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魔法使いは回復師を磨く。


「なんだって!? 霧を晴らすことができるのか?」


 アルベルフトが訊いてくる。


「やってみないとわからないけど、もしかしたら出来るかもね」

「ほんとか? もしできるなら、クエスト完了ってことになる」


 いや、完了以上だろう。

 依頼は霧の調査。解決じゃない。でも霧を解消したとなれば、報酬の上乗せも期待できるかも。


「まあ、だめもとでやってみるわ。ミラ、浄化の術は使える?」

「浄化ですか? はい、できます」


 おお、できるのか。

 回復師だから消毒や解毒につながる浄化の魔術は使えるかも、とは思った。けど、浄化は地水火風より一段上、光の属性のけっこう高度な魔術だ。それが使えるってことは、実はミラってすごいのかも。もしかしたら将来は光の魔術を自在に操れる聖女になれるのかしら。


 その未来の聖女さま――かも知れない――ミラが杖を構えて詠唱を始める。杖の環がシャランと涼やかに鳴り響き、魔力が流れ始める。それに引かれて霧が流れていく。ミラの身体が淡い光に包まれていき。


「【浄化】!」


 ミラの回りの霧が一瞬で掻き消えた。


「おお!」


 鮮やかな手際にみんなが嘆声をあげた。と思ったのはほんの一瞬、霧はあっという間に戻ってまたミラを押し包んでしまった。


「むう、あたしでは力が足りないですぅ」

「そんなことないわよ」


 へこんでしまったミラを、わたしは後ろからきゅっと抱きしめる。うーん、いい抱き心地だわ。

 ちょっと役得、と思いながら、わたしはミラを励ました。


「ちゃんと効果はあったわ。ただ、霧が広すぎるのね」


 試しにわたしも、【皮むき】を使って風を起こしてみた。霧は大きく流れたけれど、それだけで一向に晴れる様子はない。


 やっぱりミラの【浄化】しかない。

 その力を増幅できれば。

 ミラにとって格段の進化になるに違いない。

 よし、ここはお姉さんが、磨き上げてあげようじゃないの。回復師から聖女さまへ、華麗なる変身だ。その手助けができたら、嬉しい。


「じゃ、今度はふたりで協力してやってみましょ」


 わたしはミラの肩に手を置いてから、ゆっくりと魔法の詠唱を始めた。

 ゆるやかに、歌うように。抑揚は少なく、大きなメロディで。


「んっ!」


 びくん、とミラの身体が跳ねる。環がかすかに震えてさやさやと音を立てる。

 ミラの身体の中を通って、わたしの魔力が広がっていく。ミラを中心に、魔法陣を描くように。


「ま……まだ、ですか?」

「まだよ。力を溜めて」

「はい」


 シャラシャラと、環の揺れが大きくなっていく。

 他人の魔力が身体の中を流れるという慣れない負荷に、ミラが必死で耐えている。でもこれは他人の魔力じゃない、自然の力。それを取り込み、流れをつくってやる。


 わたしは強力な魔術は使えないけれど、時間をかければそれなりの範囲魔法は使える。それはこの自然の力の流れに乗れるからだ。

 その流れにミラの力が乗るように、ミラがその流れを使えるように導いてあげる。


「ミラ。魔力の流れを感じる?」

「はい。たくさんの力が、あたしの中を通って……ものすごく広がっています」

「そこにあなたの力を乗せて」

「はい」

「さあ、一気に力を拡げて!」

「はい!」


 さっきとは比べものにならないほど、ミラの全身がまばゆく輝いた。

 ミラが大きく杖を振る。杖に従うように、杖の環の響きに導かれるように、目に見えるほどの光の線がいくつもほとばしり、四方へ広がっていく。ミラの魔力が広大な魔法陣のような力場を形づくった。


「今よ、ミラ!」

「【浄化】!」


 辺り一面が光に満たされ、そのまま天へと伸びていく。浄化された霧が目に見える光となって、天に帰っていくのだ。


「すごい……」

「これが浄化か。こんな強力なのは見たことがない」

「光の魔術、いや、聖魔術なのか?」


 男たち三人が目を細める。大変な魔術を発動しているミラに視線はくぎ付けなのに、眩しくて見ていられない。


 霧はどんどん浄化されて天に昇っていき、やがて綺麗に晴れてあとかたもなくなった。


「はあっ、はあっ」

「ご苦労さま。すごいじゃない。これで聖女さまに一歩近づいたわね」

「ありがとうございます。ニーナさんのおかけです」


 荒い息をつきながら、ミラは嬉しそうだ。


「すごい! すごいな、ミラ!」

「おまえ、できる奴だったんだな!」

「えへへ」


 男たちの賞讃を浴びて、ミラがはにかんでいる。魔力と体力を振り絞ってうっすらと汗ばんでいるのがまた、色っぽい。これは男ども、ほうっておけないわよね。


 しかし、ことはそれでおしまい、とはいかなかった。


見晴らしが良くなった峠道。それほど広くない道の両脇や前方に、大きな植物みたいなのが並んでいる。


「なんですか、あれ? 何かありますけど……」

「さあ……?」


 木のようだが、木ではない。草のようだが、大きすぎる。

 それはわたしたちの背丈の倍くらいはありそうで、そのてっぺんに帽子のように大きな花びらが広がっていた。色鮮やかな赤のそれは、どうみても花びらだ。ということは、植物のようだけど。


 いやな予感がした。


「なんだこれは? こんなもの、あったか?」

「いや、今まで霧に包まれていたから……」

「ずいぶんでかいな。植物に見えるが……」


 男たちが口々に言い、アルベルフトがそのうちのひとつに触ろうとした。


「触っちゃだめ!」


 わたしの叫びに、びくっとしてアルベルフトの動きが止まる。


「な……なんだよ、急に大声を出して?」

「手を出しちゃだめ。逃げるわよ」


 背中を冷や汗が流れる。

 わたしはひとつの可能性に思い至っていた。


「なんだよ? これが何かわかるのか?」

「これは……」


 そのとき、ひとつの根元から触手のようなものが伸びて、ミラの足に絡みついた。


「きゃっ!」


 ミラが足を取られて転倒した。そのまま触手に引きずられていく。


「きゃあああああ!」

「ミラ!」


 夢中でミラの手を掴み、引っ張ったけど全然かなわない。向こうの方が断然力が強い。


「くうっ!」

「ニーナ! こいつ、なんだ?」


 ギリアテが焦って訊いて来る。


「多分、食肉植物よ」


 植物の中には、虫などを捕食して栄養にしてしまう種類がある。粘液などで虫を捕まえ、溶かして自分の養分にしてしまう。


 これは多分、それが魔物化したもの。身体も大きく、捕食の能力も段違いに高い。

 つまり、捕食の対象が虫に限らないわけで。


「ギリアテ! アルベルフト! こいつを止めて! ミラが食われちゃう!」

「いやぁあああああ!」


 ミラがずるずると引きずられていく。顔色を失って真っ青だ。わたしまで一緒になって引きずられる。


 ギリアテが抜刀し、斬りかかったが、


 ぶよん


「なっ!?」


 変な音と共に、剣は弾き返されてしまった。

 生木以上に斬りにくいみたいだ。これを斬るにはかなりのスキルが要る。


「助けて! 助けて!」

「くっ」


 触手が高々とミラを持ち上げる。ミラを腕に抱いてかかえ込んだわたしまで持ち上げられた。

 ミラを守らないと。そう思ったけど、どうしていいかわからない。


 天辺の花びらを見下ろす形になった。その中央には大きな裂け目。たぶん、口だ。


「いやぁああああ、食べられちゃう!」


 半狂乱のミラを目の前にして楽しみなのか、植物の魔物の触手が打ち震えた。凶悪そうな口が笑っているみたいだ。それを見たわたしは、何故かものすごく腹が立った。


「ちくしょっ。たかが植物のぶんざいで!」


 ぶっとばしてやる。わたしの持てる料理スキルでへこましてやる!

 魔法を詠唱。


「せえの……【仕上げの前のひと煮立ち】!」


 とたんに植物が身もだえするように、大きく身をよじった。回りの触手ものたうち回っている。


 ひと煮立ち。

 沸かした鍋の火力を上げて、最後にざっと煮立たせるように、魔物の体内の水分を一気に加熱してやった。

 植物であり、魔物であっても、体内に多く水分を持っていることは変わらない。それがいっぺんに沸き立って、急激な苦しみに襲われているはずだ。


 予想通り、触手が一瞬震えたと思うと大きく振り回され、捕まっていたミラが放り出される。


「「きゃあっ!」」


 受け身なんて、無理。

 わたしが下になってミラを抱き締めたまま、背中から着地した。


「きゃっ!」

「あいたたた……」


 取り敢えず危機は脱した。けど安心はできない。回りを植物の魔物に囲まれている。

 どうやら彼らはここを餌場にしていたようだ。霧を発生させて動物や人間を惑わせ、それを捕食していたとみえる。霧が晴れたからいきなり襲われることはなくなったものの、危機であることには変わりない。


「大丈夫か! ニーナ! ミラ!」

「いいから、逃げるわよ!」


 駆け寄る男たちに、わたしは叫んだ。


「でも囲まれているぞ!」

「来た道には一体しかいないわ。こいつをかわせば振り切れる」


 魔物なので自力で動いたり、移動もできるようだが、それでも植物だ。遅い。


 だが、剣を構えて魔物と向き合ったギリアテの表情は固い。先ほど斬撃を跳ね返されている。何か特別なスキルでもない限り、普通の剣は通用しなさそうだ。


「確かに普通の剣では難しいかも。だからアルベルフト、あなたの出番よ」

「えっ!?」


 いきなり指名されて、御曹司は戸惑っている。


「あなたの業物ならこいつを斬れるはずだわ。今こそあなたの底力を見せてちょうだい!」

「でも……」

「あなた、冒険者になりたいんでしょ! ここで根性見せなくてどうするの! それとも仲間を見捨てて逃げる? それでもいいけど、ここで逃げたらあなたは一生負け犬よ! それでもいいの!?」


 わたしはわざと、ひどいことを言った。


 アルベルフトの表情が怒りに歪み、泣きそうな顔になり……最後に、ぎりっと魔物を睨みつけた。

 そうよ。貴族の御曹司とか、関係ない。

 お貴族さまのお遊びでいいなら、逃げてもかまわない。でもあなたが自分の足で立ちたいなら、自力で冒険者になりたいなら、今が踏ん張りどころよ。


「うおおおおっ!」


 上段に振りかぶって、アルベルフトが突進する。うねる触手が向かって来る。


「このやろっ!」


 アルベルフトの両側には一歩遅れてギリアテとウルリクがついていた。ギリアテが触手の一本を、ウルリクが反対側を弾き返す。斬れないまでも、叩き返すことは可能だ。


 その隙にアルベルフトが、触手の一本目がけて剣を振り下ろした。

 ものの見事に触手は両断。切れ端が飛んでいく。続けてもう一本。触手を刈り取られて魔物の本体がもがくように身をくねらせた。


「今よ、ウルリク! ぶっとばしちゃえ!」

「おうよ!」


 アルベルフトが触手を払ってくれたおかげで本体までたどり着けたウルリクが、メイスの重い頭を魔物の幹にぶちこんだ。


 魔物の悲鳴が聞こえたような気がした。

 でも、まだだ。まだ立ちふさがっている。魔物は木だからか、神経があまり発達していないと見えて、人間のような痛がり方をしない。


「とどめよ。ミラ、アルベルフトとギリアテに【加護】を!」

「はい!」


 シャン


 杖が鳴る。


 この娘ならきっと使える。#付与__エンチャント__#系の術、【加護】。

 ミラの身体が光を発して、それに呼応するように剣士たちの剣が光を帯びる。


「【加護】!」

「「うおおおお!」」


 ギリアテの剣がウルリクの打撃跡に突き刺さり、さらにアルベルフトの剣は太い幹を半分くらいまで叩き斬った。


 魔物が大きく震えた。まるで怯えて後ずさるように、道の脇に下がる。今だ。


 わたしたちはその脇を全力で駆け抜けた。駆けて駆けて、魔物の群れが見えなくなるまで走り続けた。





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