ACT12 サキの手料理
「さて、っと……うーん、どうしようか?」
勢い込んで厨房のかまどの前に立ったサキが、途方に暮れていた。
シャツの袖をまくり上げ、やる気満々で厨房に飛び込んだ。
だが、いざ厨房に入ると、整然と並んでいる調理道具に圧倒されてしまう。
「どこから手を付けようか?」
壁の棚には、様々な調味料や料理器具が整然と並んでいる。きれい好きのセアラが、使いやすいようにと工夫を凝らした棚の配置だった。
だが、厨房に立ち入ることがないサキには、どこに何があって、どう使うのかわからない。
刃物は使える。
鍋も使い方はわかる。だが、かまどに据え付けられた大きな天火は、触ったことがない。
火は起こせるが、サキは料理などやったことはない。勢いだけでの料理だった。
「まぁ、やってみましょ」
とりあえず、手近な鍋に水を張り、かまどに載せた。
火打ち石で枯れ葉に火を移し、小さな枝を折って焚き口に放り込んだ。
冬場に広間の暖炉に火を起こしたりはサキもやるので、火の扱いは心得ている。
いくつかの薪をくべて、火を大きくする。
子猫の餌としてバザールで買ってあった山鳥が、厨房の隅にぶら下がっている。
「生きとし生けるもの、日々の糧として犠牲になってもらったことに感謝します」
サキは、山鳥の冥福を祈ってから、吊していた鉤から外して降ろした。昨日に締めて血抜きされている山鳥の羽をむしってから、適当に解体し始める。
大雑把に切った鳥肉を、鍋に放り込む。
火が通った肉片をいくつか皿に移し、戸棚に置いた。
「これは、チビの御飯用っと」
シェフィールド家の中で一番贅沢なのは、肉食の子猫だった。
「後は、煮ればスープになるかな?」
普段食べているセアラの料理から、逆に調理方法を想像してみる。
厨房の隣の食料置き場には様々な食材が保存されている。食料の在庫は潤沢だった。屋敷の裏手には、小さな菜園と果樹園もあり、新鮮な野菜類の供給もある。
キャベツ、蕪、人参、青菜、香草類、豆、雑穀、塩漬けの豚肉、腸詰め、鶏卵、干し肉、干し魚、干しキノコ、干し果実、木の実がある。
「野菜は、適当に切って」
サキの手に掛かると、下ごしらえも順番もあったものではない。
目分量というより、サキの直感頼りだった。
片っ端から鍋に放り込む。
煮立ててしばらくすると、何か得体の知れないどろどろとしたものが出来上がった。
「塩味だけで大丈夫かな? 香辛料入れた方がいいかな?」
味見をして、適当に味を足してみる。
想像とは大幅に異なる味だが、とりあえず、サキなら食べられる範疇には収まった。
「パンは小麦粉を水で練るんだよね……確か」
パン種を一晩寝かせる、という知識はサキには無かった。
「とりあえず、小麦をこねればいっか」
小麦粉を練り始めた。水を入れ、練ってゆくが、全ての分量が「こんなもんかな?」という勘頼りだった。
天火の使い方がわからずに火加減を誤り、パンを焼くはずが、できあがったのは黒焦げの何かだった。
厨房に、サキの試作品、というよりも失敗作が並んでゆく。
(セアラ姉さんの頭の中にある、料理の知識がそのまま引き出せたら便利なのにね)
サキは、数日前のセアラとのやりとりを不意に思い出した。
(人が考えなくなっちゃうから、逆に世の中が愚かになる、かぁ)
書物のようにその人の記憶が全てそのままどこかに残ってて、そのまま受け継げたとしたら、世の中が豊かになるのではないかという、サキの思い付きに対して、セアラは否定的だった。
『大きな失敗はないかも知れないけど、昔の人々が見つけられなかった新しい事も生まれない……そういう意味では、記憶だけじゃ駄目って事ね。
無から有を生み出せることが、人の素晴らしいところだもの……そこそこ不便でも、頭を使わなきゃね』
セアラの言葉が、サキの脳裏に蘇ってきた。
サキは何となく、セアラに叱られてる気分になってきた。
「頭を使わなきゃ、ね!」
小さく首を振ったサキは、次の挑戦を始めた。
再挑戦した小麦粉を練って焼いたパンらしきものは、ちょっと目を離した隙に再び黒焦げになって失敗した。
三回目にして、なんとか食べれそうないびつな塊が焼き上がった。
食堂のテーブルに、出来上がった料理を並べ、再び厨房に立てこもる。
「問題は、セアラ姉さんとスーちゃんの御飯ね」
サキが、腕組みをして鍋をにらんでいた。
だいぶ、失敗に慣れてきた。食材を目の前に並べ、どんな料理が出来るかを想像し、調理の手順を考える。
「こりゃ、煮るしかないわね」
サキは、小麦粉をひとつかみ鍋に放り込んだ。
「小さく切ってどろどろに煮込めば、何とかなるでしょ」
◆
勢いだけで料理に初挑戦したのだから、結果は惨憺たる出来映えだった。あちこち焦げたいびつな形のパンらしき代物と、スープに似た何かがテーブルに乗っていた。
「昔は、もっと質素だったからなぁ」
神官長の祖父は、あまり驚かなかった。むしろ、サキの初めての料理の苦戦っぷりを心底から面白がっている眼だった。
「親父ぃ、笑ってる場合じゃないでしょーが」
カロンが、神官長を親父呼ばわりすることは珍しい。
確かに、当主のダンと弟のカロンにとっては父親だが、霊力がないカロンにとっては雲の上の存在だった。普段は、神官長と呼ぶのが普通だった。
「親父が腹壊さないか、心配してるんだから」
「まぁ、それも良し……何しろ、あのサキが初めて厨房に立ったんだから、食べないと失礼に当たる」
「いや、これはヘタすると毒に近いかも……」
そう言いながらも、カロンは神官長である父親の教育方針に、内心舌を巻いた。
霊力が不足し、神官の道を閉ざされて下町に入り浸っているカロンを一度として叱責したことがない。サキがカロンと同じようにやりたい放題の野生児に育っても、いつもニコニコ笑っていた。
不意に、カロンは常日頃から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「ふと、思い出したんですが……親父は、どうしてサキが天狼との約定を受け継ぐことに同意したんですかね?」
「そりゃ、サキが七つの時にお前みたいな神殿警護官になりたいって言って、宝物庫からレオナ姫の大刀を持ち出してきた来た時から、覚悟は決めてたよ」
「止めようとは思わなかった?」
「かけらもな。カロン、お前が神殿警護官になった時も止めなかったぞ」
「そりゃ、確かに……でも、背負わされる目方が違いませんかね?」
「本人が選ぶ道に文句を付けても仕方ない……本人がやりたいようにやって、行き詰まって問うてきたら示唆は与える……シェフィールド家の教育方針は、昔からそんなもんだ」
カロンは、小さなため息をついた。
確かに、その通りだった。
シェフィールド家は、子供に最低限の教育は受けさせるが、後は本人任せだった。親があれこれと子供に指図することはない。
おかげでカロンもサキも、霊力がないにも関わらずそれぞれの特技を活かして暮らせている。
「未知なる味との出会い、か」
神官長が、興味深げに木匙を皿から持ち上げた。細い繊維状の何かが、木匙からぶら下がっている。
「昔は、パンと豆の入った薄いスープか、雑穀を煮た粥が毎度毎度の食事で、これにチーズでもあれば御馳走の部類に入ったもんさ」
「目下の問題は、そのパンなんですけどね」
皿の上で、焦げて炭化した部分を削り落としながらカロンが嘆いた。
皿の上に、黒い破片が積み上がってゆく。
「予想はしてたが、予想をはるかに上回る男前な料理だった」
カロンは、小声で呟いた。
神官はいかなる時でも、供された料理に対して文句は言わない。ありがたく頂戴するのが不文律とはいえ、さすがにこれを料理と言えるか疑問だった。
「昼飯は、街から何か取り寄せます」
カロンが、厨房のサキに聞こえないよう小声で囁いた。
「問題は、セアラとスーの食事だな」
神官長が呟いた。
二人とも熱を出していて食欲がないが、無理してでも何か食べさせなければ体力が戻らない。だが、これを食べて食あたりにでもなったら目も当てられない。
カロンが、厨房への扉を眺めながら、小さくうなずいた。
「まぁ、熱が引かないので食欲ないのが幸いだ……今は薬湯と果物でしのいでる」
◆
厨房の騒ぎは、二階の寝室にまで聞こえてきている。おまけに、厨房から流れてくる焦げた臭いは、風邪をひいて鼻の利かない二人にでもわかるほどだった。
「あの物音と臭いは、サキ姉ちゃんが料理してるってこと?」
寝台の中のスーが、不安げな声を出した。
丸くなって眠っていた子猫が、スーの枕元で身を起こして伸びをした。
サキに厨房を追い出されたのか、騒動から逃げ出したのか、子猫も二人が寝込んだ部屋にずっといる。子猫は子猫で、セアラとスーの寝台を交互に行ったり来たり忙しい。どちらかの枕元でしばらく眠り、起き出しては反対側の寝台にご機嫌伺いに来る。
先に発病したスーの熱は、もうかなり下がっている。
隣の寝台で、セアラが微かに身じろぎした。一日遅れで発病したセアラの方は、まだ熱が引かない。
物憂げにスーの方に首を回して、セアラがかすれた声を出した。
「あたしが無理してお料理しようとしたら、サキが『あたしがやるから大丈夫!』って追い返されちゃったから……たぶん、厨房はものすごいことになってるわね」
「サキ姉ちゃんって、お料理したことあるのかしら? あたし、サキ姉ちゃんがお料理してるの、見たことないよ」
スーの言葉に、セアラの大きなため息が返ってきた。
「あたしも見たことないわね……たぶん、生まれて初めてのお料理」
「……お爺様と叔父様は、大丈夫かしら?」
「想像したくないわ……早く風邪を治しましょ」
そこへ、どたどたと賑やかな足音と共に、いきなり扉が開いた。
「セアラ姉さん、スーちゃん! 具合はどう?」
サキの元気な声に、顔をしかめたセアラが枕から頭を上げた。体調不良の中で、サキの元気一杯の大声は堪える。
精一杯の笑顔で、セアラが微笑んだ。
「もうちょっとで治りそうよ」
「よかった! これ食べて元気出してね」
サキが、何やら皿が載ったお盆をテーブルに置いた。
鉢のような深い皿が二人分載っている。
「お口に合うかわからないけど」
「あ、ありがとう……まだ食欲ないから、そこに置いておいて。
後でいただくわ」
「冷める前に食べてね」
サキは、子猫の首根っこを摘まみ上げた。
「チビ! あなたも御飯の時間だよ」
嵐が去るように、サキと子猫が出て行った。
上半身を起こしたセアラとスーが、げんなりした顔を見合わせた。
「教訓だわ……シェフィールド家で病気しちゃ、絶対に駄目ね」
期せずして、二人が同時に吹き出した。発熱で体調が悪いはずなのに、何か爽快感のある笑い声だった。
「見たところ、普通のスープ?」
恐る恐る木匙で中身をかき回してみると、どろっとした茶色に濁った汁の中に何やら細片が色々と浮かんでいる。
「蕪、キャベツ、ネギとかの香草、ニンニク、豆、卵、鶏肉、豚肉の塩漬け、あと、何かわからないものが細かく切り刻まれて煮込まれてるわね。
お粥を作ろうとしたのか、スープを作ろうとしたのか……冷めにくいように小麦粉を入れたのは、偶然かしらね」
セアラが木匙を口元に持って行って、微かに眉根を寄せた。今まで経験したことがない複雑な香りと味だった。
未知なる味に対しては、セアラでもかなりの勇気が必要だった。
「風邪で臭いも味もわからないのは、幸いだったかも」
スーが、何かの塊を口にした。
「わぁ!」
それは、溶けずに塊になった小麦粉だった。
「お腹壊しちゃいそう……あの子、片っ端から食べれそうなもの煮込んだのね」
セアラが苦笑した。
「でも、せっかくあの子が作ってくれたから……お料理の出来映えはともかく、あの子がやる気になってくれたことだけは、ちょっとうれしいわね」
◆
「俺も手伝うよ」
たまりかねたカロンが、厨房に入ってきた。
「火が強すぎる……それじゃ、全部黒焦げだ」
カロンが、火かき棒でかまどの火をならした。
「熾火にするんだよ……暖炉じゃ無いんだから、直火でやったら焦げるに決まってんだろうが」
サキが反撃の言葉を探すより早く、火勢が落ち着いた。
カロンは、意外なくらい火の扱いがうまい。
「柔らかく膨らんだパンはあきらめる。小麦粉をもっとゆるめに溶いてくれ」
熾火で熱した鉄板の上に溶いた小麦粉を流し、平べったいパンを焼き始めた。
カロンが料理などやっている姿を、サキは見たことがなかった。サキと同様に料理などでやったことがないと思っていたが、カロンの料理の腕はそこそこだった。
おかげで、サキの料理は錬金術から料理もどきまで進化した。
少なくとも、黒焦げの料理はなくなった。
「叔父貴が料理できるとは、思わなかったわ」
「若い頃に、野山で山鳥とかウサギ、川で魚とか獲っちゃ、焚き火で焼いて食ってたのさ」
「それで、火の扱いが上手なんだ」
「これは、料理と言えるもんじゃないぞ。
だが、野宿でも何でも、何事も経験しておくもんだな」
カロンが笑った。
「あの頃は、若かったからなぁ」
カロンが遠い目をした。
「霊力がほとんどなくって、しかもシェフィールド家の次男坊だから将来も明るくなくってな」
今まで、叔父のカロンがこんな昔話をしてくれたことがない。
幼いサキにとっては、不在がちの父母の代わりに屋敷を守ってくれる父親代わりでもあり、兄代わりみたいな存在だった。
「叔父貴も霊力が足りなくって、神官の道をあきらめたって聞いてたけど……」
「そりゃ、霊力で神殿を支えるこの一族の中じゃ、肩身が狭かったよ」
カロンが苦笑した。
このやりきれないつらい気持ちは、サキにもよくわかる。
神殿での儀式に参列しても、厳粛な儀式の中で一人だけ浮いていた。場の空気に息が詰まりそうで、日々の神殿の拝礼でさえ苦痛だった。
「で、神殿を抜け出しちゃ下町を徘徊してたのさ。
そんな中で、盛り場で同じ境遇の連中と仲良くなってな……仲良しな四人で王都を抜け出して近場の森とかに分け入っちゃ、野宿して冒険旅をしたりして遊んだものさ」
「冒険旅?」
「ああ、俺達には別に何か目的があるわけじゃないからな……適当に、都から逃げ出す口実を作るのさ」
「口実……まさか、宝探しとか?」
「うん、昔の盗賊が隠したっていう隠し金とか、財宝探しだよ。太古の神域の廃墟とか、昔の砦跡とか探しちゃ財宝でも埋まっちゃいないかって、周囲をほじくり返したりして遊んだもんさ」
「それって、叔父貴がいくつくらいの時?」
「今の、サキっくらいの時かな……おっと、焦げるぞ!」
カロンが、肉を刺した鉄串を炎の上から引き離した。均等に熱が加わるように、鉄串を器用に回す。
「で、叔父貴はたまたま神殿警護の任に就けたけど、叔父貴とつるんでたお友達はどうしてるの?」
「色々、お役目の入れ替えや役職の増加があってな……俺達は運が良かったのさ。
ジェティは護民官長してるし、カイは王家の剣術師範やってるぞ」
「えっ? ジェティって、あのデュラン候? カイってあのボルト師範?」
サキが驚いた。
デュラン候の渋面が、サキの脳裏に浮かんだ。サキの知っているデュラン候は、護民官と神殿警護官の縄張り争いのせいで、サキの暴走にさんざん文句を言う、小うるさい頑固親父の印象しかなかった。
「仲良しだったんだ……」
約定を受け継ぎ天狼を味方に付けたサキに、反感を持つ王族は多い。その一人のデュラン候と叔父のカロンが仲良しだったとは、サキも想像していなかった。
サキは、昨日の王城での小競り合いを思い出した。
武衛府でサキの味方をしてくれた剣術師範のカイ・ボルトまでカロンの友達だったことも意外だった。
「まぁ、人生色々あるのさ……あの頃は、ただ焚き火を囲んで互いの夢や悩みを話してるだけでも楽しかったな」
「もう一人は?」
「もう一人?」
「四人、って言ってたじゃない?」
「そんなこと言ったっけ?」
カロンが、不意に不思議な表情を浮かべた。
「ゾーンは、死んじまったよ」
「あっ、ごめん!」
「無駄口叩いてないで、その鍋を火から下ろしてくれ」
鍋の中で、スープもどきが煮えたぎっている。
(何か、あったのかな?)
慌てて鍋を火から下ろしながら、サキはカロンの横顔を盗み見た。
サキは、カロンの表情にさみしさが一瞬浮かんだのが気になった。
ただし、その詳細についてはカロンもあまり語りたくない雰囲気で、サキにはそれ以上は聞けなかった。
「そんな、俺の昔の話はどうでもいい、ほら焦げ付くぞ!」
サキは、慌てて焼いたパンもどきを天火から離した。




