Episode:37
「悪かったね、泣かせて。
お金のほうはどうにかして少しづつ返すから、すまないけど待ってくれるかい?」
「いえ、あたしそんなつもりじゃ……」
ま、こいつじゃ「返してもらおう」なんてこたぁ、まるっきり考えてないだろうな。
けどしおらしくそんなこと言われたもんだから、おばちゃんなおさら、こいつに参っちまったみたいだった。
「ほんといい子だねぇ。うちの子供らに、爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
さっきまでの剣幕はどこへやら、だ。
「あの子はこんな風だったんだけどねぇ……」
「え?」
涙に濡れた顔で不思議そうになったルーフェイアに、おばちゃんが寂しく笑いかけた。
「ひとり、死んじまってね。
助かるんだったらなんとしてもと思って借金までしたけど、ダメだったのさ」
「そんな……」
ルーフェイアの瞳に、また涙が浮かんだ。
「いいんだよ、もう済んだことさ。
それよりそんなに泣いちゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだよ。向こうで洗っておいで」
とん、と背中を押されて、狭っ苦しい洗面所へあいつの姿が消えた。
「さ、あんたたちも上がりな。なんにもないけど、まぁ休めるだろうからね」
「すみません」
俺たちもあがらせてもらう。
けど、マジで狭い部屋だった。
食堂と兼用のさほど広くない居間がひとつ、他にはガキどもの寝室が1つと仕事場兼大人の寝室、台所、それにサニタリーだけだ。
ここに一家9人じゃ、どうやったって狭いだろう。
「適当にそこら座ってていいよ。あたしは仕事しちまうから」
あの騒ぎで遅くなっちまった。そう言いながらおばちゃんが奥へ移動しかける。
「ああそうだ。オリア、悪いけどチビたちに昼メシ、作ってくれるかい」
「ちょっと母さん、あたしだって仕事あるんだよ!」
どうも伝わってくるイメージからすると、買出し行った帰りに、連中と鉢合わせしたらしい。で、予定外に遅くなって昼メシが押せ押せになったんだろう。
「よかったら俺作りますよ」
どっちも嫌がってるの見て、俺はそう言った。
もちろん下心があったりする。ここで上手く立ち回れば、思ったより早く、コトの中心部へたどり着けるってやつだ。
「あんたが?」
おばちゃんが、信じらんなそうな顔になった。
「あ、おばちゃん、この兄ちゃんすっげぇ上手いぜ、メシ作るの。オイラ食わしてもらったもん」
「へぇ、そいつは楽しみだな」
なんかこのジャーナリストおやじも、ちゃっかり食べる気でいるらしい。
「そうかい、じゃぁ悪いけど頼もうかね?
なにせ今日納める仕事が、まだ残っててね。とてもじゃないけど時間がなくてさ。通りすがりの人間に頼んだりして、申し訳ないけど……」
「別にいいですよ。俺、料理そんな嫌いじゃないですし」
人に言えねぇ理由――知られたらバカにされること請け合い――で手に入れた特技だけど、けっこうこれ、あっちこっちで役に立つ。
「使っていい材料、どれです?」
いいながら俺は、昼メシ作りに取りかかった。
――どうやらツキがこっちにあるらしいことを、確信しながら。