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ACT21 幽霊屋敷の会談

 窓からの午後の日差しで、大広間の古い調度類が黒く輝いている。

 長いこと住む人もなく放置されていた屋敷も、リュードが住み暮らすようになってからは、妖しさもどことなく薄らいだ雰囲気だった。

 リシャムード屋敷の大広間に、奇妙な静寂が訪れていた。

 大きなテーブルを挟んでデュラン候と、ボルト、カロンがいる。

 反対側には、サキ一人が立っていた。

 リュードはサキの連れてきた子猫を摘まんで、部屋の隅に腰を降ろしている。話が終わるまで天狼は口を挟まない、という暗黙の意思を示している。

「何故、この場を選んだ?」

 沈黙を破り口を開いたのは、デュラン候だった。この屋敷の主人が何者で、王都とどんな因縁があるのかも承知している。

 天狼嫌いのデュラン候は、この場にいる不愉快さを隠さなかった。だが、自分の息子が関わった事件である以上、この場から逃げ出すほど愚かでもない。

 ある意味、護民官としての職務には忠実な人間だった。

「王家と天狼にとって、ここが唯一の中立地帯だから」

 サキがあっさりと言い切った。レオナ姫が王国を去り姿を消してから、王家の中で天狼の友であり続けたのは、リシャムード家の代々の主人だけだった。

「そして……恐らくは、二十五年前の事件の決着も、ここの主人が関わっているはずだから」

 サキは、暗闇の聖者について調べたこと、予想されることを順を追って話し始めた。

 そもそもの最初のきっかけは、サキが五路広場でベリア達四人と遭遇して、ちょっとした一悶着があったこと。

 そして、王家の依頼で行方知れずになったベリアをサキが探すことになり、事態が大きく動き出した。

 街で遭遇した謎の魔道士に扮していたのが、おそらくベリアであろうというサキの推測も話した。ベリアの扮する魔道士が、五路広場でサキが拾った金目銀目の子猫を、何故か執拗に狙っていた。

「その魔道士……恐らく、"暗闇の聖者"に扮したベリアだと思うわ。マントを翻して逃げる時、ランカス家の家紋が肩に縫い付けられた革の短衣が見えたから……マントの下は、間違っても魔道士とかの類いが身に付けない王族の服装だったわ」

 サキは、謎の魔道士の姿と五路広場で見掛けたベリアが同一人物だったことに気が付くのが遅れたことも話した。

「人相がまるで変わってたわ……口調も態度もまるで別人」

 武衛府でジェム達から聞き取った内容や、ベリア達が冒険と称して、何かを入手して戻ってきてから異変があったことも話した。

 全ての証拠を並べてみると、やはりベリアは自分の意思で姿を消し、"暗闇の聖者"を名乗っている。

「うかつだったのは、あそこでジェム達がベリアをかばっていることに気が付かなかったことだわ……ジェム達は、あんまり変わってなかったから」

 そして、彼らが持ち帰った宝箱を、サキはテーブルの上に載せた。

「この箱に見覚えは?」

「!」

 デュラン候が驚愕に目を見開いた。カロンもボルトも息を止めて宝箱を見つめている。

「忘れるわけがない……これは、俺達が冒険旅してた頃、ゾーンが使ってた小物入れだ」

「じゃあ、この手稿に見覚えは?」

 サキは、リュードが宝箱の二重底から見つけた羊皮紙の手稿を懐から出した。

「そいつも、ゾーンの持ち物だ」

 デュラン候がうめくように答えた。

 サキは、その手稿を開き、ある一節を声に出して読み上げた。


『仮説は確信に変わった。

 思索を続ける私の心が天に通じたのか、毎夜の夢に不思議な光景が浮かんでくる。

 それは、深い森の中に浮かび上がる神殿の姿だった。

 聖教の神殿ではない。

 恐らくは、太古の神域だろう。

 地図を片手に、あちこちを調べて歩いた。

 人々に忘れ去られ、森林の奥に埋没した太古の神域のいくつかを結ぶと、不思議な事が見えてきた。

 霊力の流れが大地にあることを確信し、地図に神域を印し、結んだ線が描き出したものを俯瞰すると、一つの法則が見えてきた。

 一定の法則に従って、太古の神域が存在している。その線を延ばした先に王都レグノリアがある。だが、その直前でその線が途絶えているのは不思議ではないか。

 夢に出てきた神殿を探し、仮説を照明するために旅に出た。

 私のつたない願いに力を貸してくれるジェティ、カイ、カロンの三人との冒険旅だった。

 これは、その旅の記録である』


 サキが一節を読み終えて、テーブルの向こうを見た。

 三人が沈黙している。

「ここに三人の名前が出てくるわ……ジェティ、カイ、カロンって、ここにいるデュラン候、ボルト師範、叔父貴の名前って判断してもいいの?」

「間違いない」

 渋い顔をしたカロンが、口を開いた。

「ゾーン・ザカリアは俺達の親友だった」

 ゆっくりと、カロンがその冒険旅の物語を話し始めた。


       ◆


 薪がはぜ、暗闇の中で炎が揺らいだ。焚き火の小さな炎が、暗闇の中にいる四人の顔を浮かび上がらせている。

 四人の若者がは野宿の場で、たき火を囲んで他愛のない夢を語っていた。

「俺だって王家の役に立ちたいさ……でも、戦乱もなけりゃ手柄も立てようがない。俺達みたいなのは、平時じゃ穀潰し扱いだからなぁ」

 ジェティ・デュランがぼやいた。

「武門の家柄に、産まれちまったからな……俺達は、武で仕えるしかない」

「武門のお役目は、当分増えないぞ……手柄を立てたきゃ、辺境に出て盗賊退治でもするしかない」

 カイ・ボルトが同意した。ボルト家はデュラン家よりもヴァンダール王家の中では格下だった。王家の中では、ボルト家も肩身が狭い。

 ずば抜けた剣術の腕前を持っていても、その剣を使う機会がなければ宝の持ち腐れだった。

「ジェティとカイは、まだマシさ……俺は、神官の家系で霊力がないから、それこそ本物の役立たずだ」

 カロン・シェフィールドが笑う。

 四人とも次男という家督を継がない気楽な立場だが、将来の見えない閉塞感で焦っているのが実情だった。

「俺達だけじゃないさ……お役目も与えられず、何も役に立てないで腐ってる連中はたくさんいるよ」

 ゾーン・ザカリアが、呟いた。柔らかな白金の髪を束ねた白い細面には、神経質とも言える繊細さが漂っている。

「もったいないよな……こんな状況は、王家にとっても損失だし、俺達にも何も得はないからさ」

 ゾーンは、こんな人間だった。

 己の行く末も定まらぬのに、無役の王侯貴族の子弟達の行く末までを心配している。

「だから、今の俺達みたいに、皆が王城の外に出るといいんだ」

 ゾーンが、奇妙なことを言い出した。ジェティ達には、脈絡がなく出てくるゾーンの発想に時々ついて行けなくなる。

 ゾーンの考えているのは、ジェティ達の想像を超えていた。

 それは、森を開拓して自分達の力だけで根城を作る、と言うことだった。

「役目がなければ、自分達で作ればいいだろ。

 森を切り開いて畑を作れば自給自足も出来るし、馬に乗って猟場の管理も出来る。

 昼間は何群にも分かれて、野良仕事。畑を耕し、木を切ったり、狩りをしたり。

 夜は、たき火を囲んでこうやって談笑したり」

「面白いこと考えるなぁ」

 カロンが笑った。

「雨が降ったらどうするんだ?」

「雨が降ったら? そうだな、勉強でもするかな?」

 途端に、四人の笑い声がはじけた。

 ゾーンがはにかんだ。

「森で採ってきた薬草とか調合して、王都の病人に配るとかね……魔道の知識だって捨てたものじゃない」

 ゾーンの思い付きは、壮大な夢だった。

 国を守るのは、森の中で鍛えた自分達の力だった。

 切り開いた森の中に、一つの村を作る。村そのものが、一つの学校として機能するというものだった。

「壮大な夢物語だけどさ……こんなことが出来たら、もっと世の中が良くなると思うんだ」

 そう言って、ゾーンが目を輝かせた。

 伝説のレオナ姫以来の天才と言われながらも、世間で評価されないゾーン・ザカリア。この男は、興味の赴くままに何年もの間、古文書を読んだりあちこちの場所を調べている。

 ゾーンが何を調べているのかは、カロン達にはよくわからなかった。

 だが、王侯貴族の子弟でありながら、次男三男で将来の当てもない四人だ。一月ばかり行方をくらませていても、誰も心配しない。暇と若い熱量を持て余しているが故に、ゾーンの探しているある場所を探す旅に付き合っていた。

「それはそうと、お前は何を探してんだ?」

 ジェティの問いに、ゾーンが、言葉を選んで毎晩ゾーンの夢に出てくる光景について話を始めた。

 太古の神域の廃墟が、毎晩ゾーンの夢に出てくるという。

 誰も、ゾーンが見た夢について笑わなかった。

「何しろお前は、レオナ姫以来の天才だからなぁ。

 きっと、夢のお告げでもあるんだろうな」

 霊力がほとんどないカロンが、夜空を見上げた。満天の星々が夜空に輝いている。

「俺にゃ、さっぱりだけどさ……その神殿跡があるといいよな」

「近いよ」

 ゾーンが自信ありげに語る。

「ここ数日、夢に出てくる神殿の光景が鮮明になってきたんだ……きっと二三日中に見つかる」

 ゾーンは、肌身離さない羊皮紙の手稿に挟んだ一枚の手書きの地図を示した。焚き火の炎に照らし出された絵地図には、いくつもの線が書き込まれている。

「なんだいこれ?」

「今の神殿を結んだ線と、太古の神殿跡を結んだ線の比較だよ。

 この地図を作るのに一年掛かった」

 ゾーンの仮説だが、今の神殿を結んだのとは違う霊力の流れがあるという。

「霊力の流れって言うのかな? 神殿はその力を利用する場所に建てられているんだけど……王都レグノリアの神殿は、この太古の神殿を結んだ霊力の流れを使っていないみたいなんだ」

 それは、奇妙な話だった。

 魔道に詳しいゾーン以外の三人には、よく理解できない内容だが、熱気に浮かされたようにゾーンが説明を続ける。

「力には陰陽があるのさ……でも、王都レグノリアは何故か、その力を半分しか使ってないんだ」

「半分?」

「これは、仮説なんだけどさ」

 ゾーンが、神殿を結んだ線を指で示した。

「王都レグノリアは陽の力を優先的に取り入れ、陰の力を反らそうとしてる」

「陰の力って?」

「あの世の力」

 あっさりと、ゾーンが言い切った。

「現世を陽とすると、あの世が陰……でも陰陽の力の両方を利用できれば、王都の霊力はもっと強く出来たはずなんだ。

 何故、聖教が陰の力を使わなかったのかが不思議でさ……太古の神域は陰の力も使ってるんだから、使えないはずはない」

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