閑話:あやしいポーション made by 魔法使い。
いつも通りの、ギルドの昼下がり。
いつも通り、ノーラは受付で忙しく仕事をこなしていた。
隣の後輩の受付嬢にいろいろと教えながら、複数の仕事を同時にさばく。その腕には自信があったつもりだが、同時に人を教えるのは骨が折れる。ニーナがいれば、先任だからと任せていたところなのだが。
「ちょっと訊きたいんだが……」
「はい、なんでしょう?」
受付にやってきたのは冒険者。魔術師のようだ。
「このポーションを作ったのは誰だろうか?」
差し出された瓶を見ると、ニーナの意匠が入っていた。
ありがたみのかけらもないような、漫画チックな意匠。キャッチーの方向性を間違えているとしか思えないが、それは今は見ないことにする。
「ニーナのものですね……あの子、何かやらかしました?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
冒険者は慌てて手を振った。
「ただ、効き目がものすごくてね。いったいどんな人が作ったのかと」
「ふうん」
瓶を見たが、よくある十把ひと絡げで卸されるような、何の変哲もないポーションの規格だ。
「そんなにすごいんですか?」
「ああ。前のクエストでひとり、重傷を負った者がいてね。ほとんど死にかけだったんだが、最後の気休めと思ってこのポーションを飲ませたら、なんと全快してしまったんだよ」
「そんなに?」
「もう回復の魔術くらいじゃだめな、蘇生術でないと無理そうな大けがだったんだが……こんなすごいポーションがあるなら、ぜひ欲しいと思ってね」
「いえ、あるにはありますけど」
「あるのか!」
ノーラは引き出しからポーションの瓶を取り出した。
「ぜひ譲ってくれ! いくらだ!?」
「いえ、値段は普通なんですが」
冒険者の勢いに若干引きながら、ノーラは答える。
「ですが、本当にただのポーションですよ? そんなすごいものじゃないですよ?」
「かまわない。全部買い取る!」
頭の中は疑問符でいっぱいだったが、いちおう売り物の規格は満たしているはずだから大丈夫だろう。
金はいくらでも出す、と言われたものの、さすがに暴利をむさぼるのは気が引けたので、通常よりちょっと割高ぐらいで販売した。友だちの懐が潤うのはいいことだが、変なことで欲をかいて、かえって評判を落としてしまっては元も子もない。それにしても。
「いったいあの子、ほんとに何やらかしたのかしら」
魔術師の腕によってはポーションの効果に差が現れる。だからこそ有名どころはその名前自体がブランドになるわけだが。
(それにしてもねえ)
ノーラはニーナの腕を高く買っていたものの、それでも現実を見失うほどではない。死者を呼び返すと言われる霊薬クラスのものがニーナに作れるとは思えなかった。
「で、あんた、いったい何を入れたのよ?」
ニーナをじと目でねめつけるノーラ。
「何って普通に作ってるわよ。やばいもんなんて、使ってないわよ」
いきなり吊し上げをくらったニーナは冷や汗だけでダイエットできそうなありさまだった。
何か弁明しないととんでもない罪を着せられそうなので、とにかく言い訳してみる。
「ええと、いつも通り月読草のしずくと、絶倫の実の挽き粉と、リキュール少々、とか……」
「ふうむ」
特に変わった材料ではない。
すると調合の仕方だろうか。
「そういえばあんた、月読草をずいぶん買いこんだ時があったわよね?」
「うん。手持ちが足りなくなっちゃって。納期もあったし、ちょっとあせったわあ」
「普通、月読草ってそんなに使わないよね?」
入手困難、というほどではないが、月読草は高値の部類にはいる。
それを手持ちが足りなくなるほど使うとは、考えにくいが……。
「そうなのよ。だからなんで足りないのか……あれ? あれ?」
「どうしたの?」
ニーナの笑顔が引きつっている。
「わたしこの時、どれだけ使ったっけ? 月読草をすりつぶして、そのしずくを……しずく?」
「ニーナ?」
ノーラがのぞきこむと、ニーナは脂汗を流している。
「月読草……入れ過ぎたわ。数滴でいいのに……」
「やっぱり。分量を間違えたのね。で、入れ過ぎるとどうなの?」
「いや、毒薬じゃないから害はないけど……場合によっては黄泉の国から魂を呼び戻すかも」
「じゅうぶん害だわよ!」
そんな常識外れのシロモノを作っていたのかこの魔法使いは。
反魂の法なんて、禁呪法のたぐいじゃないか。
「おかしいな、とは思ってたのよ。薬草の減りが異常に早い時があったから……ああ、これじゃ採算割れだわ。どうしよう?」
「どうしようじゃないわよ! あんた、場合によってはギルドから抹殺指令が出かねないわよ!」
「で、でも月読草だけじゃ、そこまですごいものは作れないのよ」
「じゃあこれは、なに!?」
「うーん、おかしいなあ。呪文のせいかなあ」
脂汗を流しながらもニーナはしきりに首を捻っている。どうやら本当に心当たりはなさそうだ。
(呪文のせい……ということは、やっぱりこの子の能力なのかしら?)
◇
いつも通りの、ギルドの昼下がり。
新人の受付嬢が立っているところへ、いかにも荒くれ者という三人組がずかずかとやってきて、カウンターをばん!と叩いた。
「ひっ!」
「おい、姉ちゃん! このポーションを作ったのはどこのどいつだ!?」
「ひぃっ! ごめんなさいごめんなさい、あたしじゃないんです!」
「だから誰だと訊いている!」
「ひいっ!!」
「いったい何ごとですか?」
騒ぎを耳にして、ノーラが奥から出た。場所がら、こいうった荒くれ者はめずらしくないが、新人には少々刺激がきつすぎるだろう。
「これはニーナのですね。あの子、また何かやらかしました?」
それは、この場のささくれだった空気にはまったくそぐわない、のほほんとしたニーナの意匠が描かれた瓶だった。
「これと同じポーションはあるか!? あれば全部譲ってくれ!」
「いったい何があったんです?」
見た目も荒くれ者だが、この剣幕はただごとではない。
「ああ、実はな」
先の冒険で、戦闘中にポーションを使ったらしい。
体力や魔力を少々回復するだけの、即効性はあるがその場しのぎの対応だが、中のひとりに顕著な効果が現れたという。
「そんなに効いたんですか?」
「効いたなんてもんじゃねえよ! 飲んだとたん元気になったと思ったら、みるみる口が裂けて牙やかぎ爪が生えてきて……しまいにゃ白銀のたてがみまで生えて、盛り上がった筋肉で服が弾け飛んじまった。人狼だよ。獣人に化けたんだ」
「まさか」
ノーラは信じなかった。どう聞いても与太話の類いだ。続きは隣の酒場でどうぞ、と言いたいところだったが。
「信じられないのも無理はねえ。おれたちだって信じられなかった。だがそいつは一瞬でオーガを三匹も仕留めちまった。おれたちが一歩も動かないうちに爪と牙で全部引き裂いちまったんだよ」
「またまた、ご冗談を」
「嘘じゃねえ! いや、嘘と思われてもかまわねえ。このポーションを全部くれ!」
「いやそれはかまわないですけど、もうちょっと冷静になってからご購入なさったほうが……」
「今すぐだ! わかるかい? これはもうポーションじゃない。変身のアイテム、魔道具なんだよ! それがこの値段……たとえ当たりはずれがあったって、有り金はたいてもガチャ回す価値はあるってもんだぜ!」
「よくわかりませんが……」
ノーラは考え込んでしまった。カウンターには、確かにオーガの魔石が乗せられている。
たまに武勇伝を吹きまくって七色の冒険譚にしてしまう輩がいるが、そうまでして手に入れたいと思うほどニーナのポーションは高くない。むしろ、ごく普通に入手可能な、いわば汎用品だ。
それを眼の色変えて買い占めたがる目の前の男たちはいったい何なのか。
「で、あんた、いったい何を作ってんのよ?」
「何って普通のポーションよ。世間に顔向けできないようなものは作ってないわよ!」
すねたような目をしながらも、弱々しくニーナが抗議する。
「やっぱり……心当たりがあるのね?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「正直におっしゃい。でないともううちじゃ買い取らないわよ」
「ええっ!?」
「そんな品質不安定なもの、売り物になるもんですか。品質ってのはね、下にはもちろん、上にもぶれちゃだめなのよ。さあ、どうなの!?」
「う、うん……」
ニーナはぼつぼつと白状し始める。
「調合するときにね、いい月夜だったのよ」
「……それで?」
「とってもいい気分になって、調子に乗って、絶倫の実のちょっといいのを使って……あと、歌がすごく気持ちよく詠えて……」
「歌?」
「うん。わたしの魔法はだいたい歌に乗せて詠ずるから。その日はとても興が乗っちゃってさあ……師匠に、『満月の夜は気をつけろ』って言われてたの、やっと意味がわかった気がするわ」
うん、こっちは全然わかんない。
わからないなりに、どうやらニーナには月とか歌とか、ほかの魔術師には意味をなさない手法が大きな意味を持つらしい、ということはわかった。
その効力が絶大なものであることも。
「あんたやっぱり……」
「ん?」
(ものすごい魔法使いなのかもね)
「……やっぱり、ものすごく変だわ」
「ひどい!」
ちなみのその後、ほかのポーションにそんなものすごい効果があった、という報告はなかった。
やはり「まぐれ」というものはあるらしい。
「逆に言えば、ニーナでもそのくらいのまぐれ当たりは起きるってことね」
「ますますひどい!」
あるいは月の成せる一夜限りのいたずらだったのかも知れない。
月は魔女たちの守り神、月の夜は魔女が集うものだから。




