Episode:38
◇Diath Side
男性がひとり、真昼のスラムを歩いていた。年齢は30代後半といった雰囲気で、ごく淡い金髪に薄い灰色の瞳をしている。
顔立ちは……かなりの美男子で通るだろう。
当然周囲が振り返って興味を示す。が、当人は知らん顔だ。
「なにさ、お高くとまっちまって!」
誘いこむのに――まだ明るいと言うのに――失敗して、悪態をついてみせる女性までいたが、やはり気を惹かれた様子はなかった。
もっとも彼の場合、別段女性に興味がないというわけではない。ただ単に件の女性が、趣味ではなかったというだけだ。
彼はここに慣れている様子だった。
「おう、ディアスじゃねぇか。ずいぶん久しぶりだな」
たまたまビルから出てきた中年の男性が、気さくな調子で声をかける。
ディアスと呼ばれた彼は、軽く頭を下げて応えた。
「レニーサんとこか? 帰りはこっち寄ってけや」
それにうなずいて、また彼は歩を進めた。
同じスラムでもこのあたりはまだ入り口のほうで、わけのわからない飲食店やなにかがひしめいている。
と、その一角へ彼の身体が沈んだ。
地下へと続く階段に足を踏み入れたのだ。
降り切った先の薄暗い廊下を抜けると、小さなバーがあった。
時間が時間なので開いているわけはないのだが、男性はためらいもなくドアを開ける。
「ディアス?」
扉が開いた音に振りかえったこの店の女主人が、驚いたような声をあげた。
「いったいどういう風の吹き回しよ? まぁいいわ、とりあえずかけたら」
うながされてディアスが、カウンターにかけた。
なにも言わないうちに飲み物が出される。
「で、なに?
あなたがわざわざ出向くからには、なにかあるんでしょ」
「――金髪の少女の話を聞かなかったか。太刀を持っている」
初めて彼が声を出した。低く落ちついた声だ。
「太刀持った金髪の女の子? それ多分、セジのとこの連中と、やりあってた子じゃないかしら」
偶然通りかかったと、女主人が言う。
「ともかく凄かったわよ。割って入ったと思ったら、あっという間に柄の一撃で、オリアちゃん助け出してね。
たまたまレードが来たから丸く収まったけど、そうじゃなかったらもうひとりの男の子と一緒に、あの連中叩きのめしてたんじゃないかしら?」
「今の居場所は?」
愛想の欠片もないような訊き方だったが、この女性が気にした様子はない。
「ジャスおばさんのとこへ、上がりこんだみたいね。というより、あんまり泣くんで連れていかれた、って言うほうが正解かしら?
ともかくそこからは、動いてないみたいよ」
そこまで聞くと、ディアスが立ち上がった。
「あんもう、つれないわねぇ。しばらくここにいてよ」
女性が彼の手を掴んで引き止める。
「そうすれば取っておきのこと、教えるわ」
一瞬ディアスが困ったような表情になった。
「悩む事ないじゃない。あなたなにも損しないもの」
「時間がない。明日の祭りに用がある」
「あら……」
女性は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにもとの落ちついた様子に戻る。
「それもそうよね。あなたじゃ」
なにか思い当たったのだろう、さもありなんと言わんばかりの顔だ。
「ひとつ聞くが、なぜクリアゾンは動かない?」
「それどころじゃないのよ」
そう言って彼女が肩をすくめる。
「ここんとこ――って言ってもそろそろ3ヶ月になるけど、あっちこっちの下っ端が、身内やら堅気の連中にクスリばらまいちゃって。おかげで組織はガタガタよ。だいぶお互いに、殺りあってもいるしね。
とてもじゃないけど、ちびちゃんたちの仲裁してる余裕なんかないわ」
この言葉にディアスが考えこんだ。
「それになにしろ、今回の話は根が深いのよ。
両方のチームが腹いせに相手のとこの子供殺してるから、ちょっとやそっとじゃ収まりそうにないの」
言って女性が、また肩をすくめてため息をつく。
「あの連中がまさかそんな真似するなんて、思わなかったんだけど。
けどあなたが来たなら、どうにかなるかもね」
ほんとならクリアゾンの仕事だけどね、と呟きながら彼女がもうひとつグラスを差し出した。
「これ、イケるわよ」
中身を見たディアスの表情が、微妙に変わる。
「急ぐのは分かるけど……少しは時間あるでしょ?」
彼女が意味ありげな視線を向け、ディアスが立ち上がった。