魔法使い、初めての魔術に出会う。
と、とにかく!
疲れたときには美味しいご飯がいちばんよ。そうよ、そうしましょう。
わたしは大鍋に湯を沸かし、小麦団子入りのスープをたっぷりと振る舞った。
これにはさすがに三人とも目を丸くしていた。どうだ、これができるのはハルムスタッドじゃ多分わたししかいないぞ。
「うまい! 冒険中にこんなもんが食えるなんて。すごいなニーナは」
「ふふん。でしょう?」
「冒険者やめて料理屋でもやったら?」
「う、うるさい! わたしは魔法使いになりたいの!」
そこは絶対譲れない。
「ともかくルネー、あんたなら狩りも出来るでしょ? うさぎか何か、狩ってきたら料理してあげるわよ」
「ほんとか!? よし、うまそうな獲物見つけてくる!」
「本業を忘れない程度にね」
ノリノリなルネーにいちおう釘を刺しておいて。
「みんな、今日のクエストはどうだった?」
とたんにみんな口を閉ざしてしまう。
いろいろ思うところはあるのだろう。理想とする戦い方、なのに失敗したところ、思い通りにできないもどかしさ。
わたしはいちばん言いやすい奴からへこますことにした。
「ルネー。あなたは前衛向きじゃないわね」
ルネーが悔しそうに唇をかむ。
「前衛は時には敵の攻撃を正面から受け止めなきゃならないわ。でもそれじゃ、きみの長所が活かせない。きみの持ち味は動きの素早さなのに、もったいないわ。だから前衛はペリトにまかせちゃいなさい」
「えっ?」
「なっ!?」
いきなり話題を飛ばしたものだから、ふたり同時に驚きの声があがる。
「ルネー、きみの持ち味が生きるのは一撃離脱。きみは常に視野を広く持って、味方の手薄なところや敵が正面に気を取られているところを横から撃つの」
「……そうか、足を止めずに戦場を駆けまわれってことか」
「もちろん並大抵の体力じゃ務まらないわ。そのペースも考えなきゃいけないけど、ひとつだけ言えるのは、正面から打ち合うのはばからしいってこと。人にはそれぞれ、特性に合った戦い方があるのよ。わかるわね?」
「うん。なるほどな。うん」
ルネーは目を輝かせて、自分の考えに没頭している。何か、つかみかけているみたいだ。
「ちょっと。それじゃあたしに、前で全部受けろってこと?」
非難がましい声を投げつけてきたのは、ペリトだ。
「そうよ」
「それじゃ獲物を仕留められない。あたしにメリットがないじゃないの」
「ペリト。あなたが今日仕留めたゴブリンの数は?」
不機嫌そうに、ペリトは押し黙った。
わたしのカウントが合っていれば、今日の成果はエクルが二匹、ルネーが五匹。ペリトが仕留められたのは一匹だけだ。
「あなたの武器は敵を斬り倒すより、攻撃を受け止めて敵を足止めするのに向いているわ。つまり壁役ね。その間に味方が敵を殲滅する。それがチーム戦よ」
「それじゃあたしの成果にならない!」
「そんなことはないわ。パーティ戦での役割はちゃんと考慮される。あなたは自分の武器をちゃんと使いこなしているし、確実な壁役ってのはどこのパーティでも欲しいものなのよ」
「でもそれじゃ!」
ペリトが悔しそうに黙り込む。
わたしが言ったのは嘘じゃない。予想に反して、馬鹿みたいに巨大な刃をペリトはちゃんと使いこなしている。華奢な身体からは考えられない膂力だ。
強いて難を上げれば、斬れていない。脳みそまで筋肉みたいな大男なら、あんな大剣でも敵を切り刻めるんだろうけど――もっともあの質量はもはや棍棒に等しい。「斬る」より「叩き潰す」ほうが早い――ペリトではまだそこまでは至らない。
「あんたも……あんたもこの剣を捨てろっていうの?」
「いいえ。その剣を使う前提での戦い方を考えたわ。割といい手だと思うけど?」
ペリトの表情は泣きそうに見えた。
彼女のこだわりは何だろう? 彼女は何を守りたいんだろう?
まだよくわからないけれど、そんなにあせる必要はないのにな。捨てたくないなら持っていればいい。誰にもそれを奪う権利なんかない。無理にどちらかを選ぶ必要なんてないのだ。
「ねえペリト。どんな思い入れがあるのかわからないけれど、あなたはその剣を使いたいんでしょう?」
こくりとペリトが頷く。
「でもどんな武器でも万能ではないわ。使う武器や、使う人の特性に合わせた、一番効率のいい戦い方があるはずよ。わたしはそれを提案した。判断するのはあなたよ。どう?」
わたしは黙って、ペリトの答えを待った。
ペリトはうつむいて、考えている。わたしはお椀に、スープのお代わりを注いであげた。
「別にあせって結論を出す必要はないわ。戦いのスタイルなんていくら変えてもかまわないし、確立するまで何年もかかる人だっている。いろいろ試してみたらどうかしら?」
「……ニーナ、あなたって、変な人」
「ふふ。それはどうも」
わたしは笑って受け流した。
人にはそれぞれ、譲れないものがある。わたしなら、『魔法使いになる』という願いがそう。
でも、「これしかない」と思っていたけど、後から考えたら別の道があったり、一度は捨ててしまったものが、やっぱり自分には重要なものだと気づいて取りに戻ったり、そんなことはよくあることだ。
それは本人にしかわからない。今はわからないかもしれない。
でも今わからないなら、それはまだその時ではないのだ。
「取り敢えず、ペリトが前衛に立つ前提で、ルネーの円形刃をうまく使う方法も考えなきゃね」
「お、何かいい手があるのか?」
ルネーが食い気味に訊いて来る。アイディアはいくつかあるけれど、それは実際にやってみないとわからない。明日またいろいろと試してみよう。
「そのためにはエクル、きみにも協力してほしいんだけどな」
水を向けられた魔術師の少年エクルは、わずかに視線を上げただけでほとんど興味を示さなかった。言われたらやるけど、自発的にやるつもりはない、という感じだ。
うーん、この子が一番やりにくい。
でも何故やりにくいのか、なんとなくわかってきた。
彼にはやりたいことがない。
今まで会ったどの冒険者もそれぞれに希望や欲望があった。わたしはそれを引き出してあげただけ。わたしの行動は後の先、いつも受け身の行動だったのだ。
エクルにはそんな引き出しが見えない。だから動きにくかったのだ。
ん? でも、ひとつだけ、あったわよね?
「ねえ、エクル。わたしの魔法を見たいって言ってわね。今見せればいいかしら?」
ぴくり、とエクルの手が止まる。
「……ええ、ぜひ」
「うん。わかった」
わたしは立ち上がった。
普段はあまり使わないけど、魔法書を取り出して開く。
大きくひと呼吸。それから魔法を詠唱する。
わたしの詠唱は、歌。呪文を詠ずる、それがわたしの教わったやり方。
歌に乗って、魔力が集まる。魔術師のように即効性の術じゃない。
時間はかかるけど、何にでも使える無色の力。
エクルの目が初めて輝いた。
彼にも見えている。初めて興味を引かれたんだ。何に? 魔力に? いや。
彼は魔術師。魔術に興味があるのはもちろんだ。
でも彼はわたしの「魔法が見たい」と言った。魔術とは違う、何かを彼は求めている。
それがエクルの、唯一の望み。
それに応えることで何が起こるか、わたしにはわからない。
けど、応えてあげる。さあ、わたしにも見せて。きみの望みはなに?
「今ならきみの術はなんでも使える。好きに使ってみるといいわ」
声にならない呪文が聞こえた気がした。
次の瞬間、離れた場所にあった大木が消えた。丸ごと。何の痕跡も残さず。
後には数枚の葉っぱが舞い散るだけだった。
「…………」
絶句。
誰も、言葉がでなかった。
魔術だ。
でも転移でもない。転送でもない。破壊でも、分解でもない。
消えた。消滅した。【消滅の魔術】?
「ふ……ふふふふふ」
静寂の闇夜に、エクルの低い笑い声が聞こえた。
「すごい……すごいよニーナさん。あなたの力があれば、ぼくの【滅の魔術】が自在に使える。そうか、魔法か。これなら……」




