサキの霊力が反応していれば、どんな事が起きるのか知れたものではない。サキに霊力が無いが故に、サキは道を踏み外さずに済んでいるとサキは信じている。

 ボルトが天を仰いだ。頭上には初秋の奥行きのある青空が拡がっている。

「あいつらは、都育ちで苦労知らずな連中だからな……厳しい大自然の中で、鍛え直すことにした」

「えっ、じゃあ、彼らを城外に放り出すの?」

 びっくりしたサキの言葉に、ボルトが首を横に振った。

「二十五年も前の……ゾーンと俺達が夢見た事を、実現させるのさ」

「あの世で、ゾーンが納得するかはわからんがな……果たせなかった約束を果たすということだ」

 ボルトの言葉に、デュラン候が言葉を足した。

 闇の力に魅入られる前のゾーンは、無役の王侯貴族子弟達の行く末を心配していた。王都で暇持て余してくすぶってる連中を集めて、有事には王城を守る兵力となる人材育成をしたいという壮大な夢だった。

 ボルトが、王城の方角を眺めて苦笑した。西南の方角の丘に、王城の物見の塔がいくつも見える。

「だから、王家の次男三男達を預かって、王家の役に立つ人材を育てるのさ」

「えっ?」

 サキの眼が、丸くなった。

「まずは、街の清掃って役目を与えた。街の隅々をゴミを拾って歩くだけで一月二月はかかろう。だが、そうしながら街の全てを目に焼き付けさせたくてな。新市街区だけじゃない、旧市街区、バザール、港湾地区……王城地区に居ただけでは理解できない、もう一つの王都の姿を直視させるのさ」

 ボルトが、指を折って数え始めた。

「次は、王都の外に出して、近場の森で開拓をやらせる。

 木を切って、小屋を建てるのに一年、どんな小屋を建てるのかも含めて、全てあいつらに任せる。

 住む場所が出来たら、そこから畑を耕して、猟場の管理を彼らに任せようと思う。

 雨が降ったら小屋で勉強したり討論したり、どうすれば王都の役に立てるかを自分達で考えて実行させる」

「私塾、みたいなもの?」

「王立のな……俺が一人で勝手にやるんじゃないぞ。ちゃんと国王陛下に事情を全てお話してお許しを頂いた」

「……」

「陛下も、二十五年前の事件とその再来には心を痛めておられる……彼らに新たな役割を作れないか、考えた結果さ」

「でも、その森は?」

「所領の一部を、提供する」

 デュラン候が口を挟んだ。確かに、デュラン候の所領は、王都に近い荘園と森林地帯だった。

「ゾーンを救えなかった俺達にとって、罪滅ぼしにゃならんが……果たせなかった約束だけは、実現したくってな」

 カロンが呟いた。

「あの時、サキみたいな考え方を俺達が出来りゃ、ゾーンのたどった運命も違ったかもしれんからな」

 広場のゴミ拾いが終わり、ベリア達が次の清掃の割り当ての場所へと歩いて行く姿を見送り、サキはちょっと微笑んだ。

 彼らも、サキと同世代だった。彼らが罪人としてつらい人生を歩まされるのを、サキは見たくない。彼らにやり直させられるものなら、やり直させてやりたい。サキのそんな気持ちを知ってか知らずか、ボルトの出した結論は厳しいながらも温情にあふれるものだった。

『子の幸せを願わない親が居るもんか……ましてや罪人などになって欲しくない』

 不意に、デュラン候の言葉がサキの脳裏に蘇ってきた。

(そうだ、やっぱり親父と母さんに手紙書こう!)

 サキは、両親への手紙の文面を思い付いた。反抗期真っ盛りのサキは、どうも両親の前では素直になれない。

(三姉妹で力合わせて、拾った子猫と元気にやってるよ、だけでもいいよね)

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