ACT24 花壇の魔法陣
円形の花壇を挟んで、サキと"暗闇の聖者"が対峙を続けていた。
「あたしは、あんたを殺したくない!」
『殺せるものなら殺してみるがいい! 肉体は滅んでも、"暗闇の聖者"は滅ぼせん!』
憎悪の思念が、サキの心に襲いかかる。
(憎悪の思念は確かに強いけど、何か違う!)
"暗闇の聖者"は、ベリアをゾーンの亡霊が操っているにしては、実体がまるで感じられない。
(まるで、芝居の台本だわ)
"暗闇の聖者"は、想定外の出来事に対応が出来ないことにサキは気が付いた。
まるで、事前に用意した事を忠実になぞっているだけだった。
『太古からの全員の記憶が残ってて、それが利用できたら……人が考えなくなっちゃうから、逆に世の中が愚かになるわね』
不意に、サキの脳裏に姉のセアラの言葉が蘇ってきた。
"暗闇の聖者"が想定外の出来事に対応できないのは、何かに依存して自らが考えることを放棄しているからだった。
(亡霊が、ベリアを操っているんじゃないわ!)
カーバンクルという霊石を埋め込んだ杖に意識をこらしても、意思の波動が感じられらない。
サキの脳裏に、老虎でのリュードとシェルフィンの会話が蘇ってきた
『まさか、カーバンクルに、ゾーンの怨念とか記憶がため込まれてて、そいつがベリアを乗っ取っちゃったってことかしらねぇ』
『霊石に、本物のゾーンの亡霊が憑依してるのか、ゾーンの怨念とか記憶がため込まれてて、ベリアの鬱屈した負の波動を増幅しちゃったのか、どっちかはわかんないけどね』
サキは、憎悪の思念に意識を向けた。
サキの意識が、極限まで研ぎ澄まされてゆく。
周囲の物音も聞こえない。
憎悪の思念は、"暗闇の聖者"の方から漂っている。杖の霊石から漂っているのではない。
「わかったわ!」
サキが叫んだ。
"暗闇の聖者"の正体を見極めた瞬間だった。
サキの読みが合っていれば、"暗闇の聖者"の亡霊が相手ではない。
サキは、自分の愚かさに苦笑を浮かべた。かつて王都を相手に戦った"暗闇の聖者"を名乗ったゾーンの亡霊の影に、サキが怯えていただけだった。
『何故、笑う!』
"暗闇の聖者"の思念に、怒りがこもった。
「あまりにも、あんたが滑稽すぎるから」
サキが、愛刀の切っ先を後方に回し、左半身になる。
「あんたの正体がわかったら、可哀想でまともに説得するのが馬鹿馬鹿しくなったのよ。
望み通り、決着を付けてあげるわ」
愛刀を斜に構えたサキが、仕掛ける間合いを計る。
花壇を回り込めば、"暗闇の聖者"は反対側に逃げる。直線で花壇を突っ切るしかない。
『こちらには、まだ切り札がある!』
いつの間にか、"暗闇の聖者"の手には小さな壺があった。
使い魔の術を破られながらも、切り札を使う機会を狙っていたのだろう。
『これが、我の奥の手だ!』
壺の口が、厳重に封印されている。
『これで、王都は終わりだ!
これを止められるのは、我以外にいない!』
"暗闇の聖者"の手から投じられた壺が、空中に弧を描いた。
『都に疫病をまき散らす瘴気は、貴様らには止められまい!』
空中を舞った壺が、広場の石畳に向けて落下する。
「!」
壺が、石畳に落ちて粉々に割れた。
中から、黒い霧が吹き出してきた。
「ちぃ! やっぱり、こいつを用意してたか……最悪の展開だ!」
舌打ちしたリュードが、素早く弓を取り出した。リュードの周囲に殺到していた使い魔は、リュードの骨喰と金目銀目の子猫に屠られたのか、いつの間にか消えている。
上空に向けて、リュードが矢を放った。
リュードが放った矢は、火箭だった。
空中で火球を生じた矢尻が、流れ星のように鮮やかな輝きを放った。
◆
牛のように巨大な木組みの五台の投石器が、低い建物の影になる裏通りに並んでいた。その傍らに、松明を持った兵士が待機している。
精密な絵図面で綿密に角度と距離を計算し、投石器が石畳の道に楔で固定されている。投石器には既に木の樽が載せられ、合図で投射する準備が整っている。
攻城用の投石器も、設計したのは天狼だった。この攻城兵器の使い方は、シェルフィン達天狼が熟知している。
突然、夜空を流星のような輝きが走った。
「白星!」
五路広場の上空をにらんでいたシェルフィンが、大声で叫んだ。
兵士が、樽に付けられた導火線に火を付ける。
頭上に白い炎を曳いて飛翔するリュードの合図を見て、ボルトが兵士に合図する。
「撃てーっ!」
投石器の巨大なねじりバネを止めていたロープを、兵士が斧で切断する。
力を蓄えていた巨大な腕木が音を立てて振り下ろされ、空中に樽が投げ出された。
二階建ての建物の屋根を飛び越え、建物越しに樽が次々に五路広場に飛び込んだ。
◆
「来た!」
リュードが、一瞬頭上に視線を送った。
空中に火球がいくつも生じ、大気を振るわせる轟音が響いた。
投石器から曲射で建物越しに五路広場に飛び込んできた樽が、空中で破裂し白い粉を巻き散らす。
白煙が上がり、五路広場を包み込む。
篝火と鬼火が照らし出す広場に、もうもうと白煙が立ちこめる。
『馬鹿な!』
"暗闇の聖者"の思念に、狼狽が生じた。
使い魔のネズミを破られても動じなかった"暗闇の聖者"の思念に、小さな混乱が生じた。
サキは、砂塵除けの布で口元を覆いながら"暗闇の聖者"の様子をうかがう。
(やはり、決められた手順だけをなぞってるだけ?)
サキの読み通り、"暗闇の聖者"は、予想外の展開に対して対応が出来ない。
「宿主の習性を知るこった」
リュードの声が、淡々と響く。
叩き割った壺から飛び出した黒い瘴気の正体は、無数の蚊だった。
疫病の種を持つ蚊を、使い魔として使った。
計算では風に乗って王都全域に疫病をばらまくはずが、暗闇を照らし出す炎に引き寄せられてゆく。
「虫の使い魔を操ったのは上々だが、虫は火に呼び寄せられる」
蚊柱は、燃え上がる篝火の炎に引き寄せられ身を焼かれたり、白煙に巻かれて次々と死滅してゆく。
いつの間にか、上空で破裂した樽の中から飛散した白い粉が大広場の篝火で引火しさらに白い煙が立ちこめている。
「これは何?」
サキが、眉をひそめた。サキの方に流れてくる煙から、薬草の香りが漂っている。
「薬草を干して粉末にした物さ……この煙は大した毒じゃないが、ある種の虫にだけは効く」
火炎の熱が五路広場の外から風を呼び込み、五路広場で渦巻くため、蚊は外へ抜け出せない。
「外へ風が抜けると踏んだんだろうが」
それは、不思議な光景だった。
五路広場の花壇を中心に、白い煙が渦巻いている。
『おのれ!』
"暗闇の聖者"が杖を振りかざした。
杖の霊石から、電光が走り、"暗闇の聖者"の周囲に、いくつもの火球が生じた。
空中で火球が反転し、花壇を超えてサキを襲う。
「ちっ!」
サキが、火球をかわした。
だが、一つ二つをかわしても、次々に火球がサキを襲う。
◆
火球に対峙しながら、サキに逡巡が生じた。
(どうすれば……)
ベリアの肉体と魂を残し、"暗闇の聖者"を引き剥がすのはサキの手に余る。相打ち覚悟でベリアごと切り伏せることは可能でも、ベリアを救うことは困難だった。
(全知全能のアグネアの神よ! ベリアの肉体と魂を救い、取り憑いている魔を退けますように!)
火球が、空中に弧を描いてサキを襲う。
サキの大刀が、火球を切り割った。
火球が目の前で砕け、火の粉を散らす。サキの頬に、強い熱気が当たる。
「あちっ!」
今度は、熱のある陽火の鬼火だった。
"暗闇の聖者"の火術は、陰陽自在に火球を操ってくる。
『これで、焼け死ぬがいい!』
"暗闇の聖者"の勝ち誇ったような思念と共に、闇に浮かび上がった火球が空中を舞い、続けざまにサキを襲う。
火球をサキがよければ、石畳に落ちた火球が破裂し、足元から火の粉がサキを襲う。
突然、子猫が走り出した。
「あっ、馬鹿!」
神殿でジェム達が襲撃してきた時と、全く同じだった。この子猫は、明らかにサキを守るために自分をおとりにしている。
サキに襲いかかった火球が、意思を持っているかのように軌道を変え、子猫に襲いかかる。
急停止、急加速で方向を変え、子猫が巧みに火球の攻撃をかわす。
短く跳躍した子猫が、花壇の枯れ草の中に飛び込んだ。
全ての火球が、一気に花壇に狙いを定めて襲いかかる。
「チビッ!」
サキの、悲痛な叫びが響いた。
炸裂した火球が火の粉を散らし、花壇の枯れ草に燃え移った。
突然、ひときわ大きな炎が上がり、花壇が轟音と共に一気に燃え上がる。
数日前に子猫が姿を現したのも、この花壇だった。
そして、その花壇の中に再び飛び込んだ子猫は……。
「この野郎ぉお!」
怒りの声を上げたサキの脳裏で、何かが覚醒した。
身体の深奥で発した熱が一気に、背骨を螺旋状に駆け上がる。
その強大な熱量が、サキの手から大刀の切っ先まで到達した。
サキの怒りに反応したのか炎上する火炎を反射したのか、愛刀の柄の宝玉が突如として真紅に輝いた。
サキの愛刀が、目の前に飛び込んできた火球を両断し、そのままの勢いで愛刀が石畳を切り割った。
「!」
石畳に亀裂が走った。
『馬鹿な!』
斬撃の衝撃波が石畳を断ち割り、炎上する花壇を盾にした"暗闇の聖者"の足元へと一直線に走る。
轟音と共に巻き上げられた石畳の破片が、その衝撃波で左右に大きく割れる。
衝撃波が一直線に花壇のレンガを吹き飛ばし、炎と共に、花壇の土が大きく巻き上げられる。
"暗闇の聖者"が、長衣で顔を覆いレンガの破片から防御する。
「!」
一瞬、隙が生じた。
破片を払った"暗闇の聖者"が立ち直るよりも、サキの反応が早かった。
サキの足が、石畳を蹴った。
左右に真っ二つに分かれた炎の間から、炎上を続ける花壇の残骸に突っ込む。
サキが花壇の残骸の中に足を踏み入れた瞬間、足元が大きく震えた。
突然、炎上する花壇から何かが飛び出してきた。
「えっ? チビ?」
炎に消えたはずの子猫だった。
その時、花壇の下から閃光が走り、突如、サキの足元に魔法陣が浮かび上がった。
足元から浮かび上がった魔法陣の光が螺旋を描いて、上空の夜空に、魔法陣が青白く映し出された。魔法陣から放たれる光の帯に触れた"暗闇の聖者"の火球が、次々に閃光を発して消えてゆく。
輝く魔法陣の中、子猫がサキの一歩前を駆けている。
"暗闇の聖者"に迫るサキの大刀が、天を衝く。
サキは、"暗闇の聖者"の目前に迫っていた。
『!』
二十五年前の最後の光景が蘇ったのか、"暗闇の聖者"がとっさに喉をかばった。あの時、"暗闇の聖者"となったゾーンを倒したのは金目銀目の山猫だった。
『馬鹿な!』
だが、子猫の狙いは、喉ではなかった。
"暗闇の聖者"に迫る子猫の金色と青色の瞳が、妖しく輝いた。
暗闇の中に紫電が残像を残すように、足元から跳躍した白い子猫が"暗闇の聖者"の手首に噛み付いた。
一瞬、"暗闇の聖者"の動きが乱れた。
その隙を衝いて、サキの大刀が振り下ろされた。
『しまった!』
サキの大刀を受け損ね、手から杖が離れた。
杖が空中を舞い、ひび割れた石畳の間に突き立つ。
「あんたが杖を手放すのを、待ってたのよ!」
不殺の刃が空中で弧を描き、急反転した。
「あんたの弱点は、ここだわ!」
サキの大刀が、大気を切り裂いて切り下ろされた。
サキの大刀が狙ったのは、"暗闇の聖者"本人ではなかった。杖にはめ込まれた霊石の上から、サキの大刀の刃が落ちてきた。
杖を断ち割り、はめ込まれた霊石と大刀の刃が火花を散らした。
霊石と刃の間で赤い閃光が走り、サキの愛刀の柄にはめ込まれた宝玉が一瞬、真紅に輝いた。
『!』
声にならぬ悲鳴のような思念と共に、杖から霊石が外れ石畳に落ちて転がった。




