Episode:106
「あらいいじゃない。
だいいちね、ちゃっかり権力の座に座ってるくせに裏でヤバいことに手染めてるなんて、いちばんのクズよ。
悪いことするならするで、肚くくってきっちりやんなきゃ」
――そういう問題だろうか?
なんか違う気がするけど、母さんにそう言っても通じないだろう。
「で、あたしとディアスでとっちめに行こうと思って」
「父さんと2人だけで?!」
いくらなんだって、それはムチャだ。
「他の人は? ほら、クリアゾンの人とか……。
だいいちそれ、警察の仕事でしょう?」
「警察が何もしないから、みんな困ってるんじゃない」
あっさりと母さんが言い放った。
「それにここの人たちだって、そう簡単に手なんて出せないわ。
あたしらはしっかり無国籍だから、どこで何やったってどうってことないけど、あの人たちはここに住んでるのよ?
うっかり変なものに楯突いたりしたら、それこそ暮らしていけなくなっちゃうでしょ」
――そうだった。
基本的にシュマーの人間は国籍がなくて、あたしなんかもいつも、偽造したもので通過してる。だから法の庇護も期待できないけれど、反面何をやってもお咎めなしのところがあった。
何よりシュマー自体が、ある意味国のような形を成しているから、たとえ国籍がなくても困るような事態にはならない。
けど、普通の人は違う。
そうおいそれと国を捨てることはできないし、そうしてみても後のことは見通しが立たない。それに不法滞在している人ともなれば、見付かるだけでも致命的だ。
だから母さんは父さんと相談して、2人で行くことにしたんだろう。
「でも、どうして夕べ行かなかったの?」
ふと気になって訊いてみた。
こういうことは時間をあけるより、いきなり畳みかけたほうが有効だ。
「眠かったんだもの」
「………」
何も言えなくなる。
確かに母さん、こういう人だけど……。
「ともかくそーゆーわけだから、これから行ってくるわ。ディアスがもう、車回して待ってるしね。
あんたは――どうする?」
母さんが訊いた。
いつもそうだった。どんな時も、どんなことも――やむをえない理由であたしを戦場に連れ出したという以外は――母さんはあたしに、無理強いしたことはない。
「行かなかったら……どうなるの?」
「どうってことないわ。ちょこっとてこずる程度かしらね」
それが嘘なのもすぐに分かった。
母さんが「ちょこっと」と付け加えるときはたいてい、普通の人なら「絶対無理」と言うような場合だ。
「――あたし、行く」
「いいの? また辛い思いするわよ?」
「かまわないわ」
父さんや母さんが怪我をしたり――最悪死んでしまうくらいなら、自分が出るほうがよっぽどマシだ。
それに実を言えば、両親よりあたしのほうが強い。
生まれつきの強大な魔力と、考える以前に身体が的確に動くという特異な能力は、パワー不足を補って余りある。