Episode:118
「でも、目の前に兵士――トォーノ・センテンツァっ!」
すぐ向こうのアパートに、兵士2、3人が上がりこもうとしているのを見つけて、とっさに魔法を唱える。
彼らがこっちに気付いて、何か言いながら駆けてきた。
あたしも太刀を構える。
「ったく、スラムのガキどもはほんとに躾がなってないな。
ほら、ケガしたくなかったら――?!」
そう言いかけた兵士の頭へなにかが命中した。
「な、なんだ、どこだ?!」
急に倒れてしまった仲間の周りで、他の兵士がうろたえる。
「るっさいね! あんたたちこそその辺ぶち壊したりして、何が治安維持だい!」
驚いたことに何階建てかのアパートの窓が開いて、住人たちが身を乗り出していた。
「ほら、これでも食らって泣いて帰るがいいさ!」
また何かが降ってくる。
「そうだそうだ、ここはお前らの好きになんかさせねぇぞっ!」
「しっぽ巻いて帰って、母ちゃんのオッパイでもしゃぶってな」
あちこちから、罵声と共にありったけの物が投げられた。
お鍋、やかん、酒瓶――これはちょっと危ない――ボール、なにかの魔道具、タライ……。
「げげ、ちょっとこれは止めてくれよ」
イマドが慌てて避けたのは生ゴミだ。
「ほらっ、こっち下がりな! あんまり前にいると巻き添え食うよ」
「う、うん」
シーモアに呼ばれて急いで下がる。
「さっき言ってた面白いことって、これ?」
「ああ」
「あはは、また当たった当たった♪」
ナティエスが手を叩いて笑っているとおり、もう治安維持部隊は大混乱だ。
確かに生ゴミが降ってくるのを想定した訓練は、あたしもしたことないけど……。
もっとも実害ということだったら、生ゴミはまだいいほうだろう。これが植木鉢とかフライパンとか包丁だと、命に関わる。
――でも、やっぱりちょっと嫌かな?
あたしも大抵のことは平気だけど、どちらかと言えば生ゴミは頭からかぶりたくない。
「しっかし、よくこんなこと考えついたな?」
「あたしらじゃないんだ。クリアゾンの誰かが考えついて、伝令回したのさ」
「クリアゾンの誰か……?」
唐突に、母さんがボスに何か言ってた光景を思い出す。
あの時の母さん、なんだかひどく嬉しそうで……。
「――お前のお袋だったのか」
「たぶん……そうだと思う」
きっと読み取ったんだろう、何も言わないのに声をかけてきたイマドに、あたしはため息をつきながら答えた。
ほんとに母さんときたら、やることが突拍子もない。
「だから、だから私は、こんな場所への出動はイヤだったんだ!」
向こうのほうでは何か布――じゃなくて、赤ちゃんの使用済みオムツらしい――の直撃を受けた上級士官が、愚痴をこぼしていた。
この仕官は気が進まなかったものの、命令に逆らえなくて嫌々ここまで兵を率いて来たらしい。
「そんなにイヤなら、来るんじゃないってのさ」
「それは……無理よ」
毒づいているシーモアに、あたしは答えた。
「命令に従わなかったら、どうなるか分からないもの」
良くても営倉入りだろうし、時と場合と所属している国が悪かったら、死刑も有り得る。