Episode:111
「――っと。あれ? これ精霊ですか?」
「そうよ」
イマドの手の中からちらりと見えた、淡い薄氷色。たぶん氷系の精霊だ
「炎防いだりできるから、上手く使いなさいね」
「はい」
母さんがイマドを心配してくれて、理由はわからないけど、なんだか嬉しくなった。
「一般兵は無視していいわ。そっちの方はみんなが、なんとかしてくれるだろうから。
あたしたちは、人形だけに的を絞るわよ」
「わかった」
確かにあれと渡り合える人間は、このスラムにはそれほどいないだろう。
――母さん、いちおう考えてるんだ。
いい加減なことでは並ぶ人がなさそうだけど、こと戦闘となれば、うちの両親は平均よりずっと上だ。
「人形って、どんなヤツだよ?」
「種類はそんなに多くないの。3、4種類くらい……かな?」
尋ねてきたイマドに、記憶を手繰りながら説明する。
「行動はそんなに複雑じゃないから、分かれば避けるの、簡単だと思う。あと魔力が不安定だから、魔法攻撃すると暴走して倒せるの。
ただ新型は、ちょっと……」
もっとも街中だから、それほど凄いのを持ち出すとは思えなかった。
「それだけでも分かってりゃ、だいぶ違うって。サンキュな」
「うん」
少しだけまた嬉しくなる。
「イマド、ムリしなくていいわよ。伝令代わりにあんた連れてきたんだから。
ヤバいと思ったら、さっさとルーフェイアに任せなさいね」
「――パシリかよ」
「そうとも言うかしら?」
気に入らなそうに言った言葉を肯定されて、イマドがますます嫌そうな顔になった。
それを見た母さんが、またけらけらと笑う。
「そんな顔しないの。ただのパシリならね、別にあんた連れてこないわ。
あたしが念話でこっちの状況伝えるから、それをルーフェイアに教えてやって」
「あ、なる……ってあれ? ルーフェイア、お袋さんとお前で直接できねぇのか?」
「うん、ダメなの」
意外そのものという響きの言葉を、あたしは肯定した。
うちの家系は血が濃くなっているせいか、念話をはじめその手の強力な力を持つ人間が多いけれど、あたしにはどういうわけか全くダメだ。
そのうえ家の誰も、あたしへの「接続」は出来なかった。
「ふつう親子は出来るらしいけどな?
ま、いいか。おれとお前のお袋さんなら、けっこう――」
「なにがいいんだ?」
イマドの言葉に別の言葉が重なる。
「ゼロールさん?」
重なった声の主は、あのジャーナリストの人だった。
「どうしたんですか?」
「どうした、じゃないさ。治安維持軍がいきなりスラムへ向かったりしたら、これは事件だろう? それもかなり非道な部類になるやつだ。
だからきっちり記録に残してやろうと思ってね」
言いながらこの人が、手にしている写影機をちょっと持ち上げて見せた。
「こいつに撮れば、そう簡単に言い逃れはできない」
「フリーの特権ってワケね」
母さんの茶々に、ゼロールさんはにやっと笑ってうなずく。
「自分で自分のメシ代稼いでるからな。誰にも文句はいわせないさ。
というわけで、僕も同行させてもらうよ」
「美人に撮ってくれるならいいわよ♪」
「母さん……」
分かってるのか分かってないのか分からない、母さんの言動にため息をつきながら、あたしはみんなと一緒に南へと歩を進めた。