Episode:68
◇Caleana
レードがあたしを連れてったのは、確かに感じのいいバーだった。入り口はちょっと分かりにくいけど、中へ入っちゃうと案外広いし落ちついてるし。
で、ここに放り出されてから、かれこれ2時間ちょっと。
――ったく、いつまでかかるのよ。
いくら飲み代がタダったって、退屈ったらありゃしない。
しょうがないからここの女主人と喋って、時間つぶしてる。
ちなみに彼女、薄い茶色の髪に透き通った若葉色の瞳。しかもバーの女主人ってのがしっくりくる雰囲気。
「でさ、その偉いさんときたらね〜」
「うんうん」
あたしの話ってどういうわけか、どこ行ってもウケるのよね。
今もこの人、けっこう面白がって聞いてるし。
「それにしても、その年で現役の傭兵なんて凄いじゃない?」
「そんなことないわよ。うちじゃあたりまえだもの」
だいたいがうちの一族の食いぶちは、これと研究成果の専売とで稼ぎだしてる。
けどこの人――名前はレニーサって言うそう――ほんと話してて楽しい。
もっとも見かけはけっこう大人しそうだけど中身は……ってやつね。そんなのは見てれば分かる。
ま、その手の人間ときたら、うちのサリーアにかなうのは、いないだろうけど。
「それにしても、レードったらいったい誰を探してるの?」
「あたしの娘」
一瞬店の中が静まり返る。
「娘……??」
「言っとくけど、すっごい美少女なんだから」
再び沈黙。
いつものこととは言え、どうしてあたしがこう言うと、毎度周囲が沈黙するのかしらね?
「ま、まぁ、あなたが言うんだからそうなんだろうけど……」
「あ、信用してないでしょ。
ともかく嘘じゃないわよ。あれを美少女といわずして――」
信じてくれないもんだから、思わず力が入っちゃう。
「わかった、わかったわ。
けど今日は、人探しが流行る日ね」
「はい?」
彼女が言った言葉が一瞬飲み込めなくて、思考停止する。
ちょっと待ってね、ちゃんと考えるから……。
「もしかして他にも、誰か尋ね人してたわけ?」
「ディアスが――って、久しぶりに来た昔馴染みだけど、彼も女の子を捜してたわね。
会えたかどうかは分からないけど」
えーと、彼がわざわざここへ顔を出したって言うことは。
「ここって、ディアスのねぐらだったんだ」
「そんなとこね。それよりあなた、彼を知ってるの?」
「知ってるもなにも。
けどレニーサ、ディアスってばいいでしょ♪」
とたんに店の中が、深夜の僻地みたいに静まり返る。
そのあときっかり二呼吸は間を空けて、彼女がようやく声を出した。
「そりゃ、悪いとは言わないけど――。
じゃなくて、あなたディアスとどういう関係?」
レニーサの視線が、極地の雪原みたいに冷たい。
――うーん、また誤解されちゃったかしらね?
とりあえずそのまま放っとくのもなんだから、説明することに。
「あたしね、いちおうディアスのダメ女房♪」
彼女が目と口を丸くした。
次いで、やおらグラスを磨きはじめる。
「ああもう! どうりで居着かないわけよねっ!!」
――あたし、なんか悪いこと言ったかしらね?
ともかく彼女、親の敵みたいにグラスをこすってる。
「……そんなに力入れたら、グラス割れるわよ?」
「2つ3つ割らなきゃ気が済まないわ!」
「もったいないじゃない……」
せっかくいいグラスなのに。