表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/28

ACT11 銅貨占い

 運河を渡り、港湾地区の方へと歩いて西にある小高い丘を登ったあたりに、歓楽街として悪名高い黒龍小路がある。黒い石畳が敷き詰められた曲がりくねった小径の両脇には二階建ての建物が建ち並び、黒龍小路の雰囲気は昼間でも常に薄暗い。

 この町は、天狼と呼ばれる漂泊民が造った街だった。王家の威光もここには及ばない。漂泊民達の自治が許された特殊な街だった。

 犯罪者がこの街にもぐり込んだら、護民官でも手が出せない。日没から夜明けまで賑わう、怪しげな酒楼が建ち並ぶ歓楽街だった。

 そんな黒龍小路の一角に、酒楼"老虎"はあった。

「あら、お姫様が老虎に来るなんて珍しいわね」

 リュードを伴って黒龍小路の老虎を訪れたサキを、シェルフィンが出迎えた。いつものように、長身を質素な木綿の藍色の上下に包んでいる。

 酒楼"老虎"の女主人にして、王都レグノリアに住む天狼と呼ばれる漂泊民の束ねを務めるシェルフィンは、東方系の異民族特有の長い黒髪と褐色の瞳を持っている。

 年齢不詳の氷のような冷たい美貌の持ち主だが、サキに対する態度は常に温かい。

「魔除札の盗賊騒動以来ね」

「あの時は、本当にお世話になりました」

 サキが頭を下げた。

 天狼と王家が結んだ約定を受け継いだサキが、シェルフィンやリュードの力を借りて魔除札を残す盗賊を追ったのは、ついこの間のことだった。

「お姫様がここに来るってことは、何かまたやっかい事?」

「天狼の力をお借りしなければならない大騒動とは思えないんだけど、少し相談に乗って欲しくって」

 サキは、行方不明になったベリアという王族の少年の捜索に天狼の知恵を借りたかった。だが、天狼との約定は王家の手に負えない危機の時に限り使えるものだった。王族とはいえ一人の少年が行方をくらました程度で、天狼の力を借りるわけにもいかなかった。

「きゃあ!」

 詳細を話そうとした途端、サキは飛び上がった。

 懐に放り込んだ子猫が目を覚ましたのか、サキの服の中で動き回ってる。麻のシャツと革の袖なし短衣の間を子猫が探検している。

「シェル姐さん、ちょっと待って……あっ、こら! 背中に回るんじゃない!」

 サキは袖なし短衣の中に手を突っ込んで、子猫を引っ張り出した。

 首を摘まみ上げられた白い子猫がシェルフィンを見て、小声で鳴いた。

「あら、可愛いわね」

 普段は冷たい美貌のシェルフィンも、予想外の子猫の登場に笑顔を見せた。


       ◆


「金目銀目の猫が不吉?」

 シェルフィンが眉をひそめた。サキが五路広場の近くの裏道で遭遇した謎の魔道士とのやりとりを説明した途端、シェルフィンの機嫌が悪くなった。

「いったい、いつから……他と異なる姿、だけでそうやって排斥する世の中になっちゃったのかしらね」

 足元の皿に首を突っ込んで餌を食べている白い子猫を、シェルフィンが眺めた。

「うちら天狼じゃあ昔っから、金目銀目は幸運を呼ぶって言われてるんだけどね」

「そう言えば、ロムも同じ事言ってたわね」

 膝を折ってしゃがみ込んで、子猫を眺めながらサキが首をひねった。

「どこから、そんな悪い噂が流れるようになったのかしら」

 サキの疑問に、シェルフィンが複雑な表情を見せた。

「人智で理解できないことがあると、人は何か他のせいにして納得しようとするものよ」

 シェルフィンが呟いた。

「不吉なことが起きれば、あたし達天狼のせい、ってなるのも同じでしょ。何か生け贄が欲しいのよ」

「生け贄?」

「今回は、この金目銀目の子猫がいるから熱病が流行したってね」

「冗談じゃないわよ! 熱病だって、何年かに一度は流行するじゃない!」

「でも、その熱病の原因がわからないから、人には防ぎようがないもの……誰かのせい、何かのせいにすれば安心できるものよ」

「それって、人の心の内に巣くう魔ってこと?」

「そうだねぇ、負の領域の力だからこれも魔と言えば魔だわね」

 サキは、天狼の約定を受け継いだきっかけとなった事件を思い出した。

 それは、ほんの二月ばかり前の出来事だった。

 魔除札を残す奇妙な盗賊の足取りを追うサキが、天狼の助力を受けて追い詰めた犯人の正体は、グルジェフという魔だった。シェルフィンに言わせると、グルジェフという存在は人の心に巣くう憎悪や悪意といった負の波動が集まって人の姿として現れたものだという。

「猫に九生あり、ってね。猫は何度も生まれ変わって御主人に仕えるって言うわ」

 シェルフィンが、子猫を眺めて微笑んだ。

「うちの店の看板も、同じよ」

 シェルフィンが笑う。

「うちは、どこに店があっても、たとえどんなに質素な店の作りであっても……店の名前は、代々"老虎"だもの」

 酒楼"老虎"の軒先には、古ぼけた黒い木の看板がある、その看板には、白い虎の姿が描かれている。

「虎は、五百年の甲羅を経て生き長らえると人智を超えた霊力を持ち、白毛の虎になるって言い伝えだけどね……それをおめでたいことと思わずに、不吉という連中の気が知れないわ」

 サキは、異国の虎を見たことがない。老虎の店先の看板に、猫に似た姿の白い虎の姿を見て虎の存在を想像するしかない。

「虎も、猫の大きくてどう猛なやつよ」

 シェルフィンが笑う。

「これがでかくなるの?」

 無心に餌を食べる子猫は、片手で抱えられるほど小さい。

「馬ほど大きくはならないけど……狼よりは大きくなるわね」

 サキは、目の前にいる子猫を大きくした姿を想像してみたが、あまりぴんとこない。

「でも、この子……尻尾の先が二股に割れてて、化け猫かもしれないの」

 サキの心配は、自分が化け猫を拾ってしまったのではないかという事だった。

 オバケの類いが一切駄目なサキにとって、目の前に妖怪が鎮座していると思うだけで背筋が寒くなる。

 サキのオバケ嫌いをよく知るシェルフィンが、苦笑した。

「長生きして霊力を持つようになった猫は、尻尾が二股に分かれるって言うけどね」

 シェルフィンが、餌を食べ終わって満足そうに顔を上げた猫の首を摘まみ上げる。

「この子は、まだ生まれたばかりでしょ……そんな噂を信じちゃうのも問題よね。

 確かに、猫には高い霊性があるって言われているけど……霊力に善悪はないわ」

 シェルフィンが、奇妙な言葉を呟いた。

「人に役に立つ存在は精霊って呼ぶし、人に悪さをする存在を妖魔と呼んでるだけ」

 子猫が、シェルフィンの指の下に大人しくぶら下がっている。

「お姫様の行動は、正しかったわ」

 子猫を抱き直して、シェルフィンが微笑んだ。

「本当に化け猫になるかどうかはともかく、悪さをするように育つかどうかはわからないもの。

 人にいじめられて育てば、人を警戒して敵意を抱くだろうし、お姫様みたいに一生懸命助けてくれる人に巡り会えば、人とうまくやってけるように育つしね」

 子猫の顔をのぞき込んで、シェルフィンが微笑んだ。

 ふと、シェルフィンが傍らのリュードに視線を移した。

「リュード、あんたはどう思う?」

「この子猫が妖怪かどうか、ってことかい?」

 我関せずとばかりに酒を飲んでいたリュードが、面倒臭さそうにあくびをした。

「別にこの猫が妖怪でも、人に悪さしなけりゃ横にいてもいいんじゃないのか?」

 予想通りの、とぼけた返事が返ってきた。リュードの神経だけは、サキの理解の範疇を超えている。

 オバケの類いに免疫があるリュードにとって、亡霊だろうが妖怪だろうが全く気にならないという雰囲気だった。

「リュードって、ホントに変わってるわね」

 サキは、あきらめたように首を振った。

 リュードの考え方は、風変わりなものだった。

 真面目一辺倒のサキとは、まるで真逆な考え方をする。

 約定に基づき天狼側の相棒としてサキと組む相手だが、剣を捨てて方術士に身をやつした変わり者だった。

 興味のないことにはテコでも動かないものぐさでありながら、興味を抱くと不眠不休でのめり込む、天狼随一の力量の持ち主だという。

 でも、魔道とかに興味がないサキにとっては、"胡散臭い魔法使い"としか認識できなかった。

 だが、このリュードに助けられたことは度々だった。

「そうだ、子猫の相談じゃなくて……天狼の知恵を借りたいのは、人捜しなの」

 サキは、王族の若者が行方知れずになった件をシェルフィンに説明した。

 神殿でのセアラの神託や、武衛府での仲間達からの聞き取りに関してまで全てを順に説明する。

 黙ってサキの話を聞いていたシェルフィンが、微かにうなずいた。

 シェルフィンは、天狼と呼ばれる漂泊民の束ねだった。シェルフィンが一声掛けると、王都レグノリアの天狼が一斉に動く。天狼の持つ情報網は、ヴァンダール王国内どころかシドニア大陸の隅々まで拡がっている。だが、天狼の力を借りるのは、王家の存亡に関わるような大事件に限られている。ベリア一人が行方をくらました程度では、天狼を動かすわけにはいかなかった。

「確かに、あたしらが出る幕じゃなさそうだけど……リュードを使う分には、構わないわよ。好きなだけ、こき使ってやんなさい」

「うゎ、貧乏くじだ」

 リュードが肩をすくめた。全く気乗りしないリュードを見て、シェルフィンが眉根を寄せた。興味がない事柄に対しては、リュードは途端に物ぐさになる。王家の子弟が行方をくらましたぐらいでは、リュードの興味を引くことは難しい。

「王族が行方知れずになって、神殿の神託も不吉……だったら、あんたの得意の占いで行方を捜しておやりよ」

「さっきの、妙な魔道士の幻術にゃ興味があるが……王族のやんちゃ坊主の行方なんざには、興味がわかねぇな」

 リュードの言い訳に、シェルフィンが冷たく宣告した。

「つべこべ言わずに、占っておやんなさい!」

「はいよ……姫さん、銅貨六枚だ」

 肩をすくめたリュードが、サキに向けて手を差し出した。天狼の束ねを務めるシェルフィンには、リュードも頭が上がらない。

 サキは、懐から銅貨を六枚出して机上に並べた。

「この占いって、本当に信用できるの?」

 リュードとの最初の出会いでこの占いで驚かされて以来、サキはリュードの占いに胡散臭さを感じている。だが、今回は珍しく占ってもらう気になった。手掛かりがない以上、この際、占いでも何でも探索の手掛かりが欲しかった。

 普段のリュードは、怪しげな辻占いで生計を立てている。運河沿いの道端に小さな折りたたみの机を置いただけの粗末な露店だが、よく当たるという噂でそれなりに客がついている。

「さて、ここに出でたる六枚の銅貨がこの天と地の森羅万象を示し、いかなる運命を探り当てるか、とくとご覧あれ」

「その胡散臭い口上はいいから、結果だけ教えて頂戴!」

 剣呑なサキの表情を見て、リュードが慌てて手を振った。

「癖なんだよ」

 サキにひっぱたかれそうな雲行きに、リュードが言葉を足した。

「いや……これやんないと、どうも調子が出なくって」

「いいから、とっとと占って!」

 サキの剣幕に首をすくめたリュードが、六枚の銅貨を掌に包み込んで何回か振った。

 リュードが右手を一振りすると、六枚の硬貨が机に散った。机上に転がった六枚の硬貨が、机上で独楽のように回転している。

 六枚の硬貨の表裏と、六枚の並び順の組み合わせでおおよそ四百通りくらいの卦が出る。出た並び順が、その占いの答えだという。

 リュードの占いは、この六枚の硬貨を見料として客の失せ物や願い事の行方を占うものだった。よく当たり、しかもその後にちょっとした幸せが訪れる辻占い、と街では噂されているが、リュードのとぼけた性格を知るサキにはどうも信用できなかった。

 硬貨の回転が止まり、机上に並んだ。

「こいつは……」

 リュードが、何か異国の言葉を呟いて奇妙な顔をした。

「道を踏み外したと自覚しているなら、自戒して速やかに元へ戻るべし。自ら禍を創り出して迷えば、永久に元へ戻れなくなる也……か。出てきたのは不思議で不吉な卦だぞ」

 リュードが呟いたのは、神殿でセアラが受けた「宝玉が闇に隠れ、闇が光を浸食する」という神託に似た文言だった。

 リュードが、机上の銅貨からサキの方に視線を戻した。

「生きちゃいるけど、そこには居ない」

 先ほどまでのリュードの面倒そうな怠惰な表情が消え、青灰色の目が生き生きと輝きだしている。

「面白そうじゃねぇか」

「やる気になってくれたのはうれしいわ。

 で、それはどういうこと?」

「ベリアって少年は、死んじゃいない。

 だけど、死んでるのと同じで、自ら姿をくらましてるってことさ」

「!」

 サキの表情が険しくなった。

 セアラが受けた神託に共通する。

「どうやれば、ベリアを救い出せる? どこにいるの?」

「わからん」

 あっさりとリュードが首を振った。

「あのねぇ、それじゃ占いが役に立たないじゃないの!」

「手掛かりは出たじゃねぇか。

 普通に探しても出てこないなら、あっちから出てきてもらうしかないってことさ」

 リュードが奇妙な言葉を呟いた。

「どういう意味よ?」

「ベリアは、自らの意思で行方をくらましたんだろ?

 都の王城暮らしのどら息子だ……そんなにたくさんの行き先を持ってるとは思えないぜ。奴の立ち回り先をたどって、藪を叩いて回るのさ」

「藪ねぇ……蛇が出てこなきゃ良いけどね」

 シェルフィンが口を挟んだ。

 リュードが、片目を閉じて笑う。

「そうさ……それを待ってるんだ。

 藪をつつけば蛇が出る……蛇か、蛙か、蜘蛛か……おっと、その蜘蛛使いの魔道士も気になるな。偶然、別の事件に姫さんが巻き込まれたとは思えん」

 リュードが、懐から折った紙片を取り出した。

「そういや、子猫が仕留めた蜘蛛の死骸を拾ってきたの忘れてた」

「蜘蛛使いねぇ」

 紙片に包んだ蜘蛛の死骸を、シェルフィンが改めた。木々の間に巣を張る大きい蜘蛛だが、珍しい存在ではない。

「見たとこ普通の蜘蛛だわねぇ。その辺に巣をかける蜘蛛だけど……これが、そんな巨大で強靱な巣をかけるなんてねぇ」

 机の上で紙片に載った蜘蛛の死骸を眺めていると、シェルフィンの膝上にいた子猫がひょいと机に飛び乗った。

 サキの傍らから顔を出した子猫は、ぱくりと蜘蛛をくわえた。

「きゃあっ、食べた!」

 サキが、小さな悲鳴をあげた。

「そんなもん食べないでよぉ」

 サキは眉をひそめた。

 蜘蛛とか虫とかを食べた子猫に、顔を舐められるのだけはうれしくない。潔癖症のセアラが見たら寝込みそうな光景だった。


       ◆


 バザールで手に入れた山鳥を担いでサキが夕刻になって屋敷に戻ると、屋敷中に薬草の香りが充満していた。

 セアラが厨房で薬草を煎じているが、スーの姿がない。

「あれ? セアラ姉さん、スーちゃんどうしたの?」

「風邪みたいね。昼過ぎから急に高熱が出ちゃって寝込んでるわ」

 薬湯を器に移しながら、セアラが心配そうな表情を見せた。

「街でも熱病が流行しているみたいだから……サキも気を付けてね」

 セアラがスーの寝ている所に薬湯を持って行くのに付いて、サキと子猫も二階へ上がる。

 セアラの部屋で、スーが寝込んでいる。

 セアラの部屋は、一番広い大部屋だった。元々三姉妹の子供部屋だったが、夜中に刀を振り回したりするサキが隔離されて、別室に寝起きしている。

「スーちゃん、大丈夫?」

 サキが声を掛けると、寝床でスーが身じろぎした。苦しそうで、返事はない。

「かなり、熱が出てるわ」

 スーの額に手を当てて、セアラが心配そうな表情になった。

「サキ、夕食は用意してあるから一人で食べてて……子猫のご飯も用意してあるから」


       ◆


 そして、スーの看病していたセアラも、翌朝になって熱を出して寝込んだ。

 滅多にないことだが、サキも風邪をひく。

 シェフィールド家に風邪を拾ってくるのは、大概は街をうろついているサキだった。ただ、サキには並外れた体力があるので一晩寝ればたいてい治ってけろっとしている。へたをすると、サキが風邪をひいた自覚が出る前に治癒してしまう。

 だが、屋敷にサキが持ち込んだ風邪は体力のないスーに伝染し、さらに看病しているセアラに伝染するという順だった。

 今回もこの順だったのだろうが、猫の看護で徹夜続きでろくに眠っていなかったせいもある。常に体調に気を配るセアラまでが、寝台から離れられないほどひどい状況に陥るのは極めて珍しい。

 早朝から、サキと叔父のカロンが屋敷の掃除やら洗濯やらに忙殺されていた。

「セアラが倒れると、シェフィールド家の全てに影響が出るってのは本当だな」

 箒を放り出して、カロンが苦笑した。シェフィールド家は屋敷が大きい割に住人が少ないので、掃除一つとってもかなりの重労働だった。

 質素を旨とする神官の一族が故に、家来も使用人もいない。屋敷の外回りはカロンとサキの分担だったが、セアラとスーが屋敷の内回りを一手に引き受けていた。

「セアラ姉さんとスーちゃんは、同じ部屋だから……スーちゃんが風邪引くと、いつも一日遅れでセアラ姉さんが風邪引くもの」

 洗濯物を庭に干しながら、サキが答えた。

 カロンが掃除、洗濯はサキがやることで何とかなる。

 問題は、食事だった。

 シェフィールド家の家事の采配を一手に握っているセアラが風邪で倒れると、シェフィールド家の「全ての」機能が停止する。

 神官の日々のお務めも停滞するが、神殿警護もカロンとサキが家事を行うことでさらに停滞している。

「パンが足りなくなるなぁ」

 叔父のカロンが、棚にあったパンを引っ張り出した。

 毎日パンを焼くわけではない。何日かに一度まとめてセアラが焼くパンも、今日の朝食分でほぼ無くなる。

「スープは、昨夜、セアラ姉さんが用意してくれてたから」

 もともと、シェフィールド家の食事は質素なものだった。朝食もパンとスープに果物くらいだから、朝食はスープを温め直すだけで済んだ。

 とりあえず、今朝の食事は何とかなるが、夕方以降の食事が問題だった。

「この際、街で何か買ってきましょうかね」

 カロンが祖父に提案した。

「まぁ、やむを得んなぁ」

 質素を旨とするシェフィールド家は、贅沢な暮らしはしていない。神殿の石段を降りた先に拡がる参道広場の露店や運河沿いのバザールで買い食いするのは、外回りの多いサキぐらいなものだった。

「あたしが、いるじゃん!」

 サキの言葉に、祖父と叔父のカロンが思わず顔を見合わせた。

「セアラ姉さんとスーちゃんの代わりに、あたしが料理する!」

 再びサキが、言い切った。

「えっ? お前、本気か? お前も熱あるんじゃないか?」

 サキの宣言に、カロンが露骨に嫌そうな顔をした。

「なんで? セアラ姉さんとスーちゃんが寝込んでるんだから、あたしがやるしかないでしょ?」

「ちょっと待て、お前が厨房に立つ?」

「そうよ」

 当然そうな顔で、サキはカロンを見上げた。

 カロンの表情が曇る。

「お前、料理したことはあるのか?」

「ないわよ」

「ちょっと、待て! 外で買って来りゃ済む話だろ」

 あからさまに拒否され、サキがかちんときた。

「茹でる、煮る、焼くっくらいならあたしにも出来るわ!」

「そのくらいは、俺でも出来る」

「あたしが、やる!」

 サキが、気迫でカロンを黙らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ