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魔法使いは魔術師の倖せをねがう。


 みんないろいろ、訳ありのパーティ。

 何から解決していこうかしら。

 どう解決したら、みんなのためになるのかな?


 今回はわたしも、ずいぶんと頭を使うこととなった。


「じゃ、こんな手はずで」

「なるほど。よし! わかった!」


 わたしの提案に、ルネーはノリノリだ。早く試したくてうずうずしている。


「ねえ、やっぱりあたしに不利だろ、これは?」


 ペリトはまだ少し不満そうだ。


「いかに状況をうまく利用するか、それも冒険者の資質よ。いろいろと使いではあると思うんだけどな」


 あとはあなた次第、と言外の意味を込めてみる。ペリトの武器は人より不利なのは間違いない。それでもそれを使い続けるなら、それに合った戦い方を考える必要がある。自分自身で。


 今日の相手はオークだ。ゴブリンより頑丈だし、手ごわい。一撃で片づけるってわけにはいかない敵だ。それぞれの資質、お互いの連携が問われることになる。


 三匹のオークが棍棒を振り上げ、襲いかかって来る。


「エクル! 足止めするよ!」


 エクルはわたしの合図に黙って従い、手を差し出す。


「「【防壁】!」」


 オークが見えない壁に阻まれて足踏みする。そこへルネーの飛び道具が飛んだ。

 二匹が直撃を受けて叫び声を上げる。が、残りの一匹がそれをかわして抜け出した。


「【蛍火】」


 わたしは少し離れたところに目印の灯りをともした。


「さあみんな! あそこが目標地点よ! 追い込んで!」


 棍棒を振り上げたオークが、ペリトに殺到する。


「はあっ!」


 全力で大剣を横に薙ぎ、棍棒を弾き飛ばしたペリト。オークはよろけて――【蛍火】のすぐ近くで振り返った。


「だあっ!」


 すかさずペリトが斬りかかり、オークと押し合いになった。すごいなペリト。力自慢の魔物との押し合いなのに、負けてない。


 そのペリトが横眼で一瞬タイミングを計り、さっと飛び退いた。次の瞬間。

 ルネーが投げていた円形刃が大きな円を描いて飛んできた。みごと、オークの肩に突き立つ。


「UGAAAA!」


 オークが叫び声をあげた。

 連携して敵を誘い込む。【蛍火】はその位置を示すための目印だった。


 棒立ちになったオークに、ペリトが思い切り剣を振るう。オークが真っ二つになって倒れ込んだ。


「……やった」

「ナイス、ペリト! でもまだ残っているわよ!」


 はっとして大剣を構え直すペリトに襲い掛かるオーク。激しく打ち合っている間にわたしは【蛍火】を設定し直す。


「次はここよ!」


 オークの後ろからルネーが駆け寄って、円形刃で背中を斬りつけた。たまらず後ろに気が逸れたオークをペリトが弾き飛ばす。ふたりは離脱して【蛍火】の方へ。


 逆上して追いかけてきたオークが【蛍火】を踏んだとたん。

 巨大な業火がわき起こり、一瞬にしてオークを飲み込んだ。悲鳴を上げながら焼かれていくオーク。


「やったね、エクル! ナイスタイミング!」


 エクルが炎熱系の魔術を発動したのだ。マーク地点にオークが差し掛かった時、最大の威力が発揮されるように。

 上級魔術ほど発動するまで時間がかかる。呪文の詠唱が長いのだ。目標地点を定めることで、タイミングを合わせやすくした。


 仲間を立て続けにやられて、残る一体のオークは明らかに恐怖を覚えていた。こうなれば勝負はついたも同然。ペリトが追いすがって、一刀のもとに斬り捨てた。


「すごいすごい、みんな、グッジョブ!」

「大げさだよ、ニーナ」

「なに言ってるの。みんなすごい事をやってのけたんだよ。もっと胸を張りなさいよ」


 大はしゃぎのわたしに、ペリトもルネーもちょっと困り顔だ。でもまんざらでもなさそう。


 目標地点を定めて、そこに敵を追い込み、全員で寄ってたかって殲滅する。

 言うのは簡単だけれど、実際にやるのは楽ではない。お互いの攻撃を読み合いながら戦うのだ。

 それを、ろくな打ち合わせもなく、ちょっとぎこちないながらもやってのけた。実に高度な連携だ。これはすごいよ、本当に。


「自信持って! これなら昇格もいけるよ。うん」


 手応えを感じて、わたしは本当に嬉しかった。みんな、やっぱりすごかったんだ。ただちょっとしたきっかけがあればよかったんだ。


「ニーナ。質問がある」

「なに? エクル?」

「なぜぼくに【滅】の魔術を使わせてくれないんだ?」


 エクルの冷たい声は、浮かれていたあたしに頭から冷や水を浴びせた。


「それは……」

「今日の相手、ぼくなら一瞬で二体まで倒せた。わざわざ面倒な連携技など使わなくても勝てたんだ。なぜ使わせてくれなかった?」


 いっきに気まずい空気が全員を押し包んだ。


 ――ん。ここは肚を割って、ちゃんと話すべきところよね。


「エクル。座って」


 自分も座り込んで、わたしは自分の正面にエクルを差し招いた。

 差し向かいで座るわたしたちの両脇に、ペリトとルネーも座る。


「あなたの魔術は、すごいわ。本当にすごい。正直に言う。あれを見たとき、わたしは震えが止まらなかったわ。あれは最強にして唯一無二。たぶんあなたにしか使えない」


 わたしは全ての魔術を知っているわけじゃない。けど、わたしはそう確信していた。


 エクルの【滅】の魔術は、どんなものでも一瞬にして消去し、滅することができる。おそらくドラゴンや、魔神のような超越存在すら消すことが出来るだろう。


「なら、なぜ!?」

「あの魔術は、あなたの命すら喰らい尽くすように思えたからよ」


 はげしく食って掛かろうとしたエクルが、一瞬にして黙り込んだ。

 やっぱり。


 わたしは静かにエクルの両手を取り、ゆっくりと、下からのぞき込むように語り掛けた。


「ねえエクル。もしかしたら、あなたも気が付いていたんじゃないかしら? あの技は大きな魔力を必要とするって。

 多分だけど、【滅】の魔術の成功率は高くないんじゃないかしら? それは、膨大な魔力を必要とするから。そしてもし、それが足りない時には、術者の生命力まで喰らって発動する、そんな魔術なのではなくて?」


 わたしの突飛な発言に、ペリトやルネーまで驚きを隠せずにいた。

 正面のエクルは、答えない。それが何よりの答えだった。


 エクルの術を見た夜、わたしはずっと違和感を抱いていた。

 今まで見てきた魔術とは違う何かを感じたのだ。

 さらにエクルの、ある種偏執的なまでの魔術への欲望。


「ねえエクル。命を削ってまで手に入れるものは、正しいものなのかな? わたしはあなたに、悲しい人生を歩んでほしくない」

「うるさい!!」


 エクルは絶叫してわたしの手をふりほどき、立ち上がった。


「あんたに……あんたになにがわかる!? ぼくがどんな思いで魔術師になったか……ぼくは、強くならなくちゃいけないんだ! そうでなければ、ぼくは何のために……あんたに何がわかるってんだ!!」


 エクルは怒りで震えていた。怒りのあまり、声が震える。


「ぼくは、ぼくの魔術を捨てない。絶対に。これがあればぼくは最強になれるんだ。そのためなら命だってなんだってくれてやる。ぼくの命なんか……とうの昔に……あんたになんか、わからない!!」


 目に涙をためて立ち尽くす小さな身体を、わたしは静かに眺めていた。


 ああ、同じだ。

 彼は、わたしだ。


 魔法使いに憧れて、ずっと魔法使いになりたくて。

 やっと魔法使いになって、でも思い通りにならなくて。

 後から来た連中にどんどん追い抜かれ、底辺からはるか高みの人々を見上げてため息をつく、わたしと同じだ。


 もしわたしが彼だったら。

 もし目の前に、輝かしい道が開けているのなら。

 わたしも悪魔に魂を売ったかも知れない。


「エクル……」


 だから、わたしは、エクルを叱れなかった。たとえ間違っていたとしても、理解してしまったから。

 代わりにわたしは立ち上がり、エクルをそっと抱きしめた。


「!」

「わかるよ。わたし、わかるよ。きみは、わたし。わたしと同じ。

 だから、やめろなんて言えない。けど、どうか自分を大切にして。どんなことになっても、生きることを諦めないで。夢は生きていなきゃ、見られないんだよ?」


 エクルは黙って、わたしに抱きすくめられていた。

 それ以上のことは、わたしは言えなかった。言う資格もなかった。

 ただ、自分を大事にして、としか言えなかった。



 ◇



 エクルはハルムスタッドの街に戻らなかった。

 どこへ行ったのか、わからない。


 わたしの心のもやもやは晴れなかった。

 どうすれば彼の力になれただろう。いや、そんなこと考えるだけおこがましいのだろうか。

 自分の気持ちすら思うに任せないのに、他人を救おうだなんて。


 でも、エクルはわたしだった。

 だからエクル、もし辛くて耐えきれないことがあったら、どうか他人を頼って。わたしがそうであるように。

 わたしだって、大した力もないけれど、回りのみんなに生かされているのだから。





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