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魔法使いはドラゴン退治を見学する。


「はあ……はあ、ネブレク、わ……たし、もう……だめ」

「なに言ってる? 色っぽい声出したって、助けてやらねえぞ。きりきり歩け」


 今、わたしはネブレクと一緒に山に来ている。

 ハレル山。ハルムスタッドからはだいぶ離れているけれど他に近い街もなく、おおよそハルムスタッドの圏内と見なされている。


 そんな山にピクニック? とんでもない。

 こんな山深いところ、ピクニックどころじゃない。道も自分で切り開かなくちゃならない、ほとんどサバイバル。


 なんでそんな所にきているのかというと、この山にドラゴンが降り立ったという情報があったからだ。

 ドラゴンといえば上級の怪物。わたしみたいなペーペーの冒険者が相手にできるようなものじゃない。C級のネブレクですらまだ足りない。

 それでもわたしたちがここにいるのは戦士としてではなく、荷物運びとしてだった。


 ドラゴンがどこかに降臨した、という噂はネブレクから聞いていた。そのドラゴンを退治に、A級のパーティがこの街に立ち寄るという話が流れてきたのだった。


 全員がA級冒険者のパーティ、通称『最優のパーティ』。A級というだけでも珍しいのに、全員がそれっていったいどんな集団なんだろう?

 そもそも同じ人間なのか? という、冗談とも本気ともつかない評判まで出回っていた。そりゃ、少なくともこの街では誰も見たいことがない類いの方々だ。想像に尾ひれがついていくのはよくあること。


「そのパーティがな、荷物持ちを雇いたいそうなんだよ。おまえ、一緒にやってみないか?」


 ネブレクの申し出は唐突すぎて、はじめ意味がわからなかった。いや、荷物持ちくらいはかまわないんだけど、わざわざやるほどのことかしら?


「考えてもみろ。最優のパーティの戦いぶりが間近で見られるんだぞ。A級の戦いとはどんなものなのか、ドラゴンを狩るとはどういうことか、直にこの目で見られるんだ。どれほどの糧になると思う?」


 なるほど。


 どれだけ書物で学んでも、実戦に勝る教科書はない。それを荷物を運んでいるだけで――しかも荷物持ちの手間賃までもらって――学ばせてもらえるなんて、こんなチャンスめったにない。


 わたしは持てるギルドのコネを使いまくって、なんとかA級パーティの荷物持ちとして紛れ込ませてもらったのだった。



 ◇



 そして、この山深い道なき道を今、歩いている。

 パーティは三人。道もない深い山の中をこともなげに進んでいく。

 荷物はほとんどネブレクとわたしで手分けして持っていたが、それを差し引いても人間離れした身体能力だった。それにひきかえ。


「おまえ、体力なさすぎだぞ。いちおう冒険者だろ?」


 ネブレクが半ばあきれ顔でわたしを見る。荷物の大部分は収納魔法でしまってあるから、ネブレクの半分も持っていないんだけど。


「だってわたし、後衛だし」

「理由にならん。闘いを生業とする者がそれじゃ、いざというとき危ないぞ」

「それにF級だし」

「ますます理由にならん。しっかりしてくれ。おれはおまえとパーティを組みたいと思ってるんだから」

「ほんとに?」


 それはちょっと意外。

 C級の大ベテランが、気にかけてくれていたなんて。


「おれだけじゃない。おまえと組みたいと思っている奴は多いんだぞ」

「またまた、ご冗談を」

「嘘じゃない。それだけおまえは注目されてるんだ。だから、しゃんとしろ」


 ほんとかなあ。

 でも、それがほんとなら……嬉しい。

 こんな下っ端の魔法使いでも、気にかけてくれる人、いるんだ?


「うふ、うふふふふ……」

「気色悪いな。にやけてないでちゃんと歩けよ」


「そろそろ野営の準備をしようか」


 後ろのわたしたちを振り返って、ヴァルナーリが言った。

 主役であるA級のパーティは、リーダーであろう勇者ヴァルナーリと、女剣士エルヴィーラ、それに魔術師グンナル。なんかもう、名前からしてA級でござい、って感じよね。


 それはともかく、わたしは食事の準備をする。


 ちょっと広い河原のような場所だったので、ネブレクに手伝ってもらって石を組み上げ、簡単なかまどをつくった。今日は鍋じゃなく、焼き物料理。小麦粉で作ったパン生地に肉や野菜を載せて包み、それを笹の葉でくるんである。これを焼けた石の上で焼く。ほくほくの蒸し焼きの出来上がりだ。葉っぱ以外は全部食べられる。


「へえ。野営でこんな贅沢なものが食べられるなんてね」

「悪くないわね。存分に戦えそうだわ」


 イケメン勇者ヴァルナーリくんは、喜び方もスマートだ。剣士のエルヴィーラさんは、ワイルドな食べ方だけど、美しい。スレンダーなのに、出るとこ出てるせいかなあ。ちくしょー。

 魔術師のグンナル氏だけは何も言わず、じっとわたしを見ていた。魔術師というより大賢者といった風格のお方だが、はて、なにか気に障ることでもあったかしら?


 そうこうしているうちに三日目、目指すドラゴンに遭遇した。


 即座に戦闘に入る三人。わたしとネブレクは射程圏外まで全力疾走。

 人間の頂点と魔物の頂点のぶつかり合いである。余波だけでもただごとじゃない。

 予想通り、ものすごい戦闘が展開されていた。


 地獄の業火そのものの炎を吐き出すドラゴン。それをものともせずに飛び込む勇者、剣士、大賢者。


「うわー、うわー、うわー!」

「どうだニーナ? 最優の戦いを見た感想は?」

「すごい! ぐわあ!っなってんのに、がっ!と行ってがあっ!てなって、ぐおおおお!ってきたところにばっ!と止めてざくざくざく!って! ずどん!って!」

「なに言ってるのかさっぱりわからんが、言いたいことはだいたいわかった」


 いやあ、どっちも凄すぎて、表現する言葉がない。ただ「すごいなあ」としか言えない。

 パーティの戦いには危なげがなかった。どんなに威力のある攻撃でも冷静に計算してかわし、防ぎ、時には敢えて受けている。派手に見えるけど、とても安心して見ていられる戦いぶりだった。それがわかるようになっただけでも、少しは進歩したかな。


 やがてドラゴンが断末魔の叫びを上げ、地響きを立てて倒れ込んだ。


「もう仕留めたんだ。すごいや……」


 ドラゴンはB級のパーティから挑戦できる。でも狩りはたいてい半日から、場合によって二日くらいに及ぶ。死力を尽くした激戦は必至なのだが、このパーティはその半分以下の時間で仕留めてしまった。余裕の圧勝である。最優、すごすぎ。


「さすが雲の上の人は違うわね。すごすぎてため息しかでないわ」

「なに言ってる。おまえもなるんだよ」

「いや無理でしょ」


 頑張れば報われる、とわたしは信じているけれど、それでもこれだけ格の違いを見せつけられると、いやでも才能かなと思ってしまう。


「なんだよ、逆効果だったか。へこんでいるおまえを元気づけようと思ったんだがな」


 ちょっとすねたように頭をかいているネブレク。


「あら、気にしてくれてたの? 嬉しいな」

「ちっ」


 そっぽを向くネブレク。照れてるのかしら。なんか可愛い。

 でもそんな風に思ってくれてたなんて。やっぱり年上は頼りになるわね。


「ちょっとトウが立ってるけど」

「おまえだって人のこと、言えるか」


 その間もパーティは休むことなく、その解体にいそしんでいた。

 ドラゴンくらいの魔物になると、貴重な素材がいろいろと手に入る。竜の玉や逆鱗は言うに及ばず、爪、牙、鱗、目玉、はては血やひげまで、無駄にする部位がないというくらい、レアアイテムの宝庫だ。

 それらは薬やポーションや、あるいは上質な武器や防具の材料になる。


「ご苦労さまでした。ひと休み、どうぞ」


 作業がひと段落し、三人が戻ってきたのを見計らって、わたしはお茶を差し出した。


 今回わたしたちが荷物持ちとして雇われたのも、この大量の素材を持ち帰るためなのかもしれない。日当はなしでもいいから、ドラゴンのウロコ一枚でももらえないかな。魔法使いとしてはやっぱり、すごく気になる素材だ。


「いいお茶ね。こんなところでお茶が飲めるなんて思わなかったわ。ありがとう」

「どういたしまして」


 エルヴィーラに褒められて、ちょっと嬉しい。

 この人、年下なんだけどね。でも貫禄あるわあ。激戦をくぐり抜けてきた自信のなせる技かしら。


「あなた、冒険者っぽくないわね。ちょっと変わってる」


 あははは。


「でもドラゴンの素材、ずいぶん集めるんですね。そんなにたくさん、なにに使うんです?」

「きたるべき戦いに備えているのだよ」


 魔術師のグンナルが言った。


「何の戦いです?」

「世界に仇なすもの、魔女を殲滅する戦いだよ」

「げほっ! ごほっ、げほっ」


 お茶でむせたわたしなどおかまいなしに、グンナルは夢中で熱弁をふるう。


「魔女とはこの世の理にまつろわぬ無法の者だ。なみなみならぬ能力を持つと聞く。正体も人数も不明だが、だからこそ万全の備えをせねばならん」

「無法者っていったい何をしたんですか、その……魔女さんは?」

「うむ。わかっている情報は少ないのだが、さまざまな外法を操り、人の世を混乱に陥れると聞く。そのようなことは見過ごすわけにはいかん」

「またまた、都市伝説じゃないですか? そんなすごいことなんてできませんよ」

「いや、現に最近も、人を化け物に変えてしまったという報告を耳にしている」

「げふっ! ごほっ、げほっ、くふっ……」

「放っておけば、取り返しのつかないことになる。その模様は伝承に詳細に伝えられているのだ。われわれ『賢者の魔術』を受け継ぐ者にとっては不倶戴天の宿敵なのだ。これはそのための準備なのだよ」


 あー、そうですか、としか言えない。

 わたし、魔女は名乗っていないけれど、魔女の教えを受けた魔女のはしくれとも言える。

 でもねえ、そんな凄い技、使えないわよ。わたしが受け継いだ魔法書をすみずみまで読んでも、世界を滅ぼすような法は書いていない。

 だいいち、魔法使いは世界の力を借りて魔法を使い、自然と共に生きるものなのだ。その世界をぶち壊してしまってどうするの。


 そう思っていると、グンナルが険しい眼差しでわたしを見据えた。


「おぬし、魔法使いと名乗っていたな? 魔女とは違うのか?」

「いやっ、ち、違いますよ! そんなぶっそうな者じゃございませんてば!」

「しかしその恰好はどう見ても魔女……」

「ちょ、ちょっとかっこつけてみたんですよう! ほら、こんなひらひらしたの着けてる魔女なんていないでしょ?」

「しかし、収納魔法とか……時空操作の下位互換ではあるが、もしや……」

「わたしF級ですよ、F級! ぺーぺーですよ! どこにそんなすごい力があるんですか!?」

「それもそうだな。うむ。しかし……」


 大賢者さまはまだ納得がいかないようだ。

 勘弁して下さい。こんな下っ端を捕まえて世界を滅ぼす大悪人よばわりとか、はた迷惑にもほどがあるわ。


 こうして『最優のパーティ』は多大な戦果を手みやげに去っていった。


 ……にしても師匠、いったい過去になにやらかしたのかしら?

 わたしたち、人類の敵なんかじゃないんだけどな。どこでそんな話になっていたのやら。

 変なことにならなきゃいいんだけど。





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