Episode:57
◇Seamore
「♪♪♪〜」
向こうのほうでハミングしながら、ナティエスのやつが何やら作ってた。
あいつが機嫌がいい理由は、単純だ。街へ繰り出してみたら案の定、みんな気が緩んでて、まさに掏り放題ってやつだった。
「さぁみんな、出来たよ〜♪」
高価な魚介を山ほど放りこんだスープを、ナティが持ってくる。
「へぇ、美味しそうじゃないのさ」
「でもごめんね、あとはパンとサラダだけ。あ、けどミルクとチーズはあるから」
「いいっていいって。明日祭りがあるのに、そんなに大食らいするわけにゃいかねぇからな」
「ホント。だいいちこんな高価いモンけっこう久しぶりだし、これで十分だよ」
そんなことを言いながら、チームの連中がぞろぞろ集まってきた。
「おい、もう食っていいんだろ?」
言うが早いか手が出る。
「あ、ちょっと! 分けて上げるから、待ちなさいってば!」
ナティのやつが容赦なく声をあげた。
「ったくもう、意地汚いんだから。だいいちこれ、あたしが用意したのよ」
「分かってる分かってる」
昔から、なんやかやと賄いやってたナティは、こーゆーことなら発言力がある。年上だろうがなんだろうが、お構いなしってやつだ。
「にしても、よくこんなに買えたな」
「だから言ったでしょ、掏り放題だったって。
もうみんなバカよね。明後日の記念日に浮かれちゃって、懐なんかまるっきりお留守だもん」
もっともそれを差し引いたって、こいつの腕はたいしたもんだろうけど。
ついでに言うとナティのやつ、財布をまるごと取って来ない。札束のなかからちょこっと抜いて、場合によっちゃ「落ちました」って返すんだから、たいした度胸だ。
――当人曰く、「そのほうが怪しまれない」ってんだけどね。
ただもしかすると、単純に掏るのが楽しいってやつかもしれない。
ともかくそれを、場所変えながら繰り返してこれだけの額集めたんだから、もうプロって言っても通用するだろう。
「はいどうぞ。熱いから気をつけてね?」
スープをよそり終えたナティの言葉を合図に、今度こそ一斉に手が伸びる。
「どぉ? 美味しい?」
「ああ。明日があるから、おなかいっぱい食べられないのが、残念だね」
そう答えると、ナティが明るく笑った。
「明日は明日で、ご馳走にすればいいじゃない?
あれならいっくらだって掏れるもの、ちょっと多めに取ればすぐ貯まるよ」
「言うじゃないか。頼りにしてるよ」
昔ここにいたころと、変わらない会話。
「どしたの? なにが可笑しいの?」
あたしが苦笑したのに気付いて、こいつが不思議そうに訊いてきた。
「いやさ、けっきょくあたしは、ここから離れられないなと思って」
学院はスラムに比べりゃ天国だけど、やっぱここのほうがいい。
「じゃぁさ、学院辞めちゃえば? あたしはどっちだっていいもん」
「そうもいかないだろ?」
あたしとナティが学院へ入学したのには、それなりのわけがあった。だからおいそれと、辞めるわけにゃいかない。
「傭兵隊かぁ。めんどくさいな〜」
「そう言いつつちゃんとAクラスにいるの、どこのどなただい?」
「――シーモアが頑張るんだもん」
ちょっとはにかみながら笑って、ナティがまたスープに口をつけた。
あたしも食べるほうに専念する。
なにせこの人数の上に、ほとんどが男子だ。うかうかしてると、あっというまに食うものがなくなっちまう。
その時、呼び鈴が鳴った。
「なんでぇ。せっかくメシ食ってるってのによ」
当番のケインがしぶしぶ立ち上がって、玄関のほうへ行く。
「こんな時間に誰だろうね?」
「さぁ。まぁおおかた、誰か戻ってきたんじゃないか」
今日は家に泊まりとか言いながら、戻ってくるやつも時にはいるもんだ。
けどケインの言葉は、もっと意外だった。
「おい、どうする? さっきのガキどもがまた来たぜ」
合言葉を言う前に、一応のぞき窓から確かめたら、部外者だったってことらしい。
「さっきのガキって……ルーフェイアとイマド?」
「名前はしらねぇけど、金髪で太刀持ったとびっきりの美少女と、その連れだよ」
「んじゃ間違いないね」
あいつら2人、追い返したのに性懲りもなく、舞い戻ってきたらしい。
「ガルシィ、どうする?」
みんなが一斉にリーダーのガルシィを見た。
「まったく、お前に似てダチってのも、懲りないやつらしいな。まぁ放っとけ。そのうち諦めて帰るだろう。
シーモア、ナティエス、それでいいな?」
「ああ」
「しょうがないもんね」
明日祭りだってのに、部外者を入れておくわけにはいかない。
あいつら2人には可哀想だけど、無視するしかないってやつだ。
「どうせすぐ諦めるさ。さ、早く食っちまおうぜ」
「うん♪」
じつ言うとこのときあたしとナティは、ルーフェイアがどれほど強情か、きっちり忘れきってた。