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ACT16 猫又の妖怪

『火術の要点

 風の扱い方

 雨を降らせる、雲を消す聖なる実験

 傀儡の術

 反魂・鎮魂法

 闇の力を取り入れる法

 あの世とこの夜を結ぶ門が生じる法則がある。

  生死を分ける門の存在は、そこに常にあるわけではない。

  星々の運行、刻限によって、出ずる場所が変わる。

  その生成の法則は、下記の公式による。

 使い魔についての考察

  己の血肉で育てた使い魔は、裏切らない。

  最強の使い魔は『蟲毒』である。

 王都の弱点を発見

  王都レグノリアは、陽の霊力の循環を利用している。

  陰の霊力を使わないが故に、陰陽の接する一カ所に

  脆弱な部分がある。

  ここをふさげば良いのに、その穴が放置されている。

  それを証明し、それを防ぐ方法を実証すれば良い』


「なんだ、こりゃ?」

 宝箱の二重底から出てきた手稿を判読していたリュードが、奇妙な声をあげた。

 古びた羊皮紙に、奇妙な走り書きが並んでいる。

 長い年月で文字も変色したりかすれたりしているが、丁寧に判読すればその文字を追うことは容易だった。

 古語や、異国の言葉が混じっている。

 あちこち放浪していたリュードも、あちこちの国の言語を知っているが、さすがに知らない言葉も多い。老虎の二階の個室で、シェルフィンと二人がかりでの判読作業が続いている。

 老虎の机上には、何枚もの紙が並び判読した文言が書き散らされている。

「あちこちの魔道やら方術やらの知識を、継ぎ合わせたみたいだ。

 備忘録っていうより、思い付いた言葉を並べただけに見えるがなぁ」

 判読しながら、リュードがぼやく。

「どっかの予言者が、酔っ払って書き散らした散文詩みたいだ」

 羊皮紙の一枚をめくる。


『友だった三人にも失望した、我がこれだけの霊力を身に付けたにもかかわらず、我に協力もしない。

 むしろ、王家の側に立って、我に意見をしてくる始末だった。

 異端審問で我が追放された時も、友は助けてくれなかった。

 かくなる上は、王家に我の実力を見せつけるしかない!

 虚空にある英知との対話に成功した我に恐れる者はない。

 我は"暗闇の聖者"として、王都を変えてみせる!

 聞き分けのない者どもを、もはや相手にしては居られない。

 全てを破壊し、新しい秩序を生み出すためには、闇の力を使わねばならない!

 決戦は、明日……明日の晩、この続きをしたため、その顛末を記そう』


 羊皮紙の手帳は、そこで記述が唐突に途切れている。

 殴り書きのように乱れた文字の羅列からリュードが顔を上げ、傍らのシェルフィンと顔を見合わせる。

「こいつは……?」

 リュードは、羊皮紙の綴りを机の上に放り出した。

「"暗闇の聖者"?

 その名前に、聞き覚えはあるが……とっくに、あの世に行ったものと思ってたんだどなぁ」

 リュードが首をひねった。

 "暗闇の聖者"と名乗った魔道士が王都レグノリアを騒がせたという伝説は知っている。だが、それは解決済みの話で、"暗闇の聖者"が蘇ってきたという噂話は聞いたことがない。

「とんでもないのが、また出てきたわねぇ」

 シェルフィンの表情が曇った。

「あたしが、天狼の束ねを継ぐ前の出来事ね……あたしが、隠れ里からレグノリアに呼ばれるよりも、ずーっと前の出来事だよ」

「あの時は、天狼が動いたんだろ?」

 リュードの問いに、シェルフィンが小さくうなずいた。

 シェルフィンが手を伸ばし、リュードが机上に放り出した手稿を再び開いた。

 あちこちの記述を読み直す。

「"暗闇の聖者"……あの頃は、お姫さんみたいな約定を継いだ者はいなかったんだけどね……放置しといたら、天狼側にも死人が出かねない騒動になっちゃったから、ゼノン・リシャムードが大号令掛けて天狼を動かしたって話だけどねぇ」

 シェルフィンが、羊皮紙の手稿を静かに閉じた。

「ゾーン・ザカリア……伝説のレオナ姫に匹敵する霊力の持ち主、とも評された天才……それが、さらなる強大な霊力を得ようとして暴走しちゃって、異端として追放されたって聞いちゃいるけど……何がどうなって、どう決着付けたかの詳細は、さすがにわからないわね」

 シェルフィンが、首を横へ振った。長い黒髪が揺れる。

「でも、この書き付けの内容からして、本物の可能性が濃厚ねぇ」

 手稿の内容を判読した結果からして、作り物とは思えなかった。

「俺もそう思う。

 でも、脈絡なしに幻術の理合や実現方法を書き付けたのが不思議でね……あんなもん、何年も掛けて身に付けるもんだぞ」

 記載されている幻術の類いの記載は、方術士のリュードの目から見ても間違いではない。

「誰かの……いえ、古の英知に触れた?」

「可能性はあるが……いや、まさかなぁ」

 リュードが、首に掛けられた宝珠に触れた。宝珠を見つめ、複雑な表情を見せる。

「何か思い出したのかい?」

 シェルフィンに促され、リュードが小さくうなずいた。

「五路広場で遭遇した魔道士……恐らく、ベリアだと思う。

 持ってた杖に、深紫色っていうか赤黒い蛇の目玉に似た霊石が埋め込まれてた。

 ラウが言うには、お宝と一緒に白骨が転がってて、それを拾ってきて……売らずに持ってった、って言ってたな」

「霊石、ね」

「霊力に反応する宝玉って、別に珍しいものじゃない。

 姫さんの大刀の宝玉もそうだし……あの杖の宝玉が、オヤジの見立て通りの霊石だったとしたら……」

「太古からの英知を受け継いだり、記憶をため込んだりする霊石ってことねぇ」

「この手稿を見る限り、この手稿を書いた主は……霊石に溜め込まれていた大昔の記憶を、うっかり引き出しちまったとしか思えなくってね」

「じゃあ、その大昔の誰かの記憶を使って悪さした?

 この書きっぷりだと、何か低級霊に憑依されちゃってるみたいな雰囲気だよ」

 霊石を埋め込んだ杖を手に入れたベリアが、その霊石の影響を受けておかしくなったのは間違いなさそうだった。二十五年前の"暗闇の聖者"の亡霊に憑依された可能性がある。

 一人の王族の若者が、どこかへ姿を隠しただけでの騒動ではない。この手稿の内容が真実ならば、この騒動がもはや王家の手に余る事を示している。

 老虎の店内に、しばらく沈黙が続いた。

 ランプの灯心が微かに音を立て、炎が揺れた。

 何かに思い至ったのか、再び手稿を手にしたリュードが不意に顔を上げた。その一節に目を止めて唸り声をあげた。

「虚空記憶か……厄介だな」

 リュードが顔をしかめた。

「昔っから、そんな夢物語を信じる奴は多いんだ。『太古からの全ての英知が天上の星辰界に保存されている、俺はその英知に触れた!』って、低級霊にたぶらかされて、おかしくなっちまう奴は多いが……そのくせ、なまじ中途半端に神通力を発揮するから厄介なんだよな」

「そんな不幸な末路は……異端として、どっかに消えちゃう魔道士とか神官に多いわねぇ」

「真面目に修行してりゃ、そんな神秘体験なんざ普通にあるしなぁ……欲に目がくらんでそこで枝道に入ったら、一発で魔に魅入られちまう。

 目先の損得で動くから、そこで修行が止まっちまうのさ。それを無視して前に進まないと、本当の修行に到達しないんだけどな」

「あんたは、どうなんだい?」

 シェルフィンの言葉に、リュードが顔を上げた。

 シェルフィンの切れ長の鋭い目が、静かにリュードを見つめている。リュードの方術が、サキが言うイカサマでないことをシェルフィンが一番知っている。

 本物を偽物に見せ掛けられるのは、かなり高度な実力の持ち主の証拠だった。剣術の腕もそうだが、リュードは自分の実力を巧みに隠している。

 リュードが、鼻を鳴らして笑った。

「はなから、そんな神通力なんか当てにしちゃいないのでね」

「あってもいい、なくてもいい……リュードらしいわ」

 シェルフィンが、苦笑を見せた。

 方術士としてのリュードがどの段階にいるのか、シェルフィンにもうかがい知れないが、変な方向に進んでいないことは理解できる。"骨喰(ほねばみ)リュード"とまで評された剣士でありながら、あっさりと剣を捨てたのも、その先の道に何があるのかを洞察したからだろう。

「俺のことは、どーでもいいが……こいつは、どうしたもんかなぁ。

 どうやら、本物の"暗闇の聖者"が復活しちまったらしい」

 リュードがうなり声を上げて、肩まで伸びた自分の黒髪を引っかき回す。

 こういう不可思議な騒動が大好きなリュードでも、喜んで首を突っ込みたくない相手だということはわかる。

 シェルフィンが、考え深げな眼で手稿を眺めて、小首を傾げた。

「なんでまた……今頃になって、あの世から迷い出てきたのかしらねぇ」

「恨みを抱いて死にきれなかった……で、運悪く遭遇した連中に取り憑いたってことか?」

 リュードが、顔をしかめて大きなため息をついた。

「何代に渡って、変な記憶を蓄積してきたのか知らんが……本当に迷惑な話だぜ」

 リュードが、羊皮紙の書き付けを懐に放り込み、立ち上がる。

「こいつは、急いで姫さんに知らせた方が良さそうだ」

「あたしも行くよ」

 シェルフィンが立ち上がった。リュードは、ちょっと驚いたような表情を浮かべてシェルフィンを見た。

「シェル姐さんが出馬するとは珍しい」

「こいつは、天狼も関わる話だからね」


       ◆


「ちょっと、チビ! あんた、どうしたのさ?」

 サキの問いかけにも、子猫が反応しない。

 自宅に戻っても、子猫の様子がどこかおかしい。

 虚空を見つめたり、急に唸ったり、落ち着きなさげに部屋の中をぐるぐると回ったり、明らかにいつもと違う様子を見せている。

 幽霊屋敷に封じ込まれている妖怪やら精霊やらと遭遇したことで、まるで何かを思い出したような変貌ぶりだった。

「また?」

 虚空をにらみつけた金色と青色の瞳が、妖しく光った。

 突然唸り声を上げ、身体を縮めた。

 尻尾が膨らみ、毛を逆立てている。

「えっ?」

 子猫が、突然跳躍した。

 空中の何かに飛び掛かって噛み付くような動きを見せ、着地すると何事も無かったように前足で顔を撫で始めた。

(今、この子、何に飛びかかったんだろ?)

 確かに、サキの目の前でチビが跳躍して何かに飛びかかったのを見ている。だが、そこには何も居なければ、サキには何の気配も感じられなかった。

「また、元に戻った……お前、どうしちゃったんだい?」

 先程までの威嚇するような動きが消え、いつもの子猫の動きに戻っている。

「でも確かに、この子……成長が早すぎるわ」

 サキは、子猫の動きを見つめて、微かに眉根を寄せた。

 まともに階段も上り下りできなかったのが、一晩で普通に上り下りし、昼には成猫を上回る跳躍力を見せた。

 今では、棚の上に飛び乗ったり降りたり自由自在に動き回っている。

(やっぱり、妖怪なのかしら?)

 見かけは愛らしい子猫の姿だが、その俊敏な動きは子猫のものではない。時折見せる鋭い動きは、どう猛な山猫のそれだった。

『金目銀目の猫は不吉な兆しだ! 金目銀目が姿を現す時、街に疫病が流行する!』

 突然、サキの脳裏に謎の魔道士の言葉が蘇ってきた。

(セアラ姉さんとスーちゃんが熱病になったのも、もしかしてこの子のせい? 霊力をごっそり吸い取ったってスーちゃん、言ってたよね)

 サキは、急に得体の知れない不安に襲われた。

 足元の子猫を拾い上げて、サキは強く抱きしめた。

「まさか、妖怪じゃないわよね」

 だが、子猫の答えはない。きょとんとして、サキを見上げている。

「あたしは、チビを信じてる!」

 得体が知れないから殺してしまうとか、どこかに放り出すという事は考えたくなかった。それでは、天狼の持つ異能を恐れ排除しようとした王家と何ら変わりがない。排除でもなく、棲み分けでもない、第三の道はないのか。

 突然、猫が虚空をにらみつけ、毛を逆立てて威嚇の声を上げて、サキの手の中から飛び出した。

 部屋の入り口から、廊下へ走り出す。

「ちょっと! どこ行くの?」

 驚いたサキが、子猫を追った。

 子猫は、階段の踊り場で振り向いた。

 サキの方を見上げた金目銀目の瞳が、不思議な輝きを見せる。今までサキに見せたことがない、強い意志を持った輝きだった。

「チビ! お待ちったら!」

 サキの言葉がわかるのか、再び階段を駆け下りようとした子猫が、急に足を止めた。

 サキの方を振り向いて、強い声で鳴いた。

 まるで、「付いてこい」と言わんばかりの行動だった。

 何かが起きる。

(外で、何か怪異が起きてる!)

 サキの直感も、何かの異変に気が付いた。

「わかったわよ、あたしが付き合えばいいんでしょ!

 こうなったら、あなたが妖怪だろうが何だろうが、とことん付き合ってあげるわ!」

 意を決して、サキが大刀を持った。

 子猫が外に走り出るのを、暗闇の中でサキが追う形となった。

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