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ACT22 ゾーンの変貌

「その旅で……ゾーンは、太古の神殿跡を探し当てたのさ」

 デュラン候が呟いた。


       ◆


 深い森の中に突然出現したのは、苔と蔓草で覆われた石造りの構造物だった。

 四人は、周囲を探った。苔むした石碑に刻まれた太古の文字を、ゾーンは一心不乱に調べていた。

「間違いない! こいつだよ……夢の中で僕を呼んでいた物を、ついに見つけたんだ!」

 神殿の廃墟で、ゾーンが叫んだ。

 ゾーンの目の前の石版に、深い紫に近い赤黒く輝く霊石がはめ込まれていた。

「毎晩の夢の中に、こいつが出てきて僕を呼んでたんだ!」

 石版にはめ込まれた霊石に触れると、それはあっさりと石版から外れてゾーンの手の上に転がり落ちた。

 それは、何とも言えない深紫に近い色を持つ鶏卵大の宝玉だった。


 その夜以降、ゾーンの夢に出てきた事柄は、サキが手にしたゾーンの手稿に詳細に書かれている。

「まぁ、あの旅そのものは楽しかった記憶しかない……まぁ、今となっては悲しい思い出だけどな」

 カロンがそう言って、黙り込んだ。

 ボルトもデュラン候も、同様だった。忘れていた記憶が蘇ってきたのか、複雑な表情を見せている。


       ◆


「うゎっ!」

 突然、目の前に浮かび上がった火球にジェティが声を上げた。

「どうだい? すごいだろ?」

 ゾーンが指を打ち鳴らした途端、火球が消えた。

「何だ? 今の?」

「魔道の術だよ……古の英知に触れる方法を、ついに、見つけたんだ」

 ゾーンが、心底楽しそうに笑った。

 ゾーンが手にした宝玉が、深紫色に輝いた。

 王都レグノリアに戻る四人の中で、ゾーンの足取りが一番軽かった。

「ほら、あの雲……すぐに消してみせるから、見ててごらん」

 頭上の雲の一つをゾーンが指し示した。

「嘘だろ……俺達は夢でも見てんのか?」

 見ているうちに、雲が小さくなってゆく。

 ゾーンは、様々な怪現象を起こして三人を驚かせっぱなしだった。

「おいおい、ゾーン……お前は、そんな力を得て、何をしようとしてるんだよ」

 だが、ゾーンは新しい玩具を与えられた幼児のように、無邪気に笑うばかりだった。


       ◆


「王都に戻った、直後に……俺達の置かれた状況が、大きく変わったんだ」

 デュラン候が呟いた。

 王家で、大掛かりな役職の増加が発表され、王侯貴族の次男三男でも技量が優れている者が次々に登用された。

「俺達は、運良く王家からそれぞれお役目を与えられたんで、先の見えない中途半端な立場ではなくなったんだがな」

 カロンがうなずいた。

 カロンには神殿警護官の道が開かれ、ボルトは王家の剣術師範の道が開かれた。

 デュランも、新しく増員された護民官の役割が与えられた。

「だが、ゾーンは……」

 ザカリア家には、何の役職も与えられないままだった。

 相変わらず無役のままのゾーンは、新しく手に入れた強力な魔力を持て余していた。使ってみたくても、それを使って活躍する場が与えられない。

「霊力っていうのか魔力っていうのか……新しく手に入れた力に、魅入られちまったかのようだった」

 デュラン候が呟いた。

 旅から戻ってきたゾーンに、奇行が目立ち始めた。

 太古の神殿から持ち出した霊石を木の杖に埋め込み、魔道士の格好で街を徘徊する。

「占いすりゃ、百発百中だし」

 そのうち、雨を降らせるのも、見えないはずのものを見せたりと、様々な幻術を平然とやってのけ、「こんなものは、児戯にも等しい」とうそぶく始末だった。

「魔力を手に入れて、それが強大になればなるほど、奴の性格が変わってきたんだ」

「"暗闇の聖者"を名乗って、下町に出没し始めたのもこの頃からだ」

 そのうちに、ゾーンは"暗闇の聖者"を名乗り、「王都の不備を見つけた、俺の言う通りにすれば王都が救える」と王城に乗り込んで建白書を突き付けたりし始めた。

 王城から放り出されたら、今度は街の広場で民衆に訴えたり、街の中で群衆を相手に幻術を披露しては、護民官の取り調べを受けるのも再三だった。

「この都は、開けっぴろげすぎるんだ」

 ゾーンの声が、広場の群衆に訴えかける。

 王都が呪術に対して無防備だから、北東からの季節風が疫病を呼び寄せると主張した。

「王都の全てを俺に任せろ! もっと良い世の中にしてみせる!」

 だが、魔道嫌いのヴァンダール王家がゾーンの主張に耳を傾けることはなかった。ゾーンが動けば動くほど、風当たりが強くなってきた。

 神殿で騒ぎを起こせばカロン、街中で騒ぎを起こせばデュラン、王城で騒ぎを起こせばボルトが救い出す。

「どこか憎めない奴だったんだけどな……無邪気というか、頓着しないところがあってな」

 だが、街で幻術を使って大混乱を巻き起こしたりされては、さすがに三人では止められなくなった。

「何度も説得したんだが、奴は聞きやしない。

 別人みたいに、すっかり傲慢になっちまってな。

 それで、袂を分かつことになった」

 その混乱収拾に真っ先に動いたのは、ゾーンの父親ゴア・ザカリアだった。息子の不始末に、父親のゴアが聖教の異端審問に計って、ゾーンを王都レグノリアから追放するように動いた。

 ゾーンを野放しにすることは王家にとっては危険だった。だが、異端として処刑も心情的には難しい。結局、デュラン達の懸命な説得もあり、ゾーンを、人心を惑わせた罪で異端として追放という処分が決まった。

 王都からの追放という裁定がゾーンに言い渡されたのは、五路広場だった。

「その時の、奴の憎悪の眼光は忘れやしない」

 デュラン候が目を伏せた。

 だが、ゾーンは何も言わずに長衣を翻し、王都から姿を消した。

「追放されて、静かにしてくれるわけでもなくってな……一月もせずに、王家に挑戦状を叩き付けてきたのさ」

 自らが追放処分を言い渡された五路広場を、決戦の場に指定してきた。

 魔道が相手だから、魔道嫌いの王家は大騒ぎになった。

 神殿はカロン達神殿警護官が固め、王城はボルトが率いる騎士団が守りを固めた。

 そして、五路広場で対峙したのは、ゾーンの一番の親友だったデュラン候だった。

「結局……俺達はゾーンを救えもせず、止めも出来なかった」

 そう言って、デュラン候が口を閉ざした。

 サキは、真正面からデュラン候を見つめた。

「お願い、デュラン候! ここから先のいきさつを知っているのは、ゾーンと直接対決したデュラン候しか居ないわ」

 長い沈黙があった。

 サキは、忍耐強くデュラン候が口を開くのを待った。

 沈黙の後、デュラン候が語りはじめた。

 それは、親友だったゾーンを救えなかったという後悔と、天狼のような不思議な力を嫌うようになったきっかけの事件の物語だった。

「ゾーンが使ったのは、動物の使い魔さ」

「使い魔?」

 サキが、思わず聞き返した。

 ゾーンの手稿にも、そういう記述がある。そして、魔道士に扮したベリアが使ったのも使い魔だった。

「大量のカラスとネズミを、使い魔として使ったのさ」

 百を超える数のカラスとネズミが、五路広場に突入してきた。

 挑戦状の刻限に姿を現した"暗闇の聖者"は、おぞましい姿だった。

 足元が絨毯に見えるかのようにネズミの大群がうごめき、辺りが暗くなるほどのカラスが頭上を舞っていた。

 護民官の軽装の鎧では、猛り狂った膨大な数のカラスとネズミの猛攻には全く無力だった。一匹二匹は倒せても、押し寄せてくるネズミの奔流に足をすくわれ、何十匹のネズミに食いちぎられる結果しか予想できなかった。

「でも、どうやって……それを退治したの?」

「護民官に、使い魔の退治なんて出来るわけがない。

 あの時は……この屋敷の主人だった、ゼノン・リシャムードが動いたのさ」

 当時は天狼を動かせるのは、ゼノン・リシャムードだけだった。

「ゼノン・リシャムードの命を受けた天狼が、ありとあらゆる方法を駆使して、ゾーンの術を封じ込めたんだ」

 嫌な記憶が蘇ってきたのか、デュラン候が顔をしかめた。

 五路広場で、次々に襲いかかる使い魔に動揺し、敗退寸前の護民官達が耳にしたのは、甲高い笛の音だった。

 笛の音がした途端、戦況が大きく変わった。

「あれだけ大量の鷹や隼を見たのは、生まれて初めてだ」

 空が暗くなるほどの猛禽類の出現に、上空のカラスの群れが動揺を見せた。空中で悲鳴がつんざき、猛禽類がカラスを屠って散った羽根が頭上に降ってきた。

「それに加えて、猫の大群だよ」

「猫?」

「猫が群れで行動する事はないはずだが……王都中の猫を集めたんじゃないかって数の大群は、明らかに一匹のでかい山猫を先頭にして突っ込んでくるように見えた」

 ネズミの数に匹敵するような猫の大群だった。猫の大群がネズミに襲いかかり、瞬く間にネズミが餌食になった。

 サキは、デュラン候を見つめた。

「まさかその猫って……」

「褐色の山猫だ……その子猫と同じ、金目銀目だったよ」

「!」

 サキは、傍らの子猫を見た。

 サキの視線を知ってか知らずか、そっぽを向いた子猫が先の割れた長い尻尾をぴくりと動かした。

「空と足元でそんな騒ぎがある中で……五路広場で俺はゾーンと対峙した。

 説得も聞きやしないし、次々に自分の術を破られたゾーンには、戦ってる相手が元の親友だってこともわからなくなっちまってた」

 結果は、相打ちだった。

 杖で撃たれたデュランも脚を負傷したが、ゾーンの肩を切り裂いたデュランの刃が鮮血に染まった。

「心情的に、とどめは刺せなかったのは確かだが……あの深手で助かったとは思えん」

 デュランが沈痛な表情を見せた。忘れようとしていた苦い記憶なのだろう。

「でも、ゾーンは……」

「奴は、逃げた……俺も、脚をやられて追えなかった。

 だが、奴も相当な手傷を負っていたからな……どうやって、あの傷で王都から逃げ出したかわからんが……」

「じゃあ、ベリア達が冒険旅で見つけた廃屋の白骨は……」

「恐らく、そこまで逃げたところで力尽きたんだろうな。肌身離さなかったその小箱やベリアの手に渡った杖を持っていたのなら、間違いない」

 そこで、デュラン候が言葉を切った。

 不意にサキは、ゾーンの家族がどうなったのかが気になった。いくら息子が暴走したとはいえ、それを追放するというのはあまりにも重い決断だった。

「ゾーンがいなくなった後、ザカリア家は……その後、どうなっちゃったの?」

 サキの問いに、カロンが不快そうに唸った。

 しばらく唸っていたが、あきらめたように口を開いた。

「……王家の黒歴史の一つだ」

 カロンが憮然として答えた。

「黒歴史? このリシャムード家みたいなもの?」

 サキの問いに、カロンが首を横に振った。

「もう二十年も前に断絶して、ザカリア家は存在しない」

「えーっ?」

「ゴア・ザカリア……ゾーンの父親はとっくにこの世におらん」

「!」

 サキの背筋が寒くなった。

「ゾーンが騒動を起こし、死んだ後で……後を追うように亡くなっているんだ」

「ザカリア家は?」

「ゴアが亡くなって、長男もすぐに亡くなったのでな……ザカリア家はそこで途絶えた。"暗闇の聖者"の……いや、ゾーンの呪いって噂されたもんだが真実がどうだったのかは誰も知らん」

「……」

 サキは辛抱強く次の言葉を待ったが、その沈黙は別の声に破られた。

「しけた顔を突き合わせてんじゃないよ!」

 突然の声に、デュラン候達が凍り付いた。

 いつの間にか、大広間に通じる扉が開いており、そこにシェルフィンの姿があった。

「姐さん……」

 カロン達が、立ち上がってシェルフィンを見た。

「全員顔見知りだから……挨拶抜きでいくわ」

 シェルフィンが悠然と入ってきた。片手に何やら包みを抱えている。

 全員を均等に見渡す。

 最後に、リュードに視線を移した。

「話がまとまった頃かい?」

「とりあえず、"暗闇の聖者"を名乗っているのが、行方知れずのベリアだってことはわかった。そして、初代の"暗闇の聖者"ゾーンが何者で、何をやってどういう始末がついたかも全て明らかにした。

 問題は、この騒動をどう収めるかの部分だよ」

 リュードの答えにシェルフィンが小さくうなずき、酒壺と杯しかない殺風景なテーブルを見渡した。

「酒しか置いてないってのは、本当なんだねぇ」

 シェルフィンが呆れた声を出し、テーブルに包みを置いた。

「老虎から差し入れさ」

 包みを開くと、炭火であぶった肉の塊がのぞいた。

「まだ長引くからね、ちょっと腹ごしらえしましょ」

 シェルフィンは友好的に接していたが、デュラン達の表情は硬い。天狼の束ねが出てくるという意味は、この事件が並々ならない状況にあることを示している。

 言葉のない、気まずい空気の流れる午餐だった。

 薄く焼いた雑穀のパンと、あぶり肉、葡萄酒という簡素な食事を全員が無言で食べている。

「天狼も動くよ」

 全員が食事が終わるのを待って、シェルフィンがあっさりと言い切った。

「二十五年前は、使い魔をなんとか封じ込めたけど、今回はどうなるかわからないわ……あの時は、レグノリアにオズマがいた頃だったから、使い魔対決を制することが出来たけどね。

 残念ながら、今のうちらじゃ、"暗闇の聖者"に匹敵するだけの、使い魔を呼び出して使役する術者はいないわね」

「オズマ爺は? ご壮健なのか?」

 デュラン候の言葉に、シェルフィンが肩をそびやかした。

「さぁてねぇ?

 ふらっと旅に出ちゃったらしいから、どこにいるやらね」

「オズマ?」

 サキが、傍らにいたリュードに囁いた。サキの知らない名前だった。

 リュードが顔をしかめた。

「オズマって爺さんは、東方諸国の異教徒だ……法力だかなんだか知らんが、使い魔とか妖魔相手だと抜群の能力を持った異教徒の坊主だよ」

 リュードが囁き返して、嫌そうに自分の首に掛けた宝珠に触れた。

「あのジジイ……この都で、そんな騒ぎまでやらかしてたのか」

「知り合い?」

「散々、振り回されたよ」

「!」

「それにしても、あのジジイ……まさか、そんな大群の使い魔を呼び出して使役してたのか……俺にゃ、無理だ」

 リュードが顔をしかめた。だが、その言葉には不快そうな響きはなく、むしろ親しみのあふれる響きがある。

 結局、リュードの口からオズマという人物に関する詳細は聞けなかった。恐らく、リュードが剣を捨て方術士に商売替えした事と、何らかの関係がありそうだった。

 大きなテーブルの上に、大きな地図が拡げられた。

 王都の五路広場近辺の、詳細な絵図面だった。その精密で正確な絵図面は、護民官として王都の地図を見慣れているはずのデュラン候でさえ驚嘆するほどだった。

「この絵図面は?」

「あたしらが作った図面さ……この王都レグノリアの橋や広場は、全てうちら天狼が図面を引いて造ってんだから」

 シェルフィンが机上に拡げた広場の各所を綺麗な細い指で示し、それぞれの分担を告げる。

「広場を、手分けして封鎖してもらいたいの……二十五年前の騒動の時も、似たように封鎖したはずよ」

「封鎖?」

「お姫様が出て説得がうまく行かなければ、甚大な被害が出るわ。

 他の人々を巻き込むわけに行かないからね……誰一人通れないようにして、近隣の住人を避難させておくれ」

 デュラン候が、五路広場の一角を指で示した。

「北東の橋に通じる道を、封じない理由は?」

「奴が来る道だからね……全部封鎖したら、入って来れないじゃないのさ」

「どうして、奴が北東から来るとわかる?」

「ゾーンの手稿を読めば、奴の霊力……いえ、魔力の根源が何かわかるわよ。陰の霊力を使う以上、陰の霊力と結ばれた王都の結界の弱いところを衝いてくるわ」

「結界の弱いところ?」

「ゾーンは、それを見抜いたんだよ」

「わかっていて、そこをふさぐ方法は無かったのか?」

 デュラン候の言葉に、疑念がこもった。

 もしも、もっと前にその弱点をふさいでいれば、二十五年前にゾーンが起こした不幸な出来事も起きなかったはずだった。

 デュラン候には、それを承知で知らん顔を決め込んでいる天狼の考え方が理解できない。

 天狼の存在をデュラン候が嫌いになったのは、使い魔を目の当たりにしたこの事件からだった。このような異能を持った天狼に恐れを抱き、そして嫌った。

「そりゃ、わざと穴を開けてあるからね」

 シェルフィンが、奇妙なことを呟いた。

「この都は、うちらが考えている以上に複雑に設計されてる……わざと穴を開けているのも、レオナ姫の計算のうちよ」

 驚いたデュラン候の顔を見て、シェルフィンが言葉を足した。

「レオナ姫以来の天才って呼ばれてたかも知れないけど……ゾーンは、その深謀遠慮をただの穴と見誤ったのさ」

「どういうことだ?」

「これだけ大きなレグノリアの都だもの……外部からの侵入を防ぐには広すぎるわ。

 軍隊相手ならともかく、結界だけで魔力とか妖魔の侵入を防ぐのは難しいわ。

 だから、レオナ姫は意図的に一カ所弱い部分を残したのよ。

 何か悪意を持った存在が都に侵入しようとする場合、当然弱いところを狙うわ……こうしておけば、全方位を警戒しなくても済むわ」

「わざと、そこへ呼び寄せる?」

「察しがいいわね」

 シェルフィンが微笑んだ。

「攻撃の場所を限定させる……大雨で河の堤が決壊しそうな時に、わざと一部分の堤を切って、水逃がしの場所を作るのと同じさ」

「じゃあ、あの五路広場は……」

「一方向からの邪気を広場で循環させ、分散させることで邪気を弱めて他の方向へ流す働きを持っている」

「そんなことが出来るのか?」

「あの広場は、レオナ姫が最初に魔法陣を描いた場所って天狼では言い伝えられてる。

 都に蔓延する、疫病を断ち切るためにね」

 シェルフィンがいったん言葉を切り、全員を見渡した。

「ジェティは護民官を率いて、昼間のうちに広場の各所を点検……明日の夜ばかりは、全ての街灯に篝火を焚いて欲しいの……暗闇だと、こっちの分が悪いわ」

 親しげに名前で呼ばれては、デュラン候も弱い。

「わかった……他には?」

「カイ! ひとつ頼まれて欲しいことがあるわ」

 シェルフィンがボルトを見た。

「王家の武器庫から、ちょっと借り出してもらいたいモノがあるのさ」

「武器庫?」

 ボルトが驚いた声を上げた。王家の武器庫など、戦乱時でもない限り軽々しく出入りなど出来ない。平和の続いている王都レグノリアでは、年に何度か、武器の手入れの時しかその扉が開かれることはない。

「自前で作る時間が無いからね……攻城用の投石器を、兵隊ごと五台ばかり持ち出して欲しいのさ。設置場所はうちらが指示するわ」

 シェルフィンの突拍子もない指示に面食らったのか、さすがのボルトも対応に困る。

 天狼が何をしようとしているのか、皆目見当も付かない。

「わかった……攻城兵器を引っ張り出す以上、国王陛下にお話しするが、いいか?」

「御自由に……天狼のシェルフィン・ロードからの依頼って言えば、国王陛下も嫌とは言わないわよ」

 シェルフィンが言葉を切って、全員を見渡した。

 切れ長のシェルフィンの眼が、強い輝きを見せた。

「勝負は、明日の晩さ。昼のうちに、こっちも全ての準備をさせてもらっちゃいましょ」

 二十五年間止まっていた刻が動き出した。

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