Episode:51
「ちょっと動かないでね」
回復魔法を唱えると、流れていた血が止まった。
ついでに持ち合わせの痛み止めを打ってあげて、応急手当の代わりにする。
「あとは魔法で治すより、病院へ行ったほうが……」
魔法は便利だけど、本来の治癒能力を強引に高めているに過ぎない。戦場のような緊急事態ならともかく、普段はなるべく使わないほうが良かった。
「俺、もうダメ、息、あがった」
ダグさんにさらに遅れて、ゼロールさんがここへ来る。
「あの、おふたりとも、大丈夫ですか?」
「あんたにそう訊かれちゃ、かたなしだよな……」
ダグさんが苦笑いした。
「にしてもこのナイフ、誰が投げたんだ?」
向こうではイマドが、倒れた男の人の背を見て、不思議がっている。
「かなりのウデだぜ、これ投げたの」
「そうだね」
ウィンをゼロールさんに預けて、あたしも見てみた。
投擲専用の物が、正確に背中から心臓を突き刺していて、男は即死だ。
でも、このナイフ……?
精緻な彫刻が刃の付け根に施されているけど、それに見覚えがある。もし、記憶違いじゃなければ……。
「――私だ」
路地の奥から声がした。
予想どおり、聞き覚えがある声だ。
「――父さん?」
そう呼ぶと、見慣れた姿が現れた。
「え、ディアスさん?!」
「誰かと思えばディアスじゃないか」
「あ、ルーフェイアの親父さん」
他の3人からも一斉に声が上がって、思わずあたしたちは顔を見合わせた。
「その、父さんをご存知なんですか?」
「お前の親父、顔広いな〜」
「父さんって……まさか娘さん?!」
「お前、娘がいたのか。けど確かに似てるな」
嘘みたいだけど、みんな父さんと面識があったみたいだ。
「娘のお前が知らねぇわけねぇけど、ダグさんとゼロールさんは、なんで知ってんです?」
イマドが訊く。
「俺は戦場で。もう10年以上も前に、俺が取材で同行したとき、その部隊に彼がいてね。
で、なんとなく気が合って、そのまま今まで付き合ってるんだ」
ウィンを抱いたままゼロールさんが、そう答えた。見かけによらずこの人、すごい場所まで取材しているらしい。
「なる……。んじゃダグさんは?」
「俺らのチームの大先輩だよ、ディアスさんは」
「え……?」
初耳だった。
けどチームの先輩って言うことは……。
「父さん、このスラムの出身だったの?」
びっくりして尋ねると、父さんがすました顔でうなずく。
「――それより、医者だろう」
「え? あ、うん」
痛み止めのせいで、ウィンが痛がらないからうっかりしていたけれど、早く診てもらうにこしたことはない。
「えっと、ここからいちばん近い病院って……?」
「俺が連れて行こう。スタッフにも知り合いが多いから、何かと便利だろうし」
悩んでいると、ゼロールさんが引き受けてくれた。
「2丁目の病院に行くから、この子の仲間にそう言ってやってくれ」
「はい、分かりました」
ウィンを今度は背負って、ゼロールさんが宵闇に消えた。