Episode:44
「ホントだよ、ほら! このおねぇちゃんが、教えてくれたんだ」
「俺も終わった」
「へぇ、驚いたね。ちゃんとやってあるじゃないか。このお嬢ちゃんに、しっかりお礼言ったかい?」
「うん!」
あたしが見たことのない、家族のやり取り。
「そうかい、じゃぁ夕ご飯にしようか。すぐ作るからちょっと待って……」
「あ、オイラ帰る」
急にウィンが立ち上がった。
「どうしたの?」
「だってオイラ、つい長居しちゃってさ。みんな呆れかえってると思うし」
「あ……」
確かにウィンは、あたしたちをスラムの外へ送るために、ついてきただけだ。なのにこんなに時間がかかってたら、普通は心配するだろう。
「ねぇ、ひとりで大丈夫? もう暗くなって……」
「平気平気。だいいちオイラ、ここ育ちだぜ?
――おばちゃん、サンキュ。ねぇちゃん、にいちゃん、またな!」
弾けるようにウィンが出て行った。
その後ろ姿に、イマドが苦笑する。
「あのバカ、もう出来てんだから、食ってきゃいいのによ」
「出来てってあんた――夕食までやってくれたのかい?」
今度はおばさんが呆れ顔になった。
「すいません。つい」
「いや、それはいいんだけどさ……大変だったろう?」
「そうでもないです。けっこう寮なんかで、みんなに作らされてますから」
思わず可笑しくなる。
イマドが料理上手なのは、学院では有名だ。何かあるたびに食事は彼が作らされているし、それ以外にも、よくあたしに作ってくれる。
「あんた、いい嫁さんに……あ、いや、そうじゃないか。
ともかくもうひとり帰ってくるから、そうしたらありがたく、夕飯いただこうかね」
「もうひとり……ご主人ですか?」
そう言うとおばさんが、手をひらひら振って笑った。
「ダンナなんてちゃんとしたもの、いるわけないだろ。いちばん上の子だよ。いつもは家に寄り付かないのに、今夜は帰るって連絡があってね。
――ほら、噂をすればだ」
言っているうちにドアが開いて、20歳くらいの男の人が入ってきた。
身長はタシュア先輩と同じかそれ以上で、身体つきはもっとがっしりしている。髪は栗色で、瞳は青灰色。ただ肌は、ずいぶん日に焼けていた。
「なんだ、お客がいるのか」
瞬間はっとする。
――この人、並じゃない。
ちょっと見ただけじゃ分からないけれど、視線の配りかたや動きかたが、普通じゃなかった。
これは……いつも人を殺している人間の動きだ。
(イマド……)
隣にいたイマドに思わず囁く。
(心配すんな。最初っから、俺の目当てはこいつだ)
例によってなにもかも見透かしてるらしい彼が、やっぱり囁き声で返してきた。
ただそうは言われても、落着かない。なにしろこれだけの人だ。きっとすぐ、あたしたちの素性に気がつくだろう。
「ずいぶん可愛い子だな。誰の友達――」
思ったとおり、言葉の途中でこの人が、あたしの太刀に目を留めた。
瞬間、ナイフが抜かれて殺気がほとばしる。
あたしも思わず身構えた。