Episode:110
「まぁったく。
そんなんじゃ戦場出たら生き残れないわよ?」
「もう、母さんのせいでしょ!」
いつのまにか戻ってきた母さんに、さすがにあたしも言い返した。
なにしろいきなり揺り落として起こした上に、ロクな説明もしないで巻き込んで、こんな迷惑な話はない。
「だいいちイマド、あたしと違って戦場でなんて育ってないんだから! なのにそうしろなんて、ひどすぎるわ!」
けどあたしが真剣に怒っているのに、母さんが笑い出した。
「なにが可笑しいのよ!」
「あ、ごめんごめん。でもあんたがそういうふうに言うの、初めて見たもんだから。
――まぁ確かにそうね。いくら急いでたとはいえ、ちょっと慌しすぎたわ。悪かった」
意外なくらい簡単に、母さんが謝る。
「いや、とりあえず食ったからいいです。
あ、でもあとで、なんかご馳走していただいても」
「ルーフェイア、あんたとんでもないの選んだわね」
「――?」
あたしが何を選んだんだろう?
意味がわからなくて隣のイマドと母さんとを見比べたけど、どっちも笑うだけだった。
けっきょく教えてくれるつもりはないらしい。
「ま、ともかく行きましょ。じゃぁボス、さっきのこと、よろしくお願いね♪」
「ああ。
――お前たち、絶対にムリはするんじゃないぞ?」
「あ、はい」
ボスに念を押される。
それから店を出て狭い廊下を抜け、階段を上ってやっと通りへ出た。
冬な上に時間がまだ早いせいか、あたりはやっと日が昇ったくらいだ。
通りには1台の車が、エンジンをかけたまま停まっていた。中にいるのは当然父さんだ。
「ディアス、ごめん、行き先変更になっちゃった」
「どこだ?」
こういうのはしょっちゅうだから、父さんは驚きもしない。
「治安維持軍が来るらしいの。どっちへ行けばいい?」
「――向こうだな」
言いながら父さんが車を降りて、さっさと歩き出す。
あたしたちも慌ててあとに続いた。どうやらここから歩いていける程度の所で、軍が待機するらしい。
――車に乗らずに済んで、よかった。
内心ほっとする。
うちの両親の運転ときたら、かなり荒っぽい。特に母さんなんて言うと、信号を無視して突っ込んでみたり強引に道の真ん中でUターンしたり、ともかくムチャのしどおしだ。
けど今は、もっと別に考えなきゃならないことがある。
「母さん、ロデスティオ軍の兵装って、最近変わった?」
「そうでもないわよ。一般兵はまるっきりいっしょだし、上級士官も大差ないし。
もっとも人形なんかを持ち出されたら、それなりに気合入れなくちゃね」
「そう……」
その「人形」が問題だった。なにしろあたしが最後にそれを見たのは、1年半も前だ。新型が出てるかもしれない。
俗に人形と呼ばれるそれは、要するにゴーレムだ。無機物を何かの形にして、思い通りに動かせる。ただ元が生き物じゃないから、思考パターンが単純で、簡単な事しかできない。
けど最近は魔視鏡の操作技術を取り入れて、遠隔操作でかなり高度なことが出来るようになってる。それに噂じゃ、操縦者なしで動くものも出てるって言う。
かといってこんなのは機密だから、よく傭兵で参加してる父さんや母さんも知るわけがなかった。
「まぁ、出たとこ勝負ね。
もっともあんたじゃ、そうそう負けたりしないでしょ?」
「そんなの、勝手に決めないでよ……」
戦場に「絶対」なんて、ないのに。
「そこで拗ねないの」
「拗ねてないわよ!」
どうも母さんと話してると疲れる。
「あらそう?
そうそう、イマド、これ持ってきなさい」
ぽんと無造作に母さんが、クリスタルの結晶のようなものを放り投げる。