閑話:みんなの「変な」魔法使い。
「新しくE級にあがったベッティルです、よろしく~」
「おう。剣士は競争率激しいからな。頑張れよ」
「はいっ!」
E級に昇格して、ベッティルは新しいパーティに加入した。
ワンランク上がっただけで、敵の強さが格段に上がる。
今度の敵はゴーレムだった。動きは鈍いが、力がすごい。それを前衛として受けなければならない。
(こりゃあきついな)
だが彼は無理をしなかった。同じ前衛に重装備の戦士がいたから、彼に防御を任せた。
大きな盾でゴーレムの拳骨を受け止めている間にすかさず飛び込んで斬りつける。
あるいは逆に、自分に攻撃が向いている間は受け流し、引きつけておいて、戦士が飛び込む余裕をつくってやる。力のこもった彼のメイスは一撃でゴーレムを砕き、戦果は上々だった。
「わっははは。どうだ、おれの力は? 頼りになるだろう?」
戦果に気を良くして仲間に自慢する戦士を、ベッティルは微笑ましく眺めていた。この戦果にはベッティルの貢献が少なからずあるが、戦士は気づいていない。それでもよかった。自分は確かに役に立っている。そのことを自分は知っているのだから。
(ニーナもこんな気分だったのかな?)
ふと思い出した。
ちょっと変わった年上の魔法使い。魔術師じゃなく魔法使いと言い張るところがそもそも変わっていた。
その振る舞いも変わっていた。戦闘ではほとんど役に立たないくせに、確実にいいところにいて、的確に指示を出している。気がつけば、彼女のいいように踊らされていた。なのに、すごく気分がいい。動きやすい。
その動きの経験が、ベッティルのスタイルにも影響を与えていた。前衛の動きを見て、それに合わせてサポートについたり、時には積極的に前に出る。戦果は確実に上がっていた。
しかしさすがに脳天気なベッティルも、少しは考える。敵は強い。これはますます自分の腕をあげないと。
毎晩の訓練を思い出した。思えばいい習慣がついたものだ。それを思い返しながら、ひとり剣を振る。
(でもあれ、楽しかったな)
たかが訓練だけど、みんなでやいのやいの言いながら打ち合ったり、話し合ったり。いろいろと参考になる意見も聞けた。
中でもニーナの意見は面白かった。ギルド職員の経験が長かったからか、いろいろな角度から見た意見を言ってくれる。戦士にはない発想に、内心「おお!?」と思ったことも少なくない。本人にはそんなこと、一度たりとも言わなかったが。
(でも、あんな風にまたできたらいいな)
それまでは、それに相応しくなれるよう、自分の腕を磨こう。
そうやって毎晩の鍛錬の中で必殺技を編み出し、彼がD級に昇格していったのは半年後。やはり異例の速さだった。
◇
ビャルネも同じく、新パーティで前衛に取り組んでいた。
襲いかかって来るオーガの迫力はゴブリンの比ではなかったが、ゴブリン・ジェネラルとの戦闘の経験は少なからず生きていた。
だが彼の不満はそんなことではない。
「むうん!」
がっつりと敵を受け止めている間に、次の攻撃。
が、なかなか来ない。
同じ前衛の攻撃や、支援が遅れることがある。
(ベッティルなら間髪入れず飛び込んで来ていたんだが……)
ベッティルだけでなく、アヴェーネの矢も要所要所で敵を牽制してくれた。だが今のパーティでは、自分の負担が大きい。単独で耐えなければならない時間が長い。
考えてみれば、ベッティルとのコンビ技もアヴェーネの支援も、ニーナの指示あってのことだった。
(変な魔法使いだったな)
戦場ではほとんど戦力にならないくせに、必ず重要な位置にいる。ダメージを負えばすかさず回復してくれる。そして励ましてくれる。
「大丈夫だよ。きみならできる。落ち着いて」
その言葉がどれほど心強かったことか。折れかけた心が立ち直ったのも一度や二度ではない。
人は武器や力だけでは戦えない。それを教えてもらった。
そのおかげで、今も頑張っていられる。
「いやあ、大変だったな」
「まあ、でも何とか片付いたな。メシにしよう」
極め付けがこれだ。
野営。そして食事。
火をおこして、たき火を囲み、食事を摂る。干し肉と干からびたパン。それを水で無理やり流し込む。味気ないことこのうえない。
前はこんなことはなかった。食事の時間がむしょうに楽しみだった。どれほどきつい戦いの後でも、暖かいスープでほっとできたものだ。そんな楽しみは、今はない。あの食事が夢の中の出来事みたいに思える。
ニーナは持参した食材のほかに、行く先々で野草や香草なども集めては使っていた。移動の道々でそんなものを夢中で集めているから、移動の速度は遅かったが、今にして思えばちょうどいい具合だったかも知れない。おかげで移動に余裕があって、いざという時には余力があったし、ニーナの集めた素材のおかげで毎日毎食、豊かな食事が味わえた。
しかし、ないものねだりをしても仕方がない。今度のパーティは男ばかりだったから、一度自分で鍋を持参したことがある。これがまた、邪魔だった。果てしなく邪魔だった。とても持って歩けず、一度きりで断念した。
「なあ、収納魔法でこいつをしまっておけないか?」
それでも何とかならないかと、ビャルネはパーティの魔術師に頼んでみたことがある。せめて鍋があれば、食材はともかく暖かいものが味わえるからだ。
「収納? 空間操作の魔術か。自分には無理だな」
あっさりと言われてしまった。
「そんなに難しい魔術なのか?」
「まあ空間操作の下位互換だからそれほど難しくはないが……すくなくとも自分には無理だよ。もうちょっと修練しないと」
「そうなのか」
「だいいち習得したって、使うにはずっと魔力を使い続けなきゃならないんだ。でないとしまったものが吐き出されてしまうからな。とても使えたものじゃないよ」
そんなものか。
ニーナは簡単すぎて役に立たないって言っていたが。
収納の術。その中の食材を保存する冷却の術。
思えばニーナは、ずっとそれらを使い続けていたことになる。何日も、寝ている間も、そんな魔法をいくつも使い続けていた。
(ひょっとしてニーナは、ものすごい魔術師だったんじゃあないのか?)
今ごろ気づくとは、自分もずいぶんと抜けていたものだ。でもそんなことを言ったら、彼女は確実にこう言うだろう。
「魔術師じゃないよ。わたしは魔法使いだからね!」
そんなことを思って、ビャルネはひとり苦笑したのだった。
◇
「アヴェーネ、きみはよく回りを見ているな。とても助かる」
「ありがとうございます」
アヴェーネは丁寧に頭を下げる。
彼の弓の腕は高く評価されている。やはりエルフの血だともてはやされているが、
(すべてニーナさんのおかげだな)
未熟な自分に、彼女は自信を持たせてくれた。練習の方法を教えてくれた。
そして、生命が危ない窮地にあってこそ、後衛は冷静でいなければならないことを教えてくれた。
彼女にはいくら感謝しても足りない。言葉では言い表せない。
(どうしたら恩返しができるだろう?)
今のところ、全力を尽くしてパーティに貢献すること。それしかなかった。
いつか誰かに褒められて訊かれたら、「すべてはニーナさんのおかげです」と、そう言えるように。
それはまだまだ先のことになりそうだ。
とりあえず目先は、自分のパーティでの役回りを考えること。
今のパーティの後衛は、弓術士である自分と魔術師のふたりだ。そのうち魔術師は回復師も兼ねている。
そのため、前衛がダメージを負うとその回復のために抜けてしまう。その分戦力が落ちる。
ひとりダメージを負うと、パーティのバランスが崩れてしまうのだ。
その間パーティを支えるのはアヴェーネの役割だった。
手数を増やして味方への攻撃を減らし、自分に注意を引きつける。その間に味方が態勢を立て直す。
あるいは瞬時に急所を見抜き、少ない手数で敵に大きなダメージを負わせ、味方に反撃の機会と時間を与える。
最後は前衛が決めるのだが、それまでの戦いの趨勢はアヴェーネが握っていることが多かった。
(それにしてもなあ……)
前のパーティでの、最後の戦いを思い出す。
厳しい戦いだった。一歩間違えれば全滅していた。
それを救ったのはニーナの八面六臂の活躍だった。
(不思議な人だったな)
攻撃魔法などひとつも使っていないのに、味方を全部助けてしまう。
あの時だって、重傷のビャルネの治療で身動きが取れないのに、前衛ふたりに襲い掛かる何匹ものゴブリンをすべて叩き落とし、自分の方にまで防御の力を割いてくれた。
それとなく同僚の魔術師に訊いてみたことがある。
「治癒回復しながら防御の魔術? 無理だよ。ふたついっぺんになんて出来ない」
「そういうものですか」
「やれば出来るだろうけどね、どっちも精度を欠いてどっちつかずだ。かえって無駄になりかねない」
「ちなみに防御魔法を複数同時に使うっていうのは……」
「自分の回りになら展開できるかも知れないが、それなら範囲防御で自分を囲ったほうが早いしな。ていうか、きみは『魔法』って言うんだな。今時めずらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。我々は魔術師だからな。魔法じゃなく魔術って言うよ」
わかったようなわからないような。
結局専門外である自分にはよくわからない。
でもひとつだけ分かるのは。
(もしかしてニーナさんて、規格外のものすごい魔術師? いや、魔法使いなのか……)
その人がひとりだけ昇格できず、自分たちだけが昇格してしまったのはとても心苦しい。
何から何まで、本当にいろいろ助けてもらったのに。それが残念でならない。
(ニーナさん、またパーティを組めるのを、楽しみにしていますよ)
◇
そして当のニーナはと言うと。
「うーん、魔術師の呪符、買おうかしら? これなら戦闘でも即対応できるはずだし……でもこれ、たっかいなあ。使い捨てでこの値段とか、あり得ないでしょ?」
道具屋の店頭で、うだうだと迷っているのであった。