麗香さん
美鈴さんに一応部屋を見て頂いた。シェアハウスにリフォームしたときに、そのままでは床や壁が痛むという話を聞いて遮光カーテンは付けてある。もし気に入らなくても急いで購入しないで、じっくり吟味して選べば良いだろう。
「どう? 何が必要になるかイメージ出来そう? 難しかったら私の部屋と見比べてくれても構わないけど……」
下見のときに勿論確認して貰ってはいるが、いざ暮らすとなると思わぬ物が足りないことに気付いたりする。
「そうですね、……」
美鈴さんのさっきの話から考えると、前回の引越しは40年位前になるのだろう。なかなかイメージしにくいだろうと思った。
「まあ、何がなんでも今日揃えると思わなくても、例えば爪切りや耳掻きなんかはお貸ししますし、リビングに共用のパソコンもあるからネットショッピングも出来ますよ」
美鈴さんはぐるりと部屋を見回すと言った。
「一応今まで使ってた物を兄に送ってくれる様に頼んで来たんですけど……。何となく何が必要が見えてきました」
そう言ってスマホにメモを打ち込み始めた。
「じゃあ私も支度をして来ますから、リビングで待っていて貰えますか?」
美鈴さんが頷いたので彼女の部屋を後にした。
外出着に着替えてリビングに行くと、皆も着替えて集まっていた。
一緒に買い物をするとお互いに持ち物の好みやそれに対する考え方等が分かり、心の距離が近付き易くなる。早く打ち解けたいのは皆の方だったのかも。それとも落ち込んでる美鈴さんを励まそうと思ってくれてるのかな?
「ハルちゃん。お米といでセットして、浅漬けも漬け込んでおいたよ」
「日用品の買い出しもしましょうよ」
スミさんと幸子さんが言う。良枝さん達3人でお昼の仕込みを終わらせてくれていたらしかった。
「ありがとうございます。じゃあ一緒に行きましょう」
手分けをして戸締まりをして買い物に出かけた。
近所のバス停から5つめの停留所でバスを降りる。ここは1つの敷地の中にスーパーとホームセンター、お手頃価格のファミリー向けの洋服屋さん、それに百円ショップ、本兼ゲーム兼CD屋さんが入っている。なので買い物は専らここで済ませることが多い。
ここで買い物をする理由はそれだけでは無い。この敷地の各店舗共通で使える、65歳から登録出来るシルバーサービスがあって、総合的な買い物の量や重さで自宅まで配達して貰えるのだ。お米と調味料と根菜類、これだけでも結構な重さになる。そこにトイレットペーパーやティッシュペーパー等の嵩張る物や洗剤類にシャンプー・コンディショナーもとなるとかなりの重量だ。家からバス停までちょっとした距離がある私達にとって、ありがたいサービスである。
コの字型の建物の敷地をバス停から近い右手側のホームセンターから、左端のスーパーまで歩くと結構な運動量になる。けれどショッピングをしていると思うと不思議とあまり疲れない。若く、生活に追われていた頃は時間ばかり気にしていた気がする……。
買い物から帰るとインターホンを鳴らしながら、何事か叫んでいる女の子がいた。
「あら! 何かしらね?」
「新手の宗教じゃ無いだろうね? 今更宗教なんざ入ったって、どうせもうすぐアッチ側さ。」
興味津々といった感じで幸子さんが囁くと、良枝さんがブラックジョークをとばす。……あながちブラックでも無いかと思い直し、苦笑してしまう。
「あの、どちら様でしょうか?」
私が代表になって声をかけた。背後からの突然の声に少女が驚いて振り返った。
「げっ、ババアばっかり!?」
少女は言葉を放った直後、自分の口に蓋をするかのごとく両手で勢い良く口を押さえた。
一瞬その場の時間が凍った気がした。少女は顔を真っ赤にして俯いてもじもじし始める。
「あーっはっはっ、違いない!」
「麗香ちゃん!!」
良枝さんが笑い出すのと美鈴さんが叫んだのは同時だった。
「もう! なんてことを。皆様ごめんなさい。兄のところの孫なの。麗香ちゃん、謝りなさい!」
少女は美鈴さんの顔を見上げると、怒っているような泣いているような顔をした。
「まあ、美鈴さん。良枝さんのおっしゃる通り私達はババーズですから気にしてませんよ。それより美鈴さんに会いにいらしたのでしょ? 上がって頂きましょうよ。」
とりなしてみた。……幸子さんの怒り声には正直驚いた。遥か昔、学生時代のバレー部にいた頃はおっとりとしていて、選手としてよりマネージャーとしての働きが周りに評価されていたのだ。身内には厳しいのかな、そう思った。
玄関の鍵を開け、扉を開いた。
「ご飯の炊ける匂いがしますね。一緒にお昼、召し上がってって下さいな」
私は麗香さんに言い、良枝さん・幸子さん・スミさんに軽く目配せした。
幸子さんと麗香さんにはゆっくりして貰うことにした。スミさんが美鈴さん達に麦茶とお茶菓子を出してくれたので、私達は先ににお昼ご飯の支度を始めた。
良枝さんが袋に入れて持ち帰った食品をしまってくれている間に、幸子さんがおにぎりに入れる鮭とたらこを焼き始めた。
私は炊き上がったご飯が冷めるように大きめのバッドに移した。幾ら歳のお陰で手の皮が厚くなっているとはいえ、流石に炊きたてのご飯を握るには熱すぎる。均等にならして粗熱をとった。
ワカメと豆腐と長ネギのお味噌汁には、使いかけの油揚げと、椎茸が1つだけ残ってたのを思い出して追加して貰った。ムダにしてしまうのは勿体ない。
浅漬けをタッパーから出して軽く絞ってお皿に盛り付けると、後は皆でおにぎりを握った。
ご飯の準備が整ったので幸子さん達の様子をそっと伺ってみる。
「……あたしの事を分かってくれていたの、小婆ちゃんだけなのに……。本当に出て行っちゃうなんて思わなかった。……ねぇ、あの家にいてよ! 帰って来てよぉーっ。」
「麗香ちゃん……」
「何よ、トゥモローハウスなんて! そんなこと言ったって、トゥモローがスモールじゃない! こんなトコ、こんなトコなんて、寂しいじゃないーーっ!!」
……まあ、確かに。麗香さんの言葉に妙に納得してしまい、二人に声をかけられ無かった。すると、私の背後から高笑いが聞こえた。
「はーっはっはっはーっ! 言うじゃないか、娘。嫌いじゃ無いよ、あんたみたいにハッキリ言う子は」
良枝さんだった。……古い付き合いだけど笑い飛ばすとは。この後どうするつもりなんだろう、と振り返ると幸子さんとスミさんが笑って頷いて見せた。何気にこの3人、心臓に毛が生えてそうだ……。
「まあ、気持ちは分からないでも無いね。ここは田舎だ。田舎ってのは長男ばかり優遇するもんだ。家を継いで貰って稼ぎ頭になって貰わなきゃならないからね。あんた、粗方美鈴さんに寂しさを受け止めて貰って育ったんだろ? でもさ、美鈴さんだって自分の為に生きたって良いと思わないか?」
「だって、美鈴お婆ちゃん、今までだって1人で生きて来たじゃない。」
「かーーーっ、1人? そりゃ家族と一緒の煩わしさは無いかもしれないよ? でも、1人ってのは寂しいもんさ。あんただって四六時中美鈴さんの側にいた訳じゃないんだろ? 自分が寂しい気分のときだけ美鈴さんのところに行ってたんじゃないのかい?」
麗香さんの顔が赤くなり、彼女は押し黙った。
「それにね、1人ってのは恐怖なんだよ。お化けなんかじゃないよ。……死ぬことや、死んだことに気づいて貰えないことがだよ……。これは若い奴には分からないだろ? でも、あたし達の年齢になると、それがいつ来たっておかしく無いんだ。……その瞬間をさ、美鈴さんはアンタに見せたく無かったんじゃないかい?」
急に話を振られた美鈴さんが驚いた顔をする。
「そ、うです。何でそんなこと……」
「さっきこの子を怒っただろ、ああいう叱り方には経験がある。未来のある子供には人との接し方には気を付けて貰いたい物だろ? 愛情があるからムキになって感情のまま怒っちゃうもんさ。」
その瞬間、麗香ちゃんが泣き出した。「ごめんなさいーーっ」と言いながら。
私達はそれを見届けるとお味噌汁を温め直す為に、そっとその場を後にした。