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魔法使い、修羅場を駆け抜ける。


 情報にない、ゴブリンの大群。

 いや、情報はあった。不安を感じてノーラに頼んでいた情報から、さっきの洞穴はあぶなそうだという推測は得ていた。ただ、何がいるかまではわからなかった。


 それがこんな強敵とは。


 ベッティルとアヴェーネに担がれて逃げてきたビャルネを見る。息はある。けど傷は軽くない。


「振り切れない。囲まれてるな」

「どうしよう? どうしたらいいんですか?」

「…………」


 ビャルネを治療しながら、わたしは必死に考えた。

 打開策は、ジェネラルを討つしかない。そうすれば群れは統率を失い、振り切れるはず。

 でもそのためにはビャルネを戦線復帰させないとならない。

 できるかしら。でもやるしかない。


 落ち着け。落ち着け、わたし。

 わたしの魔法はいちいち時間がかかる。でもいったん魔力を活性化できれば連続して使うのは難しくない。大丈夫。対処できる。


「【回復】」


 ビャルネに向けて呪文を詠じる。丁寧に。効果が最大になるように。


「ニーナ。こんな時になにをのんきに歌なんて……」

「ベッティル。あんたにはジェネラルを討ってもらうわ」


 治療しながら、わたしはベッティルを真っ直ぐ見つめた。普段は陽気なベッティルが何も言わずに見つめ返している。どれほど困難なことか、彼にもわかっているはずだ。


 それをわたしは、彼に要求している。


「ビャルネを治療して、必ず復帰させるわ。だからそれまで粘って」

「わかった」


 彼はそれだけ言った。


「アヴェーネ。きみにも頑張ってもらうわ」

「は、はい!」

「ゴブリンの群れを引きつけて逃げて」

「えええ!?」

「わたしもここから掩護するわ。できるだけ親玉から手下を引き離して。そうすればベッティルが一対一でジェネラルに立ち向かえる。大丈夫。きみの足なら簡単には追いつかれない」

「わ、わかりました。ニーナさんの言葉なら信じます」


 アヴェーネはひとつ頷くと、走り出した。

 走りながら矢を三本いっぺんにつがえて射る。狙いはばらばらだが、ゴブリンの気を引くには充分だった。

 走るアヴェーネ。でも足場も悪くて、すぐ追いつかれてしまう。


「【防壁】!」


 アヴェーネに飛びかかろうとしたゴブリンを防ぐ。一瞬動きが止まったゴブリンを、アヴェーネが正確に射落とす。うん、いい腕になったね。

 こんな時なのに、わたしは母親みたいに嬉しくなった。


「うしっ! 行くぜニーナ!」

「はいよ。頑張って」


 ベッティルが駈け出す。その両側からゴブリンが飛びかかる。


「【ビットクラッカー】」


 ベッティルにつかみかかろうとしたゴブリンの回りで大きな破裂音が立て続けに起こり、驚いたゴブリンは目を回して墜落した。


「な、なんだ? 何が起こった!?」

「心配ないわ、ただの音。ちょっとうるさいけど露払いにはなるから、目の前に集中して!」


 ベッティルの回りに、いくつも魔法の粒を撒いた。

 【ビットクラッカー】。

 触れると弾けて大きな音が鳴る。それだけだ。何の威力も実害もない。

 だけどびっくりする。それで充分だ。


「おう! 行くぜ!」


 ベッティルは気を取り直して、ジェネラルに斬りかかった。

 向こうも斬り返してくる。大きな刃が、がつっと音を立ててぶつかった。

 力負けしてないのはさすが、と言ってあげたい。頑張って体力つけてたんだね。

 でもそれだけじゃ勝ち目はない。速さは若干ベッティルの方が勝っていて、いくつか攻撃を当てているけれど、ジェネラルは堪えた様子もない。


(もう少し。頑張って)


 祈るように、わたしは魔法に集中する。治療と、防壁と、掩護と。


「む……むん」

「ビャルネ。回復した?」


 ビャルネがむくりと上体を起こした。鎧には大きく裂け目が入っているが、その下の傷はすっかりふさがっている。


「これはニーナが……治療してくれたのか?」

「病み上がりのところ悪いけどビャルネ、これ飲んで、ベッティルに加勢してやって」


 わたしがポーションを差し出す向こうでは、ベッティルが巨大なジェネラルを相手に孤軍奮闘していた。


「むう、あれが親玉か」

「さすがのビャルネでもびびった?」

「馬鹿を言うな。あんなの、軽く討ち取ってきてやる!」


 うん、勇ましい。から元気でも嬉しいよ。

 仲間のために頑張って。


「うっしゃ! 行くぜ!」


 ポーションの瓶を投げ捨てて、ビャルネが立ち上がる。


「頑張れ。今こそ練習の成果の見せ所よ」

「おう!」


 ビャルネが駆け出す。

 よし。前衛がそろった。あとは……。


「アヴェーネ! こっち!」

「はい!」


 アヴェーネを呼び戻す。


「はあ、はあ」

「ご苦労さま」


 ポーションの瓶を差し出すと同時に、わたしは自分のマントを広げて腕の中にアヴェーネを包み込んだ。


「【潜伏】」


 とたんに、回りのゴブリンたちが慌て出した。きょろきょろと見当違いの方向を見回している。


「な、なにをしたんです?」

「わたしたちの姿をね、見えなくしたのよ。いきなり目の前の獲物がいなくなって、あわてているの」


 右往左往するゴブリンたちをよけて、わたしたちはベッティルとビャルネの掩護がしやすい位置に移動した。ひとつマントの下、アヴェーネに密着して肩を抱くようなかっこうになる。ちょっと挙動不審なアヴェーネくん。可愛いなあ。もう少しいたずらしてみたいところだけど、今は我慢。


「ひと息ついたら、やるわよ。あいつの目を狙って」


 アヴェーネに頬を寄せるようにして、わたしはささやいた。

 心なしか顔を赤くしている彼は、それでも頷いて矢をつがえた。そのままチャンスを待つ。

 いい目だ。冷静で、自信にあふれている。自分にはできるっていう確信を持っている。

 それは虚勢じゃない。地道な努力で得られた実力に裏打ちされた確信だ。


 前のふたりを見る。

 さすがジェネラル、巨体はだてじゃなかった。一撃一撃ではふたりとも打ち負けている。

 でも連携がうまい。ひとりが攻撃を受け止めている間に、もうひとりが懐に飛び込んで斬りつける。致命傷ではないけれど、じわじわと傷が増えていく。


 そのねちっこさにたまりかねて、ジェネラルが吼えた。

 ふたりが一瞬硬直して動けなくなる。咆哮自体に威圧の圧力があるみたいだ。

 硬直したふたりに、ジェネラルが大きく剣を振り上げた。唸りをあげて刃が落ちかかる。

 まずい。防御、間に合うか? いや。


「【遅延】!」


 ほんの少し、ジェネラルの動きが遅くなった。その間に硬直が解けたふたり。落ちかかる大剣をふたりがかりでがっちりと受けた。


(間に合った!)


 二対一の力が拮抗し、ジェネラルの動きが一瞬止まる。


「今よ! アヴェーネ!」


 すかさずアヴェーネが矢を放つ。矢は正確にジェネラルの目を射抜いた。

 たまらずにのけぞるジェネラル。チャンスだ。


「うりゃあ!」


 ビャルネが戦斧をジェネラルの膝裏に叩きつける。態勢を崩して片膝をついたところに、


「おっしゃあ!」


 ベッティルが飛び上がって、下からジェネラルの心臓を貫き通した。

 苦悶の声は、断末魔だと確信する。

 ジェネラルの巨体はゆっくりと、前のめりに倒れた。

 親玉を失って、ゴブリンたちは明らかに慌てふためいた。


「おらあっ! まだやるかあっ!」


 ベッティルが大げさに剣を振りかざすと、きいきい言いながら散り散りに逃げていく。


「……やった」

「……やったな」

「……やりました」


 みんなその場にへたり込んでしまった。


「ふにゃあ。助かったあ」


 わたしも例外じゃなかった。隠れ潜んだ態勢のまま、アヴェーネにもたれかかるように、ぺたりと座り込んだ。


「だ、大丈夫ですか、ニーナさん?」

「はは、腰が抜けた」


 わたしの醜態を苦笑いしながら見ているアヴェーネ。みっともないと思うけど、だめだ。もう精も根も、魔力も尽き果てた。これ以上は無理。もうちょっと男の子に甘えさせてもらおう。


「おーい。なにそんなところで、ふたりでいちゃついてんだよう」

「おれたちが死闘を演じてる間に、いいご身分だな後衛は」


 ベッティルとビャルネにからかわれて、アヴェーネが真っ赤になる。でもふたりの声に悪意はなかった。ふたりともわかっている。アヴェーネの一撃がふたりを救ってくれたことを。


 勝った。

 なにはともあれ、生き残った。

 勝つことより、アイテムをゲットすることより、生き残ること。それが大事。なにより大事。

 生きていれば、たとえ逃げたって次がある。

 そしてみんな揃って生き残れたことが、なにより嬉しい。


「でも、ご飯つくるの、ちょっと待ってえ。ひと休みさせて。お願い」





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