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ACT18 ゾーン・ザカリアの手記

『私の名前は、ゾーン・ザカリア。

 由緒正しいザカリア一族の末裔である。

 私は、生まれついて霊力が他人より高かったようだ。魔道をこよなく愛し、この天と地の森羅万象の理を解き明かすことが唯一の願いだ。

 だが、王族の血を引きながらも王家の務めからも外れ、今は、市井に雌伏している』


 そんな記述から、羊皮紙の手稿が始まっていた。

 自分が人生で何を悩んでいるのかを、繊細で几帳面な文字で記述していた。備忘録というよりも、日々の気が付いたことを思い付くままに記録した日記のような物だった。

 日付は、今から二十五年も前だった。

 詰所にて、夜明けを待つ間、サキはリュードに渡された手稿に目を通していた。

 侵入者を捕まえたものの、第二陣が潜んでいない保証はない。

 神殿の大広場周辺が、篝火で明るく照らし出されている。

 夜勤の神殿警護官達が、朝までの警戒態勢に入った。

 捕まえた三人を逃がさないよう、またこれ以上の侵入者が出ないよう、宿直の神殿警護官達が総出で神殿全域を監視している。

 サキは、牢屋の見張り番役だった。捕まえた三人が意識を取り戻して暴れ出したり、万が一誰かが助けに入ってこないよう神殿警護官の詰め所に控えていた。

 サキの傍らで、子猫が丸まって眠っている。

 羊皮紙のページをめくるうちに、サキは奇妙な物語に引き込まれていった。


『伝説のレオナ姫の再来と評されつつも、私の心は晴れない。

 この都の魔道に対する評価は著しく低く、捨て去られた太古の技術として埋没の憂き目に遭っている』


 几帳面な小さな文字で文章が続いている。

 手跡は、その書き主の人となりを示す。その繊細な文字は、神経質で理知的な性格を物語っている。

 サキは、その線の細い文字を目で追っていた。


『聖教の教義とも異なる魔道は王家には無用、と言われた。

 だが、この強大な力を活用しようとしない王家に対する不平不満が、私の中に鬱積しつつある。

 疫病とて、魔道の力を借りれば防御できるし、それが王都の民の益となるにも関わらず、王家はかたくなに魔道を拒んでいる。

 私には、それが理解できない。

 優れた力が存在するのであれば、使いこなすべきではないか?

 魔道だけではない。

 人の使い方も誤っている。

 たったわずかな時間差で先に生まれた長男が家督を継ぎ、次男は飼い殺し。

 力を発揮する機会を与えられず、力を持て余している王侯貴族の子弟が、どれだけいるのか?』


『私には力が足りない。

 伝説のレオナ姫以来の天才霊能力者と評されながらも、それは嘘だ。

 自分の負い目、能力不足から来るレオナ姫への嫉妬、世の中に認められない不甲斐なさが、私を憂鬱にさせている。

 私には、ささやかな夢がある。

 何年も前から自問自答している。

 魔道の力をもって、都の疫病を防ぐことは可能なりや。

 予防・治療、医術・薬学を極めれば、王都の民はもっと長生きすることが出来る。

 極めさえすれば、不老・不死とて不可能ではないはずだ』


『仮説は確信に変わった。

 思索を続ける私の心が天に通じたのか、毎夜の夢に不思議な光景が浮かんでくる。

 それは、深い森の中に浮かび上がる神殿の姿だった。

 聖教の神殿ではない。

 恐らくは、太古の神域だろう。

 地図を片手に、あちこちを調べて歩いた。

 人々に忘れ去られ、森林の奥に埋没した太古の神域のいくつかを結ぶと、不思議な事が見えてきた。

 霊力の流れが大地にあることを確信し、地図に神域を印し、結んだ線が描き出したものを俯瞰すると、一つの法則が見えてきた。

 一定の法則に従って、太古の神域が存在している。その線を延ばした先に王都レグノリアがある。だが、その直前でその線が途絶えているのは不思議ではないか。

 夢に出てきた神殿を探し、仮説を照明するために旅に出た。

 私のつたない願いに力を貸してくれるジェティ、カイ、カロンの三人との冒険旅だった。

 これは、その旅の記録である』


『宝玉が夢に出てくる。深い紫色をした宝玉が、夢の中で自分を呼ぶ思念の声に、悩まされる。

「ここに来い、力を貸そう」

 思念の声が、今も私の脳裏で響いている。

「我をあがめよ、力を与えん」

 まるで私の困惑を見透かすような、思念の声が脳裏で囁いている。

 私は狂っているんだろうか?

 望めば、即座に答えが返ってくる。そして、その夢は日に日に鮮明になってくる。

 夢に見た場所に、その宝玉があった。

 そして、その宝玉を手にしてから、深夜の神秘体験があった!』


(おかしい!)

 サキは、いったん羊皮紙に綴られた手稿から顔をあげた。

 何か知れない違和感が、サキの思考を乱している。読み進むうちに、この手稿を書いたゾーン・ザカリアという名の人物の性格がわからなくなってきた。

 手跡は、その人となりを示す。

 気弱な人は文字も自信なさげだし、粗暴な性格の人間の文字もやはり粗雑になる。この手稿は誤字も書き損じもなく、難しい単語も出てくるところを見るとかなり高度な教育を受けた人間と言うことがわかる。言い回しも古風で、サキには読み解くのも難しい表現もある。

(本当に、同一人物が書き記しているの?)

 最初のページあたりの繊細な筆致は消え、このあたりの記述から、文字が大きく踊るような力強い筆致に変わっている。

 確かに、文字の癖は同一人物の特徴のある書体だが、文字の大きさとか勢いがまるで別人だった。


『謎の思念は、己の名をカーバンクルと呼んだ。

 そして、カーバンクルが垣間見せた英知は、驚くべきものだった。

 魔道の術を望めば、望んだ瞬間にその要諦が脳裏に浮かび上がる。

 どのような魔道の術も、全てが脳裏に出てくる。

 望んだ能力を、いつでも呼び出し使えるという感動がわかるか?

 それは、虚空にある英知との対話と呼ぶのにふさわしい!

 この力を全て身に付ければ、このシドニア大陸で一番の霊能力者になれることを私は疑わない!

 太古からの全ての英知が天上の星辰界に保存されている、という噂は真実だった!

 カーバンクルを手に入れた私は、魔道の全てを知る立場に立ったのだ!』


(やっぱり……人格が豹変してる)

 サキは、眉をひそめた。

 奇妙なことに、この辺りの記述から、さらにペンで書かれた手跡が乱れ始めている。

 記述も断片的で、意味の通らない言葉が書き殴られている。


『これだけの力を見せても、民衆は従わない。

 ただ恐れ、私を遠巻きに眺めるだけだった。

 我は、"暗闇の聖者"ぞ!

 だが、王家には異端と非難され、放り出されたこの無念はわかるか?』


 文字が乱れ、記述がさらに乱れてゆく。


『友だった三人にも失望した、我がこれだけの霊力を身に付けたにもかかわらず、我に協力もしない。

 むしろ、王家の側に立って、我に意見をしてくる始末だった。

 異端審問で我が追放された時も、友は助けてくれなかった。

 かくなる上は、王家に我の実力を見せつけるしかない!

 虚空にある英知との対話に成功した我に恐れる者はない。

 我は"暗闇の聖者"として、王都を変えてみせる!

 聞き分けのない者どもを、もはや相手にしては居られない。

 全てを破壊し、新しい秩序を生み出すためには、闇の力を使わねばならない!

 決戦は、明日……明日の晩、この続きをしたため、その顛末を記そう』


 手稿は、そこで途切れている。恐らくは、魔道の力を使って王都に戦いを挑み、敗れたのだろう。

「"暗闇の聖者"……いえ、ゾーンって人は、もともといい人だったんじゃん……そんな人が何で?」

 サキの目尻から、一筋の涙が流れ落ちた。

(最初の頃のゾーンって……五路広場で喧嘩した時の、ベリアによく似てるよね)

 物静かで気弱、身体も線が細い。むしろ、あどけない表情だった。

 それでいて不平不満を抱え、鬱屈した先の見えない日々を送っている。王族という恵まれた立場でありながら、その能力を発揮する場もなく、おおよそ性に合わない剣術の稽古に放り込まれて劣等感にさいなまされている。

 それでいながら、サキと子猫を襲撃した時の魔道士姿だった時の自信満々で傲慢な人相への変貌ぶりが、ゾーンの手稿と重なる。

「不相応な強大な力を得ると……人って変わっちゃうのかなぁ?」

 ゾーンの手稿を読む限り、ゾーンは強大な魔力を手にしてから、その力を持て余して暴走していったようにしか見えない。

(もし、その力を失ったら……ゾーンも、元へ戻れたかもしれない)

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