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魔法使い、「冒険者の食事」をふるまう。


 日が暮れる前に、スライムはすっかり退治できた。クエスト完遂、である。

 パーティの滑り出しは順調と言えた。けど。

 その成果に満足できないお方が約一名いらした。


 フーデルミラン伯爵令息、アルベルフトさまである。


「……今日のところは仕方ないか」


 わたしはため息をついて、食事の準備にとりかかった。

 今回のクエストは完遂したけど、パーティのコミュニケーションという点では失敗だった。でも起こってしまったことはしょうがない。次を考えるとしよう。


 彼をのぞけば、みんな意外と打ち解けたみたいだ。幾分か興奮して、今日の成果を語り合っている。これなら、来た意味はあったかな。


「はい、みんな~、食事よ~」

「おおお!」


 喜んだメンバーの表情は、一瞬にして沈んだ。


 それは予想通り。

 わたしが用意したのは干し肉と黒パン。それに鍋で沸かした湯で作った簡単なスープ。


「これだけ?」

「そうよ。聞いてるでしょ? 冒険者の食事なんて、こんなものよ」


 嘘ではない。


 何しろ冒険者は、武器だなんだと荷物が多い。それにアイテムや採集物を持ち帰るなら、その分も考慮して余裕を残しておかなければならない。

 必然、圧縮できるものはとことん省略することになる。まず犠牲になるのは衣類だ。

 次が食糧。かさばらず、日持ちがするもので、最低限の栄養が取れるもの。結果として、こんなありさまとなる。


「なんだこれは! これが食事か!?」


 怒りも露わなのは御曹司ではなく、従者さんの方だった。


「こんなものを坊ちゃまに食べさせるのか!?」

「こればっかりは仕方ないわね。むしろスープがあるだけ感謝してほしいわ」


 もちろんわたしには、収納魔法と言う隠し技がある。だがそれを今言うつもりはなかった。

 男所帯のパーティなら、食事なんてもっとこだわらない。湯すらない、水をすすって終わり、なんてのも珍しくない。

 それは長距離を移動するキャラバンなどでも同じで、身分の貴賤はあっても携行食は平等なのだ。差異はない。


 御曹司がどこまで冒険者を続けるつもりかは知らないが、これは我慢するしかない試練のひとつだ。


「人は食べなければ生きていけない。そこに身分の貴賤はないわ。同様に外で食べられるものにも違いはないの。これは事実。避けることはできないわ」

「しかし、これでは……」

「やめろ」


 アルベルフトが従者を止めた。そのままじっと、用意された食事を見ている。

 どうするつもりか、わたしは内心ひやひやしながら待っていた。


「……これは、冒険者の食事なんだな?」


 わたしは頷いた。


「標準にして唯一の食事よ」

「そうか」


 アルベルフトはそのまま座り込んで食事を始めた。


「坊ちゃま! こんな粗末な食事など、坊ちゃまのお口には……」

「仕方ないだろう。これが冒険者のしきたりなら、それに従う。ぼくは冒険者になったんだ。もうなにも言うな」


 ……へえ。


 少しは見どころがあるじゃない。


「スープはどう? 具はないけど、量はたっぷりあるわよ」

「ん」


 黙って椀を突き出してきた。

 これでも精いっぱいやせ我慢してるんだろうな。そう思うとちょっと可愛い。


「みんなもどう?」

「あ、もらう」

「おれも」

「あ……あたしも、いいですか?」


 冒険者の苦労、第一段階は経験してもらったってことでいいかな。

 次のクエストがあったら、もっといいものを振る舞ってあげよう。

 やっぱり身体はちゃんとつくらないとね。



 ◇



「あとは寝るだけだけど、見張りは交替でするからね。どんな外敵がいるかわからないから。

 それから、ミラ」

「は、はい!」

「向こうに泉があったから、水浴びしてきましょ。汗、流したいでしょ?」

「わあ、嬉しいです!」


 貴族の使用人だったミラがどんな生活をしていたかはわからないけど、夜には湯で身体を拭くくらいはしていただろう。今夜はそれの代わりに水浴びだ。


「じゃ、わたしたちは向こうに行ってるけど、絶対に覗かないでよ。覗いたらひどいからね」


 いちおう念押しして、わたしはミラを連れて行った。


「ひゃっ、水、冷たいです」

「水浴びは、あまりしない?」

「そうでもないですよ。井戸水で身体を拭いたりもしますから」


 一糸まとわぬ姿になったミラは、脱いでもやはりすごかった。

 月明りに浮かび上がる、少し幼さを残した豊満な肢体は、幻想的なほど美しかった。

 わたしはしょんぼりと、なだらかな自分の胸を見下ろすしかなかった。


「ちくしょー、女の価値はおっぱいの大きさじゃ……あるかも」


 男どもの視線、釘づけだったからなあ。このたゆんたゆんなシロモノは、年頃の男どもには毒だ。猛毒だ。どこまで我慢できるものか……。

 この娘、サークルクラッシャーにならなきゃいいけど。


「ねえ、ミラはなんで冒険者になりたいの?」

「うちが貧しいので、お金がほしいってのもありますけど……」


 ミラがちょっと口ごもる。


「昔、すごく昔……助けてもらったことがあるんです。魔女さんに」

「えっ?」

「その時、魔女さんに言われたんです。『恩返ししたいなら、ほかの人を助けてあげて』って」


 ……わたしと同じだ。


「でも、どうしたらいいかわからなくて……。自分に回復の力があることがわかったので、回復師として冒険者になれば少しは恩返しができるかなって」

「……そっか。えらいね」

「そ、そんな、あたしなんて、まだ何にもできなくて」

「じゃあ教えてあげる」

「え?」

「何ができるか、教えてあげる。魔物退治ばかりが冒険者じゃないよ。もっといろいろできることがあるからね。大丈夫」

「ニーナさん……ありがとう」


 ミラは感激のあまり、涙ぐんでいる。

 可愛いなあ。健気だなあ。思わずぎゅってしたくなっちゃう。

 その思いのままに、わたしはそっとミラを抱きしめた。


 なんてやわらかさ。それに……おおきいなあ。ちっくしょー。


「大丈夫、大丈夫だから。気負わなくても大丈夫」

「でもあたし、ほんとになにもできなくて……」

「すごいことなんてしなくてもいいのよ。ほんのちょっと、ちょっとずつ出来れば充分なの」


 それはむしろ、自分に言い聞かせたかったのかも知れない。

 役に立たないことなんてないんだと。


「大丈夫だよ。少しずつやっていこ?」

「……うん」


 ミラが少し手に力を入れて、抱きしめ返してきた。ああ、あったかいなあ。冷たい水に火照ったミラのぬくもり。もっと感じていたいなあ。



 ◇



 大きな、爆ぜる音がした。


「きゃっ!」


 驚いて小さく叫んだミラを素早く背後にかばって、わたしは音の方を見透かした。


 さっき、警戒のために撒いておいた【ビットクラッカー】だ。

 それに何かが引っかかった。


 しばらく待つ。物音はしない。動くものも見えない。

 引っかかった「それ」は、もういなかった。


「なんですか、今の?」

「ここは野外だからね。警戒の魔法を仕掛けといたの」


 人里近いとは言え、肉食の獣や魔物がいないとも限らない。外にいるかぎり、用心はいくらしてもし過ぎることはない。

 もし本当に獣がいたら、腕の一本くらい犠牲にしてでもミラを守るつもりだったけど、そんなことにはならなかったみたいだ。助かった。腕を失くさずにすんだ。


「無事でよかったわ。もっとも、引っかかった方は無事ではすまないでしょうけど」

「? どういうことです?」

「さっきの魔法、音と一緒に玉ねぎのエキスを仕込んどいたから。あれをまともに浴びたら、目が沁みて沁みて、大変なことになってると思うわ」


 ちょっとした騒ぎだったけど、ともあれ何ごともなくてよかった。


「あー、さっぱりした。じゃあ言った通り、輪番で見張りね。大変だけど頑張りましょ」


 水浴びから戻って、わたしは今夜の予定を告げた。

 何食わぬ風を取り繕うのが大変だった。


 だって男たち三人は、目を真っ赤に腫れ上がらせていたのだから。





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