魔法使い、謎の霧を探る。
あんなすごいのに出くわすなんて、思ってもみなかった。
クエストは達成したものの、わたしたちはほうほうの態で逃げ帰ってきた。戦果を喜ぶ余裕なんてなかった。生き残れたのが不思議なくらいだった。
ギルドではまたも説教をくらう羽目になったが、こっちこそ文句を言いたかった。確かに街を一歩出ればどんな敵がいるかわからない。とは言え、あんな災害級の化け物がいるなんて、聞いていない。
「とにかく、わたしはわたしの身の安全のために、山狩りを要求するわ」
ノーラに向かって、わたしはまくし立てた。完全な逆ギレだ。
絡まれたノーラこそいい迷惑だったが、あれはない。恨みごとのひとつも言いたくなる。
「できるだけの対処はするわ。上と相談してみるけど、領主さまのお力が必要かも知れない。おおごとになるから、少し時間をちょうだい」
ノーラは不満も言わず、一生懸命に対応してくれた。わたしたちを気遣ってくれているのは伝わったから、これ以上いじめても可愛そうだ。報酬も得たし、今日は引き上げることにしよう。
「どう? 御曹司。冒険者も楽じゃないでしょう? まだ続ける?」
ギルドの食堂兼酒場で食事を摂りながら、わたしはアルベルフトに訊いてみた。
貴族のお坊ちゃまには刺激的すぎる経験だったかも知れない。今回はたまたま、運がよかった。運も実力のうち、と言うけれど、そんなものに頼る気には到底なれなかった。
ここで辞める、と言いだしても、わたしは馬鹿にするつもりはなかった。わたしだって嫌になりかけたのだ。わざわざこんな危険な稼業を続けなくても食べていけるお貴族さまなら、無理に続ける必要はない。
「……ああ、続けるよ」
だからそのひと言はちょっと意外だった。
「こんなことくらいで諦めるつもりはない。ぼくは確かに甘やかされて育ってきたかも知れないけど、生半可な覚悟ではやっていないつもりだ」
言うじゃない。
わたしはちょっと、彼を見直す気になった。実は真面目な好青年なのかも知れない。
◇
数日後、わたしたちのパーティは、懲りずに次のクエストを受けることにした。
誰ひとり欠けることはなかった。みんなには謝らなくちゃならないかも知れない。ちょっと先輩だからってわたし、いい気になってたかも知れない。もう一度、気を引き締めなくちゃね。
「でもニーナさん、かっこよかったです」
ミラが控えめに褒めてくれる。ちょっと、いやすごく嬉しい。
「まああれは、御曹司の呪符が良かったからね」
緊急事態ということで、わたしは使った分の呪符の代金を彼に払わなかった。だってあれを全部買い取るなんて言ったらわたし、最低一年はただ働きになっちゃうもの。それはほんと、まじごめんなさい。それだけは勘弁して。
「でもよく、あれだけすごいのが使えたな」
ギリアテとウルリクも褒めてくれるので、ごめん代金のことはこのまま忘れて。
「呪符ってそれだけじゃ使えないんだろう? ある程度の魔力がないと」
「そうね。術者の魔力を通して呪符を活性化してやらないと、ちゃんと効果が出ないわね」
「ということは、あれだけの呪符を使いこなしたニーナって、やっぱりすごいんじゃあ?」
「やあね。おだてたって何も出ないわよ」
呪符の代金もね。
わたしはそればかりが気になって仕方がなかった。
いかにパーティが生き残るためとはいえ、他人のものを勝手に使っていいことにはならないし、まして最後は締め上げて強奪だ。申し開きのしようもない。
だからどれだけ褒められても、とても喜ぶ気にはなれなかったのだ。
◇
さすがにわたしも懲りたので、もう少し用心しようとおもったのだけれど、残念ながら先立つものが少なかった。あんなに高価で貴重な呪符を用意するなんて、わたしには無理だ。
お金に不自由するというのは、いろいろな制約に縛られるものだ。まずは先立つものを工面する方法を考えよう。
クエストを達成して報酬を得るほかに、わたしならポーションを作ってその筋に卸すという内職がある。当面はそれで稼ぐとしよう。ミラにも教えてあげると約束したしね。
そういったわけで、クエストの道すがら、わたしはミラに薬草の採取とポーションの作り方を教えていた。
「こういう道中でも、使える薬草を見つけることは多いわよ。よく注意を払って見ててね」
「はい」
そのためにわたしはずいぶん道草を食って、パーティの行軍速度にブレーキをかけまくっているわけだが、これも立派な仕事なのでちょっと大目に見てほしい。
「ミラは回復の術を持っているから、それを詠唱しながらポーションを作ると、魔術によって質が大きく上がるのよ」
「へえ」
わたしの指導を、ミラは素直に聞いてくれる。ああ、健気で可愛いわ。いっそこのままわたしの助手に、とも思った。そうすれば毎日こんな可愛い娘を愛でながら……いや、きっと明るくて和やかな職場環境になるだろう。
「そういうの、ニーナさんはどこで覚えたんですか?」
「師匠……にはほとんど教わってないわね。でも、魔法の書はもらったから、それで勉強したわ」
「魔導書とは違うんですか?」
「うん」
今現在流通している魔導書は、おおもとを辿ればみんな十二の『賢者の魔導書』に行きつくと言われている。
その昔、十二人の賢者が編んだとされる魔術の原典、『賢者の魔導書』。すべての魔術を十二の属性に体系づけたと言われている。魔術師はみんなそれを教科書として使い、その教えを引き継いでいる。
時にそれらはダイジェストや、さらにそれをいくつかまとめたレジュメや、いろいろアレンジされて数多くの魔術書が生まれ、いくつの魔術書があるのか見当もつかない。けれど、ざっくり言えば全部ひとつの体系に収まる。
拡がっているけれど、もとはみんな同じものなのだ。
だが、わたしが師匠から授けられた魔法の書は、どうも少し違うらしい。
「でも、便利よ。魔術書は使う術に合わせてたくさんの呪文や魔法陣があるけど、わたしのは究極たったひとつだもの」
「そうなんですか? それであんなにたくさんの魔法が使えるんですか?」
わたしが教わったのは魔法を詠じる方法だけ。歌を歌うように呪文を詠じ、自分の魔力を活性化させる。あとはそれを表面的にアレンジするだけで、いろいろな術に変わる。
「その応用で、薬やポーションにも影響を与えることができるの」
「すごい。そんなの初めて聞きました」
そうなのかな。昔からやっているから、すごいとも何とも思わなかったけど。
やっぱり独学はよくないのかしら。我流だと間違っていても気づかないことがある。今度ちゃんと魔術書も読んだ方がいいかもしれない。
「で、どこまで行くんだ? 本来のクエストを忘れてないだろうな?」
アルベルフト御曹司はご機嫌斜めだ。わたしたちのせいで大分歩かされているからね。
でもせっかく山の中に来たのだ。ここにはいい薬草が生えている。手に入れておかないという手はない。
「……あった! 月読草! これは使えるわよ!」
脇道にそれて随分歩いた頃、わたしはやっと目当てのものを見つけた。
小さな白い花をつける草。たんぽぽみたいだけど、ちょっと違う独特の葉の形をしている。
これは沈静の効果が高い薬草だ。いいポーションの材料になる。
「あとで分けてあげるからね」
いくつか摘んだ月読草を収納の空間にしまって、わたしはやっとアルベルフトに主導権を渡した。ここからは彼ら戦士職に活躍してもらおう。
と言っても、今回わたしたちが請け負ったのは魔物の討伐のようなバトルじゃない。調査だった。
山道のある場所に、深い霧が発生している場所があると言う。いつ頃からあったのか誰にもわからなかったが、霧はかなり広い範囲に発生していた。
その霧に山道が飲み込まれていて、何人か遭難者が出ていたのだ。霧だからいずれ消えてなくなるだろうと誰もが思ったのだが、いつまでたっても晴れることがなかった。
道はハルムスタッドからシェリエの街へ続いていた。両の街は山で隔てられていて、ここが不通になると地味に影響が大きいのだ。ハルムスタッドは大きな街ではなく、シェリエとのつながりを失うわけにはいかなかった。
その大事な通商路にいったい何が起こっているのか、ということで、調査のクエストが回ってきた、というわけ。
何かと戦うわけではなく、また問題を解決しろと言われているわけでもない。今回は調査だ。だから報酬も安いが、何かしらを調べて報告すればいいので、前回よりは気が楽だ。あれはほんとに、ひどい目にあった。今回はのんびりと、安全な仕事をしたい。
ほどなく、問題の霧の場所に至った。視界が急速に悪くなる。
「うお、あっという間に見えなくなった」
ギリアテが思わず声をあげると、ウルリクも応える。
「これは、妙な霧だな」
確かに、盆地でもないのにこんなに深い霧が、それも日中に発生するのは珍しい。すぐ隣にいる人がよく見えないくらいだ。
この辺は崖などはなかったはずだけど、これだけ視界が悪いとちょっと危険だ。獣と鉢合わせでもしたら避けようがない。
「みんな、ちょっと止まって」
わたしは声をかけた。
全員が立ち止まる気配がする。気配を感じるだけで、こんなに近くにいるのに姿がよく見えなかった。
「これはうかつに動くとまずいかも知れないわね。こっちが遭難しかねないわ。ミラ」
「は、はい!」
「ちょうどいいわ。気配感知を教えてあげる」
わたしはミラをそばに呼んで、自分の技を教えることにした。
視覚や聴覚に頼らず、魔力で感覚を拡げて気配を探る。こういうときには有効な技だ。ミラは回復師だから攻撃の魔術みたいなのは使えないけど、逆にこういった技には向いているはず。
「落ち着いて、魔力を活性化して。それを、足もとから地面に広げていく感じで。自分を中心に、感覚だけが広がっていくイメージで」
ミラの肩を抱いてそこからミラの感覚に同調し、感覚を拡げる手伝いをしてあげる。うん、飲み込みが早いね。いいセンスしてる。
わたしの魔法は自分の魔力に拠らない。自然の中にある魔力をよく利用する。自然を取り込むような感じだ。
それを逆にすると、自然の中に自分を広げるようなイメージになる。ミラはその感覚をうまく掴んでいた。
わたしの助言を聞いて、一生懸命気配感知を続けていたミラだったが、少しすると目を開けてわたしを見た。
「ニーナさん、うまく言えないんですけど」
ミラは戸惑っている。
「うん。ゆっくりでいいから、感じたものを説明してみて」
「はい。ええと……漠然とですが何か感じます」
「うんうん。何かいるかしら?」
「魔物とかはいないみたいですが。でもこの霧自体にも何か……うーん、なんていうか、魔力? 意志? なにかしらの力を感じます」
わたしは少し考えた。
ミラが感じた何か。魔物ではないという。多分近くに、人や動物や魔物はいないのだろう。
だけど、霧に何かを感じる?
……これは思ったよりまずいものなのかな?
でも、霧が意志を持って何かをしたり、ましてや人を食ったりするなんて聞いたことがない。とすると、誰かが霧を操っているのだろうか。
もしそうだとするならば、逆にそれを取り除くことは可能かもしれない。
「よし。じゃ、ミラ、この霧を吹き飛ばしてみようか」




