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序章 五路広場の衝突

 周囲に、不穏な空気が張り詰めた。

「あんた達、いい加減にしなさいよ! 汗水流して働いている人達の邪魔して何が楽しいのさ!」

 サキは、目の前の四人の若者をにらみつけている。剣を腰に差しているその四人組は、まだ少年というほどに若い。サキと同じくらいの、どこかあどけなさを残す少年達だった。

 だが、怖い物知らずの若者達は、サキを侮っている。一人では大人しいが、何人か集まると数を頼んで態度が大きくなる手合いだった。

「おいおい、姐さん! やるって言うのかい?」

 サキを侮った若者が、脅しの言葉と同時に剣の柄に手を掛けた。

 とたんに鐔鳴りの音と共に、若者の手元で旋風が舞った。

 鋼が打ち合う鋭い金属音が、若者の剣で響いた。

「!」

 剣を鞘から抜きかけていた若者が、凍り付いたように動きを止めた。

 剣の柄を握りしめたまま、刃のない剣を呆然とした驚愕の表情で見つめる。

 鞘から抜こうとした途端に、剣を両断された。

 鍔元近くで刃を叩き切られ、刃は鞘の中に戻っている。

「さぁ、どうするのかしら?」

 大きな弯刀を頭上に構えたサキが、静かに尋ねた。

 相手の剣を叩き折った大刀の切っ先が、天を衝いている。

 身幅の大きな柳の葉に似た長い刀身が、夕陽を跳ね返しきらりと光った。

 五本の通りが交差する広場だった。通称は五路広場と呼ばれ、五本の通りに囲まれた、火除け地としての五角形の広い空間が中心に拡がっている。

 広場と道を分けるのはいくつもの街路樹と、青銅と石組みで組んだ何本もの背の高い柱だった。春秋の先天・後天祭の時分は、その柱の上に篝火が灯されて深夜まで広場を真昼のように照らし出す。

 五本の通りからの人馬の流れを妨げないよう、中央の広場に沿って自然に左回りに流れるようになっている。

 その人馬の流れを遮るようにわざと逆行して混乱を起こしたのが、この四人の若者だった。はしゃいで蛇行逆行する若者達を避けようとした荷駄の車が衝突し、人馬の流れが停滞して怒声があがっている。

 若者達が、何人もの商人達と口論になっているところに通りかかったのが、サキだった。

 正義感が強いサキは、曲がったことが大嫌いだった。大好きな街の人々が困っているのを、見て見ぬ振りが出来ない。

 喧嘩を止めるつもりが、何故か喧嘩を買う羽目になった。

 サキが頭上に構えた弯刀は、刀身三尺、柄の長さも含めれば四尺を越える大刀だった。

 この刀を見た途端、ちょっかいをかけた若者達にも刀の持ち主が何者かはっきりわかった。

 王都レグノリアに、これだけ大きな弯刀は他にない。

 弯刀を持った神殿警護官といえば、サキということを知らぬ者はいない。

 海の青さを思わせるやや緑がかった瞳が、若者達を睨みつけている。強い意志を秘めた眼光に射貫かれ、若者達は動けない。

 長い金髪を頭の後ろで束ね、麻のシャツの上から革の袖無し短衣を羽織ったサキは、十七の少女というよりも少年の身なりだった。王都と辺境を行き来する隊商の護衛と大差のない、実用本位の活動的な格好だった。

 唯一、サキが身にまとう女性らしい色は腰に巻かれた緋色のサッシュだった。だが、これもサキが好んで身に付けているものではない。神殿警護官の役職を示す色だった。

 刀を構えたままのサキは、わずかに半歩前に出た。

 強烈な殺気に押され、若者が反射的に一歩後退する。

「ち、ちょっと待ってくれ」

 剣を叩き折られた若者が、怯えた声を出した。

「あら? 先に剣を抜こうとしといて、待ったはないわね」

 サキは、容赦なく畳みかける。こういう手合いは、時間を稼いで次の手をひねり出すのが常だった。

「四人も相手じゃ、あんまり手加減出来ないわよ。

 掛かってくるなら、心して掛かっておいで」

 サキは、四人の若者を睨みつけた。

 サキの周囲に発散される殺気に気圧され、四人がわずかに後退する。

 もはや、腕の差は歴然としている。

 刃渡り二尺の剣を抜くよりも、三尺を越える弯刀が鞘走る方が早かった。

 三尺の大刀を一瞬で抜き打ちにするだけの技を見せられれば、戦おうという気力もくじける。脅かすつもりで刃を抜くのと、本気で斬りかかる覚悟を決めたサキでは勝負にならない。

「謝って逃げるか、戦うか……三つ数えるうちに、決めて」

 サキの刃が、禍々しい輝きを見せた。

「ひとーつ!」

 サキの弯刀は、遙か東方の騎馬民族が使う刀に似て、長く身幅も大きなものだった。

 柳の葉に似た切っ先の方が太く、美しく湾曲した刀身を持っている。

 そもそも、刀と剣は武器の特性が違う。

 刀は片刃、剣は両刃だった。

 刀と剣では特性が異なるため、操法そのものが異なっている。

 片刃の刀は頑丈に作れるが、その分だけ重くなる。

 特にサキの大刀は、大きな反りがあるため突くよりも引き斬りに向いている。

 シドニア大陸西域でよく使われる直剣は、軽く造れる上に両刃で反りがないため、斬るのに加えて突き刺すことに優れている。

「ちょっと、脅かそうとしただけだよ……別に、姐さんと斬り合う気はなかったんだ」

「ふたーつ! へぇー、もう降参なの?」

 サキは、抜き身の大刀を右肩にひょいとかついだ。幅厚の刀峰が、サキの肩に乗っている。

 何気なく子供が棒切れを肩にかついだような無造作な構えだが、ちょっとでも変な動きを見せたら即座に叩き切る、という意図を秘めた構えだった。

「あんた達は、どうするの?」

 剣を叩き折られて硬直している若者を横目に、サキは残りの三人に視線を移した。

 猫族を思わせるようなサキの強烈な眼光に射すくめられ、三人が沈黙する。

 もっとも、サキの愛刀には刃が付いていない。

 神殿の宝物庫から持ち出した時から、この弯刀は刃引きだった。

 神殿警護を務めとするサキにとって、不殺の大刀は都合が良かった。

 刃をつぶしているとはいえ、並の剣と打ち合えば簡単に相手の刃を叩き割るだけの強度を秘めている。

「今度、街でさっきみたいなふざけた真似したら、そのなまくらな剣だけじゃなくて、あんた達の腕の骨ごと叩き折るからね」

 こんな連中を見ていると、胸がむかむかしてきた。

 どこにでも居る若者達だった。まだあどけなさの残る表情は、サキと同じくらいの年齢か。

 身に付けた上質な衣類や装飾品から判断して、王族や貴族の子弟だろう。

 家柄はいいが、その中身はろくなものではない連中だった。

「わかったよ。謝るよ」

「わかりゃいいのよ、さっさとお行きなさいよ!」

 サキが、左手で通りの方を示した。

「行こうぜ!」

 促され、若者達がきびすを返した。

 折れた剣を渋々鞘に納める時、上着の裾から家紋のような鷲を模した紋章が一瞬のぞいた。

 一人が、不快そうに傍らの大きな円形花壇に唾を吐き捨てた。

 枯れた灌木で荒れ放題の花壇には、ゴミが散らばっている。

「まったく! 王侯貴族の子弟が街で悪さするようじゃ、世も末だわ」

 四人の後ろ姿が雑踏の中に消えるまでその背中を見送り、サキが小さく嘆息した。四人の若者は、サキの気が変わって呼び止められないよう、振り向きもせずに足早に雑踏の中に消えてゆく。

 正義感の強いサキは、こういった真似が許せなかった。

 売られた喧嘩は、買うのが礼儀。

 それが、サキの性格だった。相手が王侯貴族でも、サキも王族の末席に連なる以上、身分的に遠慮も容赦もしない。

 相手が王侯貴族だろうが、臆することがない。これで、後々の騒動になろうが、それはそれ。サキは、後難を恐れて見て見ぬ振りが出来ない性格だった。

 サキは、抜いたままだった愛刀を、静かに鞘に納める。

 サキの刀術に、師はいない。

 両刃の直剣が主流のヴァンダール王国では、そもそも刀を扱える者がいない。同じ西域諸国でも、体格膂力に優れる北方のノールでは刃渡り三尺近い大きな直剣が好まれるが、ヴァンダール王国では刃渡り二尺程度の直剣が好まれる。

 はるか東方の騎馬民族が使う湾曲した大刀の操法を教えられる剣術使いなど、王都レグノリアには誰もいなかった。

 夕暮れの街角での小さな小競り合いなどどこにもなかったように、雑踏の喧噪が戻ってきた。混乱していた人馬や荷駄の流れも、元へ戻りつつある。

「あれ?」

 神殿に戻ろうと、きびすを返しかけた途端、すぐ近くから弱々しい鳴き声が聞こえた。

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