魔法使い、ピンチ。
わたしたちのパーティ最初のクエストは、ゴブリンを三十匹ほど狩って終わった。
その一帯の群れは全滅したようだし、上々な結果を残せたと思う。
その勢いのまま、パーティは順調にクエストをこなしていった。
成果は悪くなかった。受けたクエストはすべてコンプリート。悪くないどころか、出来過ぎなくらいだ。
メンバーは目に見えて実力をあげていた。連携もよくなっているし、個々の腕もあがっている。クエストのたび、毎晩地道に練習しているのが大きい。間違いなく実力が身についているのがわかる。
「いやあ、今さらだけど、何気におれたち、すごくね?」
ベッティルは上機嫌だ。いや、こいつはいつも脳天気なんだけど。
「この調子ならE級ももうすぐ手が届きそうじゃないか」
ビャルネが嬉しそうに言う。彼がそんな風に言うのはめずらしい。よほど嬉しいんだろうな。
もともと筋力重視型の戦士だったけど、目に見えて基礎体力がどんどん上がっているのがわかる。戦斧もひと回り大きく重いものに変えていて、破壊力も段違いに上がった。
「それもみんなニーナさんのおかげですよ。いろいろ教えてくれて、食事からアイテムの調達から、ぼくたちの体調管理まで。何から何までお世話になりっぱなしですから」
アヴェーネが一番成長しているかも知れない。弓を射る動作の速さ、正確さが上がったおかげで、複数の標的でも難なくさばけるようになった。それが余裕を生み、広い視野をもって戦局を把握している。後衛としてなくてはならない戦力に成長した。
「わたしは大したことはしてないよ。みんなが頑張ったからだよ」
「そんなことないです。ニーナさんがいなければ、こんなにすごいパーティにはならなかったと思います」
「ふふふ、そう思う? わたし、すごい?」
「はい! すごいです!」
「色気だけはな。これでもっと胸の谷間があったら……」
「それはクエストに必要なものかな? ベッティルくん?」
「ニーナさん。笑顔がこわいです……」
ベッティルに向けた、呪い殺さんばかりの視線に、アヴェーネの笑顔が引きつっている。
でもわたしは内心あせっていた。
みんな本当にめきめき腕を上げている。これならE級へのランクアップもそう遠くないかも知れない。
普通なら半年から三年はかかるところを、数か月で駆け抜けようとしている。驚異的な成長速度だ。
昇級には、まず今までの成果の査定を受ける。今までに倒した魔物の数や強さ、解決した課題の内容、採集・獲得したアイテムの質などが総合的に評価される。その結果、上のランクに見合った実力があると判定されれば、あとは昇級試験を受けてパスすればいい。
その査定の内容が、わたしは不安だった。他のメンバーがゴブリンを退治して着々と数を積み上げているのに対して、わたしはほとんど倒していない。せいぜいスライムくらいだ。下手をするとそのスライムの討伐数すら負けているかも知れない。日頃の鍛錬用としてみんなに回してしまっているから。
わたしは魔法使い、後衛職だから、魔物を直接倒すことは少ない。その点はもちろん考慮される。
それでも自分がしていることと言えば、ご飯つくったり戦闘外でいろいろ助言したり……つまり後衛職として査定に直結しそうな成果がこれまた少ないのだ。
(これでも頑張ってるつもりなんだけどなあ)
少しでも戦闘に役立てるようにいろいろ試して練習しているんだけど、とにかくわたしは、遅い。
魔法に時間がかかりすぎるのだ。
(やっぱりちゃんと魔術師の先生に弟子入りしないと駄目かなあ)
教科書にしているのは、昔師匠にもらった魔導書。それを隅から隅まで読みつくし、覚え込んでいるけど、しょせんは独学だ。どこかで間違っているのかも知れない。
あるいは……才能がないのかも知れない。
ちょっとくらい魔法が使えるからって、それで食べていけるなんてとんだ思い上がりだったのかも知れない。はあ、魔法使い迷走中。
(いやいや、そんなことない!)
迷いを振り払うように、わたしは大きく首を振った。やるって決めたんだよ。自分が自分を信じられなくてどうするの。
もう後悔したくない。今、やりたいことをやっているんだ。それは嬉しい。とても嬉しい。
それをまだ、やりつくしてない。すぐに成果が出ないことなんてわかっていたはずだ。諦めるのはもうちょっとあがいてからだ。まだだ、まだ終わらんよ。
迷走はやめて、ちゃんと瞑想しよ。ちゃんと体内の魔力の流れをつかんでおかないと。
◇
「よしっ、オークだ。これで上のランクに挑戦するぞ」
「おう!」
ベッティルがもらってきたクエストはオークの討伐。
ゴブリンより大きい。人と同じくらいか、それ以上の個体もいる。ゴブリンより知恵も回るし、それが数頭で群れて襲いかかって来る。なかなかの難敵だ。
これを倒せればF級のパーティとしては実力充分といえる。わたしがギルド職員でも推薦状を書くレベル。文句ない。
わたし個人の実力は……パーティの成果が証明してくれるだろう。パーティについて行けない程度の力なら、それだけのこと。やってみればわかる。
今回のロケーションは森の奥深く。けっこう深い。片道だけでも数日かかる。
そんなところでオークの被害とか言われても、と思うが、猟師さんとかディープな採集家さんとか、そこまで行く人はけっこういるらしい。
「でもそんな未踏の場所だとねえ……」
出発に当たって、収納魔法で必要なものを確保していく。行きと帰りの充分な食糧、みんなの武器のスペアやポーション、お肌の手入れの化粧品……なんでそんなものが必要かって? バトルは欠かしたってお肌の手入れは欠かせないのよ、特にこの歳だと。
それからノーラに連絡していくつか頼みごとをした。役に立つといいんだけど。
◇
森に分け入って、「行程数日」と言われたのがよく分かった。
道がない。自分で道を切り拓きながら進まなくちゃならない。これは大変だ。
「これだと距離が稼げないなあ。ニーナ、なんとかならないか?」
「地獄の業火でばあああああっ! と焼き払うとか」
「山火事起こしたいの? 火にまかれてわたしたちが死ぬわよ」
まったく。
魔法使いは便利屋じゃない。まあ、便利だけどさ。
けど、無秩序に繁る樹木に加えて、落ちた枝や隙間のない下草に足を取られて進みにくい。体力の消耗がばかにならない。
「……しょうがない。これで何とかなるかな」
わたしは魔法を詠唱した。
「【皮むき】」
足もとが盛り上がると、それがもそもそと前に進み出す。それに合わせて下草が倒れていく。
「なにこれ?」
「【皮むき】。じゃがいもの皮を剥いたりするのに使ってる、風の魔法の応用ね」
これも大した魔法じゃない。もともとはじゃがいもの薄皮をむくのが精々の魔法なんだけど。
その刃を集中させて、地面すれすれを這わせる。たくさんの風の刃が下草を刈りながら前に進んでいくようにした。あまり太いものはだめだけど、細い草なら充分に刈れる。
刈られて倒れた草を踏みしだいて歩く。これでかなり楽になるはずだ。
「おお、こりゃいいや。やっぱりニーナは便利だな」
「なによその都合のいい女的な言い方は?」
相変わらず失礼な奴だな、ベッティルは。それでも憎めないところが彼の魅力なんだろうけどね。
そうして進むこと二日あまり。
「そろそろ目撃情報のあった場所になるか?」
ビャルネが言うので、わたしは絵図面を拡げる。さっき小高い所に登ってもらって場所を確認したから進路は大丈夫。と言ってもこれだけ深い森の中だと目印も少ないし、正確な地図なんて望むべくもない。ノーラにお願いしてやっと手に入れた図面の中の印を確認する。
「もうちょっと左に進んだところかな。でも気をつけて。その手前に洞穴がいくつかあるわ」
「それがなにか? そこは目的地じゃないんだろ?」
ベッティルが不思議そうに言う。
「油断していると、思わぬ危機にはまるかも知れないってことよ」
目的地じゃなくても、目的外のものがいるかも知れない。
しばらく行くと、絵図面のとおり洞穴がたくさん開いている場所があった。大小いくつもの洞穴が真っ黒な口を広げている。中は真っ暗で何も見えなかった。
……こわい。
想定外の危機は充分に起こり得る。そんなことを思わせた。
冒険者が最優先する目的は、生き残ること。そのためにはいくら用心してもし過ぎることはない。
少し迷ってから、わたしは「保険」をかけておくことにした。何ごともなくて無駄になったなら、それはそれでよし。
ギルドの受付でたくさんの冒険者の話を聞いた。そこから学んだのは「今まで大丈夫だったから今回も大丈夫」と思い込むのがいちばん危ないってことだ。万が一が起こってしまったら「今まで」がどれだけ幸運だったか思い知ることになる。そしてそれを知った時にはもう遅い。
洞穴群を通り過ぎて少し行った頃。
突如後ろから轟音が響いてきた。
「かかった! って、喜んでいいのかわからないけど」
「なんだ? 何が起こっているんだ?」
緊張が走るなか、ベッティルが険しい表情で訊いて来る。
「さっきの洞穴の回りにトラップを仕掛けといたのよ。何かが引っかかったのね」
「なにか」が洞穴の暗がりに潜んでわたしたちをやり過ごし、後ろから襲って来る可能性は充分にあった。それが今まさに起きている。
それは終わりではなく、始まりだった。
「気をつけて! 囲まれています」
アヴェーネが低い声で、鋭く警告を発した。さすがエルフ。耳がいい。「なにか」の気配を察知したらしい。
全員が一斉に身構える。
「どこだ。なにがいる?」
「何も見えないな。ニーナ、わかるか?」
今やベッティルもビャルネも油断なく辺りを見回しているが、森が深くて視界が悪い。ふたりとも敵を捉えられないみたいだ。
「ちょっと待って」
すっと目を閉じて、わたしは歌を詠じた。自分の感覚が広がって森と同化していく。たくさんの木々が感じている気配、それをふるいにかけて、「敵意」を探る。違和感を選り抜き、意識を向けて分析し、そして……。
「みんな、走って!」
わたしの叫びに、全員が弾けるように駆け出した。
「なにがいるんだ?」
「ゴブリンよ」
「なんだ、なら大したことは……」
「ものすごい群れよ。何十匹かいるわ。ここじゃまずい。開けた所に出ないと」
こんな遮蔽物だらけの森の中では、奇襲待ち伏せし放題だ。わたしたちが圧倒的に不利。
戦いやすい所を探して走るわたしたちを追って、ちらちらとゴブリンの姿が見え隠れしている。逃げているのか、追い込まれているのか。それはまだわからない。
少し走ると、やっと木がまばらになってきた。
「展開! 円陣だ!」
ベッティルが叫ぶ。
戦いやすいとは言えないけど、大分ましな場所だ。わたしたちはお互いの背を守るように外側に向けて円陣を組んだ。
木々の間をぬって、ゴブリンが飛びかかってくる。一刀のもとに斬り捨てるベッティル。
ビャルネの戦斧は斬るというより、殴り倒す感じだ。刃が当たると、爆発するようにゴブリンが吹き飛ぶ。
頼もしいふたりの立ち回りだが、その隙をついて別のゴブリンが脇から飛びかかって来る。一匹が攻撃してくる隙に、別の一匹が回り込んですかさず飛び込んでくる。巧妙な連携だ。
「【防壁】!」
ベッティルの右とビャルネの左、まとめて動きを止める。広範囲を守るのは諦めて、ピンポイントで防壁を発動し、動きを邪魔するにとどめていた。それをかいくぐって、上から落ちてきたゴブリンはアヴェーネが射落とす。
そのアヴェーネに、ゴブリンが二匹同時に飛びかかってきた。
「わっ、うわっ!」
「【防壁】!」
すかさず二匹を叩き落とす。
「アヴェーネ、落ち着いて。きみの視野の広さなら問題ないわ。標的はでかいから安心して」
「……はい!」
冷静になれば、アヴェーネの腕なら対応できる。自分の敵を倒しながら仲間の掩護、両方できるだけの視野がある。
とは言え、敵が多すぎた。戦いやすい場所を求めて開けた場所をとったけど、それがかえって集中攻撃を呼んでしまったかも知れない。
使える魔術師なら、敵を一箇所に集めて範囲魔法で一気に殲滅、なんてできるんだろうけど、そんな離れ業はわたしには無理だ。地道に一匹ずつ退治するしかない。
それにしてもこの連携。普通のゴブリンより格段に巧妙だ。ただのゴブリンとは思えない。
もしや、指示を出している指揮官がいる?
「うわっ!」
「くそっ! 数が多すぎる!」
「【防壁】【防壁】【防壁】【防壁】【防壁】っ! ついでに【閃光】!」
三人にまとわりつくゴブリンを立て続けに払い落とし――わたしじゃそれが精いっぱいだ。仕留めるには至らない――さらに目眩ましを飛ばして少し場所を移動する。
「きりがないな。なんとかしないと」
呟くビャルネの声にもあせりがにじんでいる。どうしよう?
……っと、いけない。わたしが落ち着かないと。
大きく息を吸って、再び感覚を森と同化する。もし指揮官に相当するものがいるなら、そいつはどこにいる?
……いた。
ひときわでかいのが。これは……。
「ホフ……じゃない。まさか……ジェネラル級?」
予想以上に大きな感覚だった。そしてそれはすぐ近くにいて。
「あぶない! ビャルネ、逃げて!」
「うおっ!?」
ビャルネの左手から強烈な斬撃が放たれた。
大木を盾にしていた巨体が現れる。ゴブリンなんて大きさじゃなかった。オーク、いや、オーガに匹敵しようかという大きさ。
「やっぱりジェネラル?」
斬撃を受けたビャルネはふっ飛ばされて転がっていき、そのまま動けないでいる。ダメージが大きいみたいだ。まずい。
「みんな逃げて!」
わたしは夢中で叫んだ。同時に目の前に魔法を投げつける。
「【閃光】!」
慌てていたので自分でもまともに見てしまった。目が眩むのを必死に我慢して走る。
どうすればいい? どうやれば逃げ切れる?