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ACT17 神殿への侵入者

 子猫の後ろ姿を追いながら、サキは驚いた。

(これは、子猫の動きじゃないわよ)

 星明かりの中、雑木林を駆け抜ける子猫の動きは俊敏だった。

 白い姿でなければ、夜目の利くサキでも捉えられないほどだった。

(化け猫だろうが何だろうが、あたしはチビを信じる!)

 雑木林を抜け、神殿の本殿と社務所の間に拡がる広大な大広場で、子猫の足が止まった。

(ここに何が?)

 サキは、気配を探った。

 祭礼時を除けば、神殿は夜間は無人で灯り一つない場所だった。社務所と参道につながる門も閉じられている。

 星空を背景に、森に囲まれた神殿の本殿と、五本の尖塔が黒々と浮かび上がっている。

 暗闇の中、子猫の金色と青色の金目銀目が妖しく輝き、虚空をにらみ唸る。

 サキも夜目が利くが、動物にはかなわない。

 子猫が睨みつけたのは、サキの背後だった。

(来る!)

 後方から、大気を切り裂き強烈な一撃がサキを襲った。

 振り向いて確認する余裕がない。

 サキは大地を蹴り、ためらわずに前方に身を投げ出していた。そのまま身体を丸め、石畳の上を転がった。

 頭上を、強烈な風が舞った。

「何者!」

 石畳を転がりながら、サキは抜刀していた。

 地面すれすれを、大刀の刃が薙いだ。並の相手なら、足首をなぎ払らわれて転倒している。

「!」

 驚くべき跳躍力を見せ、影が跳んだ。

(何? 今の動き、人間?)

 サキは驚愕しながらも、体勢を立て直す。

 暗闇の中に立つ相手は、とても人間とは思えなかった。

 着地と同時に、素早くサキめがけて踏み込んでくる。

 頭上から落ちてくる剣を、大刀が受け止める。

「!」

 サキの頭上で、刃の噛み合う衝撃と火花が散った。

 恐ろしく強い斬撃力だった。

(狂気?)

 これだけの怪力を発揮できるとは、サキも予想していなかった。

 サキは、相手を見据えた。わずかばかりの灯りの中で、覆面をしている姿を捉えた。

 その両目に宿る禍々しい色は、正気の人間のものではない。

 何者、という疑問などサキの脳裏から消し飛んでいる。

 まず、こいつを倒さなければ、それどころではない。

(来る!)

 横薙ぎの一閃が、再びサキを襲う。

 素早く立ち上がったサキが、刃を立てて受ける。

「くっ!」

 サキの身体が、受けた大刀ごと水平に吹っ飛ばされた。

 横っ飛びに一丈も弾き飛ばされ、転倒する直前に石畳を革のサンダルが捉えた。摩擦の音を立て、サキの身体が何とか止まる。

(うかつだったわ)

 サキが、崩れた体勢をかろうじて立て直す。

 これだけの力を人間が発揮できることに驚き、遅れを取った。

 再び、子猫の警戒した鋭い鳴き声がした。

「ちっ!」

 側方から、剣が突き込まれてきた。

 予期せぬ方向からの切っ先の襲撃を、サキはかろうじてかわした。

 側方に、いつの間にか二人目がいた。

 二人目は、がっしりした体格だった。

(何人いる?)

 かわすと、今度は左から刃が襲ってきた。

(三人?)

 どの攻撃も、人間離れした鋭いものだった。サキは大刀を旋転させて、相手の刃を弾く。

(おかしい!)

 サキは、戦いながら眉をひそめた。

 生身の人間を相手にしている感覚がない。

 サキが遅れを取ったのは、相手が気配を消して襲ってきたからだった。

 もしも相手にわずかばかりでも殺気があれば、サキは暗闇でもその存在を察知できる。

(まるで、木偶を相手にしてるみたいだわ)

 戦っていれば、当然感じられるはずの気配がない。

 気配もなければ、殺気もない。

 相手の殺気も感じられない上に、サキの放つ殺気にも反応がない。

 サキが刀を抜くと、その殺気は周囲の森の鳥や小動物が目を覚まし、不安げに鳴き叫ぶ。

 人間も同じだった。

 サキの放つ殺気に反応し、殺気とかその人間固有の気配が跳ね返ってくる。

 だが、この男達からは何の気配も跳ね返ってこない。

 だが、相手は幻ではなかった。

 襲ってくる剣は、強烈な早さと破壊力を秘めている。

(こいつら、まさか魔物? 本当に生きてる?)

 墓場から死者が蘇ってきたのではないかという、不吉な思いがサキを襲う。

(こりゃ、普通の手じゃ難しいわ)

 三人の攻撃は、一言も発しないが連携が取れている。一人に注意を向ければ、即座に残りの二人がサキの次の動きを制する位置に動く。

 サキは、いつの間にか三人に囲まれている。

「えっ?」

 子猫の鳴き声がした途端、三人が子猫に刃を向けた。

 サキに対する包囲が崩れた。

 子猫をめがけて、刃が襲いかかる。

「あっ! 馬鹿っ!」

 サキは、子猫の危機に反応して、己の迷いを断ち切った。

 わずかに身を沈めて、石畳を蹴った。

(間に合うか?)

 サキが突っ込むのよりも早く、一人の男が剣を振り下ろした。

「!」

 見たことがない俊敏さで、子猫が千鳥に走った。

 巧みに刃をかわす。

 サキの動きを見て、二人目の男がサキの前に立ちふさがるような動きを見せた。

 男が剣を振りかぶった直後、異変が起きた。

「?」

 サキに斬りかかりかけた一番大きな男の動きが、止まっている。

 のけぞったまま、のろのろと両手を降ろす。

 覆面の中に双眼から、光が消えた。

「リュード!」

 サキは驚いて、男の背後に立つ影を見つめた。

 どこから侵入したのか、そこにはリュードの姿があった。

 首から掛けた宝珠が、星明かりで微かに光った。

 リュードが、背後から掴んでいた男の腕を放した。

 力を失った手から、大剣が落ちた。

 リュードが、背後から男の背中を蹴った。

 肩幅の広い頑丈な男が、ゆっくりと倒れ込んでくる。

 子猫の鋭い鳴き声が、響いた。

「危ないっ!」

 サキは、子猫が最初の男に向けて掛けてゆくのを見て、顔色を変えた。いくら動きが俊敏でも、逃げ回るならともかく飛び掛かっていくのは無謀だった。

 あの素早い刃が相手では、ひとたまりもない。

「チビ!」

 子猫が跳躍した。

 横薙ぎの刃を飛び越え、男の顔を引っ掻いて頭を踏み台に、さらに跳躍する。

「ぎゃっ!」

 一瞬の隙が生じた。

 サキが、瞬時に刀を左手に持ち替えた。

 右手で振った時と、刀の軌跡が異なる。

 予想より伸びた刃が、男の手首を打ち据えた。

 男の手から飛んだ剣が宙を舞い、石畳に落ちる。

 跳ね上げた大刀を頭上で再び右手に持ち替え、サキが身を沈めて男とすれ違う。

「!」

 刀の柄頭が、深々と男の鳩尾にめり込む。

 サキは止まらなかった。

 そのまま逆方向に身を翻し、返した大刀が動きを止めた男の反対側から襲いかかる。

 強かに背中を打ち据えた大刀に、男の身体が石畳に倒れ込む。

 顔面から、石畳に落ちた男はぴくりとも動かない。

 二人が倒されたのを見て、三人目がためらわずにきびすを返した。仲間を平然と見捨てて動けるのは、一切の感情を持たぬが故か。

「そっちに行った!」

 リュードの声がした途端、暗闇で気配が動いた。

「ぎゃぁあっ!」

 三人目が暗闇に逃げ込んだところで、獣のような絶叫が響いた。

 大きな背中が、暗闇からよろよろと後退してきた。

 サキの前に姿を現すなり、サキの目の前で膝をついて倒れた。

「えっ? 何が起きたの?」

 サキは、傍らのリュードと倒れた三人の男を交互に眺めた。

 暗闇から、人影がわき出てきた。

 姿を現したのは、老虎のシェルフィンだった。

「シェル姐さん……」

 サキが、驚いてシェルフィンを見上げた。

 荒事にシェルフィンが自ら出てくるのは、極めて珍しい。

 老虎にいる時と同じ濃紺の上下を身にまとったシェルフィンが、暗闇の中で苦笑した気配があった。

 サキを見つめる目は、相変わらずの涼しげな眼差しだった。静かにたたずむシェルフィンには、一瞬で男を倒したようにとても見えない落ち着きがある。

「あたしは手出ししないで、見守るつもりだったんだけどね」

 ぺろっと舌を出して、肩をすくめてみせる。

「つい手が出ちゃったわ」

「助かったわ……でも、リュード、シェル姐さんまで……どうしてここへ?」

 神殿の門は、夜間は通常ならば閉じられている。そう簡単に侵入を許すほど警備も甘くはない。

 だが、三人の侵入者もリュードとシェルフィンも神殿の大広場までこっそり出入りできるのが不思議だった。

 どこから、どうやってというサキの疑問に答えず、リュードが懐に手を突っ込んだ。

「こいつを、少しでも早く渡そうと思ってね……そしたら、一足早く騒ぎが起きてたってわけだ」

 リュードが、羊皮紙の手稿をサキに手渡した。

「こいつの中身が、この騒動を解く鍵になる」

 人声が響き、神殿警護官の詰め所辺りで灯りが付いた。

 騒ぎに気付いた宿直の神殿警護官が、こちらに集まってくる気配があった。

「おや、周りが気付いちゃったわねぇ……部外者がうろうろしてると説明が面倒だから、あたし達は退散するよ。

 お姫様、後始末はよろしくね」

「姫さん、昼頃に老虎で会おう。そこで子細を話そうや」

 リュードとシェルフィンが、闇に姿を消した。リュード達天狼は闇の住人だった。天狼は、表立っては決して動かない。

 ほんの一瞬の隙に姿を消した二人の姿を闇に透かし見ようとして、サキは足元の子猫の鳴き声に気が付いた。

 先程までのどう猛な姿は消え、いつもの子猫の姿に戻っている。

「無事で良かった……お前に助けられたわね」

 サキは、リュード達がどう消えたのかを考えるのをあきらめ、子猫を抱え上げた。

 子猫に導かれて神殿の大広場に来たのもそうだし、子猫が警戒の鳴き声を上げなければ不意打ちを食らっていただろう。

 まして、自らをおとりにして包囲を破ってくれなければ、リュード達が駆けつけるまでサキ一人で持ちこたえれたかわからない。

 サキは、子猫の顔を正面からしげしげと見つめた。

「でも、お前……やっぱり、何モノなんだい?」

 だが、金目銀目の子猫は、屈託のない顔でサキを見つめ返すだけだった。

 松明を持ったカロン達が姿を現した時には、そこにはサキと倒れた三人の侵入者の姿だけだった。

「叔父貴! こいつらを縛り上げて!

 恐ろしい馬鹿力持ってるから、気を付けて!」

「こいつらが、そんなに馬鹿力を持ってるとは思えんがなぁ」

「あたしが襲われたの! 水平に吹っ飛ばされたわ!」

 カロンが、倒れた男の覆面をはいで松明の光で素顔を改める。

「ジェム……おい、サキ! こいつはデュランのとこの次男坊だ!」

「ジェム・デュラン、キーラ・トロム、レビン・トロムの三人よ……行方知れずのベリアとつるんでた悪友だわ」

 サキは、そう言い捨て大きくため息をつきながら夜空を仰いだ。自分の勘働きの鈍さが嫌になる。

「やっぱり、この三人はベリアの行方を知ってたのね」

 この三人を監視して追っていれば、ベリアの行方がわかったかも知れない。

(でも……何故、チビを狙う?)

 ベリアの悪友までが、金目銀目の子猫を狙って神殿に侵入した。

 ベリアが、金目銀目の猫を狙った謎の魔道士に扮していたのは間違いない。

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